さぬきうどんを食べるためだけに飛行機で香川県へ
土地勘のまったくない香川県でどのうどん屋に行くべきか、それが一番の問題である。現地に住む知り合いに聞いたり、さぬきうどんブームを作ったとも言われている『恐るべきさぬきうどん』という本を読んだり、ネットで調べまくったりして、気になるうどん屋をリストアップ。それを地図にマッピングして、営業時間、定休日、私の行きたさを考慮してルートを考える。この作業はすごく楽しいものだった。
今回の旅行は2泊3日の一人旅だ。行きたい店をどうにか1日5~6軒程度まで絞ったが、さて私の胃袋はうどんを何杯食べられるのだろうか。どの店も予約は不要なので、そのあたりは現地で腹具合と相談すればいいだろうか。1日4軒×3日で目指せ12軒。
10月中旬の火曜日、成田空港を朝7時20分に飛び立つ飛行機に乗ると、9時前には早くも高松空港へと到着。久しぶりに乗る飛行機の速さに戸惑いつつ、2006年以来となる四国の地に降り立つ。
さっそく空港のうどん屋に吸い込まれそうになったが、これからうどんの食べ歩きをするのだから、さすがにここは我慢すべきだろう。
予約しておいたレンタカーに乗り込んで、一軒目のうどん屋を安全運転で目指す。
ちなみに高松空港を出てはじめて思ったことは、「山がこんもりしているなあ」だった。
1杯目、三嶋製麺所の冷たいの
香川県のうどん屋には、ざっくり分けて「フルサービス(注文すれば運んできてくれる店で一般店とも言う)のうどん屋」、「セルフサービスのうどん屋(はなまるうどんみたいな店)」、「うどんを食べることもできる製麺所(よくわからない)」があるらしい。
最初に訪れたのは、空港から高松市外とは反対側に向かった先にある『三嶋製麺所』。その名の通り、うどんを食べることもできる製麺所タイプの店のはずだ。
東北や信州だったら蕎麦の名店があるようなのどかな場所に店はあり、この牧歌的な佇まいを見ただけで、はるばる香川まで来てよかったなと思ってしまった。
入口の前には「そば始めました!!」という看板、店内にはお持ち帰りを買いに来た地元の主婦と思われる方。
これぞ地域密着型のうどん店だ。この空間があまりに理想的すぎて、まったく現実味がない。ドラマのセットのようである。
店内に入ると、意外なことに若い男女の二人でうどん作りをしていた。その横でおばあちゃんが椅子に座って見守っている。こちらから見える範囲で判断する限り、ものすごくアナログな製麺所のようである。
気持ちを高揚させつつカウンターの前に立つと、「熱いの冷たいの、大か小かになります」と淀みのない口調で聞かれた。
質問の意味を2秒かけて理解して、「冷たいうどんの小で」と答える。事前に予習した「かけ」「ぶっかけ」「醤油」といった選択肢はないらしく、あるのは温度とサイズのみ。料金は後払いのようだ。
そして注文からわずか40秒後、「はい、冷たい小どうぞー。お醤油のかけ過ぎに注意お願いします」と、かわいい丼が到着。
これが製麺所で出されるうどんなのか。つゆというものは存在せず、ただ醤油を自分でかけて食べるようだ。
このシンプルなスタイルこそ、私が求めていたさぬきうどん。
ここまで硬派な提供方法であれば、さぞかし太くて腰の強いうどんだろうと思いきや、丼の中できれいにまとまった麺は意外と細かった。
私が勝手に想像していたさぬきうどんとの違いに混乱しつつ、だしの入っていない醤油をくるりとかけて、味の素を二振りして、つややかな麺肌を唇で確かめながら、ツルツルとあっという間にすすり終えた。
柔らかくて瑞々しく、喉ごしの良いタイプだった。私がこれまで食べた中だと、水沢うどんが近いだろうか。
そういえば料金表がないなと思いつつお会計をお願いすると、店主から「200円です」と言われたので、思わず「200円?」と聞き返してしまった。
ここは昭和のうどん屋を再現したテーマパークなのではと首をひねりつつ店を出る。今は無理に理解をしようとせず、『わからないもの』という箱に入れておく。
2杯目、谷川米穀店は臨時休業だった
続いては三嶋製麺所よりもさらに山側にある『谷川米穀店』。米穀店という名前なのにとても有名なうどん屋らしく、すごく楽しみにしていた店なのだが、なんと臨時休業だった。
でもこういう休みは個人経営の店ならあって当然。店のブログを確認したら、ちゃんと休業のお知らせが書かれていたので、チェックしなかった私のミスである。あー。
改めの2杯目、手打ち麺や大島のひやかけ
残念ながら谷川米穀店は休業だったが、行きたいうどん屋だったらいくらでもあるので、気を取り直して次の店へ。
ここでうどん食べ歩きに同行者してくれる奇特な方と合流する。あの『情熱大陸』にも出演した、有名うどん職人の山下義高さんだ。
山下さんの運転する車の助手席に乗せていただき、さぬきうどんがブームになった経緯、盛り上がってからの変化、そして現在のトレンドなどをたっぷりと伺う。とても贅沢な時間だった。
道沿いにあるうどん屋の多さに驚きつつ到着したのは『手打ち麺や大島』。これだけうどん屋の多い街で、平日の11時半ながらすでに入店待ちの人が扉の前に溢れていた。
この店を選んだのは私だったが、山下さんはここの店主と旧知の仲だった。香川県のうどん屋さんは横のつながりが結構あるようだ。
この店のスタイルは、『はなまるうどん』や『丸亀製麺』で学習済みのセルフサービスだが、それよりさらにセルフだった。
最初に食べたいうどんのサイズだけを伝え、トッピングの揚げ物やおにぎりなどを選ぶ。
麺はうどん、日本そば、中華そばとあり、山下さん曰く中華そばが絶品らしいのだが、その誘惑に負けずうどんを1玉注文。
ちなみに今回は食べ歩きなので、天ぷらなどは極力我慢するというマイルールを作っている。
冷たいうどんが乗った丼が渡されてお会計をするのだが、ここから先が私の知っているチェーン店とはちょっと違う。
この麺を温めたい場合は、テボ(持ち手付きのザル)に入れて自分でお湯で温めるのだ。ものすごくやってみたいアトラクションだが、この日はかなり暑かったため、食べたいうどんはひやなので我慢。
その先へと進むと、今度は薬味と調味料、ひやかけのつゆに温・冷のつけつゆが用意されているので、ここで自分好みに仕上げる。
このひやかけが抜群にうまかった。いりこオイルの効果もあって、スッキリしつつもしっかりと香るだしが素晴らしく、そしてなんといっても麺が抜群なのである。ムニュンムニュンの歯ごたえが最高。
帰り際に店主から教えてもらったのだが、さぬきうどんでよく使われているASW(正確にはASWNBでオーストラリアン・スタンダード・ホワイト・ヌードル・ブレンドの略。日本人が好むうどん用に配合されたオーストラリア産小麦で、それを国内の各製粉会社が独自技術で粉にして販売している)に、低アミロース品種(もちもちしている)の国産小麦粉をブレンドしているそうで、だから冷たいうどんでも澱粉の甘さから温もりのようなものが感じられたのだ。
この店の中華そばなら絶対うまいはず。山下さんによれば、冷つけのつゆに酢を加えて冷やし中華にすると最高なのだとか。
これがうどんの食べ歩き旅行でなければ、確実にもう一度並び直して注文していたと思う。
3杯目、山越うどん (やまごえうどん)のかまたま
続いては釜玉うどん発祥の店と言われている『山越うどん』。山下さん曰く、さぬきうどんブームの象徴のような店で、たくさんのお客さんに対応できる体制をいち早く整えて成功したのだとか。
山越うどんの駐車場はとても広く、きっとサービスエリアにあるような大型店を想像したが、その店構えは古民家風だった。
とても大量の客を捌けるとは到底思えない店だが、そこには見事な動線ができあがっていたのだ。
調理場エリアを抜けると広々とした日本庭園風の食事スペースがあり、ここに座ってズルズルをいただく。オーダーをしてからここに来るまでわずか5分という完璧なオペレーション。
程よく温められて半熟になりかけの玉子と専用のだしが絡んだ茹でたてのうどんなのだから、そりゃうまいよね。これぞ玉子かけごはんならぬ玉子かけうどんだ。
食事としてはもちろんだが、体験型観光としての完成度の高さが素晴らしい。山越うどんの人気の理由がよくわかる一杯だった。
4杯目、清水屋のひやあつ
意外とまだ食べられそうだったので、今度は山下さんに教えてもらった清水屋といううどん屋へ連れてきていただく。
この店は山下さんの高校の先輩がやっている店だそうで、これまで食べたうどんとまたちょっと違うタイプの麺を出すのだとか。
到着したのが13時半。ちょうど麺が切れたところで15分ほど待つことになったが、茹でたての麺が食べられるのであれば大歓迎だ。
この店は注文の流れこそセルフサービスだが、うどんはお店の方が完成させてくれるスタイル。
初体験となる冷たい麺に温かいつゆのひやあつは、ラーメン屋のつけ麺のように明確な温度差があるのではなく、丼全体が人肌程度にぬるく、でも麺の奥がしまっているという状態だった。
そしてこの状態が驚くほどブルンブルンの麺とよく合っていて、特にフルフルしているエッジ部分のすすり心地が堪らない。麺とつゆが絡みまくるのだ。
店主の清水さんに話を伺えたのだが、本日の加水率(粉に対する塩水の割合)は驚異の57%。通常は50%程度なのでかなりの多加水である。だから麺切り台の打ち粉が多かったのか。
また使用している小麦粉は、『手打ち麺や大島』と同じでさぬきうどんでは一般的なASWがベースだが、この店ではアミロースゼロのもち小麦であるもち姫を10%配合することで、超多加水ともち小麦の効果によって、この独特な食感の麺を生み出しているのだ。うどん、おもしろいなあ。
5杯目、寒川の鶏ささみ天ざるつけ麺
山下さんと別れて高松市内のホテルにチェックインして、ものすごい広さの繁華街を散策しつつ、この街でカフェみたいな居酒屋をやっている友人の店に寄って情報収集。本日の夕飯をどうするか考える。選択肢はもちろんうどん屋である。
香川のうどん屋のほとんどは昼過ぎには閉まるのだが、こういった場所には夜にオープンする店もいくつかあるそうだ。
本日の締めにやってきたのは、19時オープンの『讃岐つけ麺 寒川(さんがわ)』。なかなかの人気店らしいが、オープン直後に訪れたのでカウンターに座ることができた。
ここの業態は昼間に回ったうどん屋とは違って、酒やつまみと一緒にうどんを楽しむ居酒屋スタイル。
焼海苔がたっぷりと乗ったポテトサラダをつまみに生ビールを飲みつつ、鶏ささみ天ざるつけ麺の完成を待つ。
ここのうどんもうまかった。つゆにつけて食べるざるうどんスタイルは香川だとイレギュラーのようだが、やっぱり麺を楽しむならこのスタイルなのだろう。
エッヂの立った瑞々しいうどんは程よい噛み応え。キリっとしたつゆと合わさって、不思議と夜に合ううどんのような気がした。
ジューシーで柔らかい鶏ささみ天は、無理にレアに仕上げない火入れが見事。このセットで大満足だったのだが、隣の方が頼んだ和牛ホルモンのつけ麺の香りがまた魅力的で、もし空腹だったら迷わず追加オーダーしていただろう。
6杯目、うどん職人 さぬき麺之介のひやかけ
腹ごなしに高松の夜をたっぷりと散歩していたら、先程訪ねた友人から連絡があり、なんやかんやあって今から一緒にうどんを食べに行くことになった。
こんな夜遅くにやっている店があるのか聞いたところ、『うどん職人 さぬき麺之介』は平日なら朝8時から24時まで、土日は朝7時から営業しているという。
もちろん同じ人がずっとうどんを打っている訳ではないのだろうが、なかなか凄い個人店である。
時刻は23時40分。もう閉店間際だったが快く迎え入れてくれた店の方は、明日のためのうどんをグイグイと捏ねていた。お疲れ様です。
うどんはひやかけを注文。なぜか二杯目となる締めのうどんは、がっしりした歯ごたえのあるタイプで、透明感のあるつゆはいりこがしっかり香り、私が勝手にイメージしていたさぬきうどんに一番近いタイプかもしれない。
これぞ高松のうどん居酒屋という店で、ここは4人でワイワイやって正解だった。
ホテルに戻り、シャワーを浴びて倒れるように寝た。

