7杯目、純手打うどん よしやのひやかけ
さぬきうどん旅の二日目は、高松から西にある丸亀方面を食べ歩く。丸亀というのが香川県にある市の名前であるというのは割と最近になって知った。
がんばって早起きをして朝7時に出発。高松から丸亀はそれなりに遠く、レンタカーのカーナビは高速道路を使えと指示するが、ETCカードを持ってこなかったので国道をのんびりと走った。
やってきたのは飯野山のすぐ近くにある『純手打うどん よしや』。朝7時からやっているこの店は、昨日の昼間に同行いただいた山下さんのお店である。
手打うどん屋といってもいろいろで、粉と水を混ぜる部分、生地をプレスする部分、麺に切る部分などで機械を使う店も多いのだが、ここは純手打を名乗るだけあって、すべての工程が手作業らしい。どう考えても大変そうだ。
大変お世話になったからとかそういう忖度は当然抜きの話として、ここのうどんはすごく好みの一杯だった。麺の弾力がものすごく複雑なのである。
この店もASWに国産小麦(低アミロースのチクゴイズミなど)をブレンドするスタイルで、機械を使わずに手で捏ねるからこそ、ランダムな方向から鍛えられたグルテンが生み出すムニュツルの麺が素晴らしいのだ。
歯ごたえはあるけれど決して固くはなくビニョーンと伸びる。これが本当の意味でのコシ(粘弾性)のあるうどんなのかと食べるほどに納得する。
そしてイリコの存在をしっかりと感じさせつつ、すっきりしていてまったく雑味のないつゆがまたすごく、迷わずすっかり飲み干してしまった。
8軒目、がもううどんの温かいかけにあげ
続いてはさぬきうどんの事前調査をしていたら、何度も名前が出てきた『がもううどん』。営業開始は8時半で、私はその10分後には到着したのだが、既に大行列ができていてびっくりした。平日の水曜だというのに。
そもそも家と田んぼと畑しかないエリアにあって、50台くらいは停められそうな駐車場の広さがおかしい。
大行列はするすると進み、並び始めて20分後には店の前までやってきた。そして店頭に掲示されたメニューを見てひっくり返る。
なんと、うどんの小(1玉)が180円。コンビニで買うカップラーメンみたいな値段である。120円の天ぷらをつけても300円。地元の人に「香川県はうどん県だから、うどんに補助金が出ているんですよ」と言われたら絶対信じていたと思う。
それにしても180円のうどんを食べるために、朝から多くの人が並んでいるという構図がおもしろい。コスパは抜群だけど、並ぶ時間を考えるとタイパは良くないのでは。だがそういった値段云々を置いておいても、がもううどんは最高の店だった。
入口を入るとすぐ左手の大釜でうどんを茹でていた。外から見えていた煙突はこれのためだ。さすがにこの場で製麺はしていないようだが、昔ながらの提供方法を体験できてとても興奮している。
外で待っている間にお腹が少し冷えたので、温かいうどんを小でお願いすると、水で締めてある麺をテボに入れて、釜のお湯で温めてくれた。
丼で渡されたうどんに味はついていない。温かいかけだし、冷たいかけだし、濃口だし、醤油が用意されているので、自分でかけるセルフサービススタイルだ。
弱火にかけられている大きな鍋から、温かいかけだしをお玉ですくって麺にかける。やっぱりセルフうどんはアトラクションとして楽しい。
入口は小さいけれど実は奥行きが広いということもなく、店内の食べるスペースは小上がりに小さなテーブルが二つだけ。もちろん満席なので丼を持って外に出て、すぐ脇のベンチに座っていただいた。
これまでやっぱりさぬきうどんは冷たいめんだよなと勝手に思っていたが、こうして温かいかけうどんを小雨で湿った体で食べると、その温もりに骨抜きにされてしまう。
ただ冷たいうどんもやっぱり食べたい。がもうではあげがおすすめと教えてくれた友人が、「私はがもうに行ったら温かいのと冷たいの両方を必ず頼む!」と力強く言っていた意味がよくわかった。
つややかでなにもかもがちょうどよい麺、しっかりと煮出したいりこの好ましい雑味を感じるつゆ、甘くて大きなあげ、完璧な組み合わせにうっとり。
かけうどん180円、きつねうどんにしても300円の根拠がまったく分からない。そりゃ平日でも大行列ができる訳である。
9杯目、山内うどんのひやかけ
道の駅での休憩をはさんで、今度は『山内うどん』という店へと向かう。カーナビが指し示す場所がなかなか街から外れた場所だが、そういうのにももう慣れてきた。
さて目的地に到着したのだが、山内うどんの駐車場に車がまったく止まっていなくて焦る。
もしやまた臨時休業にぶつかってしまったか。そして店自体が見当たらないことに焦りの色をより濃くする。
ある程度の事前調査はするけれど、細かい部分は現地でのお楽しみとする取材スタイルなので、たまに店が潰れていることもあるのだが、もしやそのパターンだろうか。
しばらく周囲をうろついて、まさかとは思いつつ謎の矢印が置かれた側道を試しに徒歩で登ってみると、くねくねした坂道の行き止まりに、絵本に出てくるようなうどん屋さんが登場して感動した。
どうやら店の前にある駐車場が第一で、坂の下にあった駐車場は第二だったようだ。ありがとう、香川県。これまたすごい店が残っていてくれたものである。
店に入った瞬間、いりこの香りがぶわっと包み込んできて鳥肌が立つ。年季の入った看板に掲げられたうどんのメニューはかけうどんのみで、天ぷらのトッピングはなく、数種類のさつまあげ(香川ではこれを天ぷらと呼ぶらしい)、あげ、おいなりさんが並んでいる。
次に来たときはいなりも頼むぞと心に誓いつつ、ひやひやの小を注文して、年季の入った薪釜を眺めながらうどんの到着を待つ。
こちらの店内はとても広く、時代も形もバラバラのテーブルが店の魅力を底上げしていた。これもまた店の歴史なのである。
奥のテーブル席へと丼を運び、にやにやしながら冷たいうどんをすする。噛み応えのあるムキムキガッチリの筋肉質のタイプの麺に、しっかりいりこが効いたつゆ。これぞ私が思い描いていたさぬきうどんかもしれない。
好みで言えば冷たいうどん派だが、がもううどんで温かいかけうどんの魅力を知ってしまったので、この強い麺なら温かくしてもよりつゆと馴染んでうまいだろうなと妄想してしまう。
もう一回食べたい。うどん旅はまだ折り返しといったところだが、次回はいつこようかと早くも考え出している。
10杯目、なかむらのひやかけ
さぬきうどん食べ歩きの記念すべき10杯目は、客が畑からネギを抜いてきて刻んだとか、鶏舎から卵をとってきたとか、恐るべき伝説が多々残る店『なかむら』である。
ただそこまでセルフだったのは、看板に漢字で『中村うどん』と書かれていた昔の話で、現在は常識的な範囲でのセルフサービス店になっていた。
なかむらのひやかけはキリっとしたイケメンだ。味も見た目もクリアな透明感のあるいりこだしに、気持ち細目で噛むとプチンと気持ち良く切れる弾力のある麺。
店の雰囲気やシステムも込みで、これぞブラッシュアップされた最新のさぬきうどんという印象。ただやっぱり自分でネギを切ったり卵をとりに行きたかったなと思ってしまった。それがもう無理な願いだというのは承知している。
金刀比羅宮を参拝する
せっかくだから昼のうちにもう一軒くらいいこうかとも思ったが、さすがに少しうどんに口が飽きてきており、今食べても正常な判断ができそうにない。これ以上食べたらうどんを嫌いになりそうだ。
そこで腹ごなしに金刀比羅宮(いわゆる金比羅山)の階段をずんずん登って参拝し、さらにカロリーを消費するため一番奥にある厳魂神社まで行くことにした。
まったく観光をする気のないうどんオンリーの旅だったが、してみるとやはり観光は楽しいものである。行って帰って三時間半、なかなか良い思い出となった。
ホテルに戻ってひと風呂浴びて、ちょっと横になってから、せっかく高松にいるのだから魚も食べるべきだろうと気持ちが盛り上がり、友人が教えてくれた店に一人で入る。
うどんの食べ過ぎて満腹中枢がガバガバになっているのか、ついつい注文しすぎてなかなかの豪遊になってしまったが、たまには金銭的に贅沢な時間も必要だ。
11杯目、しんぺいうどんのひやかけ
ほろ酔いでホテルに戻ってひと眠りしたら、やっぱりうどんで締めたくなったので、18時から夜中の2時までやっている『しんぺいうどん』という心強い店にやってきた。
時刻は23時。今年の5月に移転してきたばかりの店なので、当たり前だがピカピカと新しく、スマホで注文するスタイルだった。
ホールスタッフとしてネパール人が元気に働いていたので、グリーンカレーうどんをオーダーしようかと思ったが売り切れ。
ちくわ天をつまみに一杯やりつつ、昨日今日に撮った写真を眺めながら一人でうどんの振り返りをして、締めにひやかけをいただいた。こちらは気分的に贅沢な時間である。
細マッチョなムキムキのひやかけを真夜中に食べられる幸せ。この麺の強さならこの細さだよねと店主とハイタッチをしたくなった。
つゆは優しい味ながらいりこがしっかり存在感を示していて、金毘羅参りで疲れた体に染みわたった。
さすがに足ががくがくだが、今日はよく眠れそうである。

