輪切りのわたしの正体
ここに一片の切り身がある。その名も「輪切りのわたし」、いや、もっとこぶしをきかせて「♬輪切りの〜わたし〜」だ。
輪切りにされているわたしはなんなのかというと、サケである。
調理はいたってシンプル。少量のオリーブオイルで皮に焼き目を付けながら焼く。
ほかほかのご飯と一緒に口に入れると、たちまちうまみ大爆発。
何酸がどんだけ効いてるんじゃとばかりにうまみとしょっぱみが広がり、ポリリズムが繰り返す。
これは北海道の標津町で作られた「山漬け」である。北海道の伝統的な製法で、サケを山のように積み上げて塩漬けにし、水分を抜きに抜いて保存性を高めるだけでなくうまみを最大限に引き出す。
標津町でおよそ10年、サケの生態から文化まで取材してきたが、ついに山漬けづくりに立ち会うことができた。そこでいただいたのがこの「輪切りの〜わたし〜」なのだ。
それでは、輪切られる前から見ていこう。
極上のサケ塩まみれ
昨年の10月25日に標津町をおとずれた。気温がぐっと下がる晩秋だが近年はやはりずいぶん暖かいらしい。
地元でサケ漁を営む小野瀬稔之さん宅の作業場で山漬け作りがはじまる。
「山漬けに使うのはオスのサケです。今回は9本漬けましょう」
「まずはエラや内臓を取ります。このサケはとれたらすぐ船上で活じめ(血抜きして鮮度を保つ処理)してるから内臓や肉に血が回らず、くさみも少ないんですよ」
他に胃袋(チュウ)、心臓(ハツ)、腎臓(めふん)などを取り除く。以前解剖しながら食べたりしているのでくわしくはこちらをどうぞ。
約60cm、4kgの大魚をアジフライの仕込みのように軽々とさばいていく。20分足らずで9本のサケが処理された。
「多い時は一度に30本くらいやるけど1時間かからないくらいかな」
「つぎに塩をしていきますよ」と小野瀬さんが見せてくれたのが圧巻の塩プールだった。
砂山のような塩の中で、サケを塩まみれにしていく。
「まず軽く一握りしたぐらいの塩を頭と、おしりのほうから中に入れてすり込んでいきます」
「そうしたらこんどは皮からウロコに逆らうようにしてすり込んでいきます」
「こうやってサケを積んで、塩と重みで水分を抜いていくのが山漬け。雑に並べちゃうと漬かり方が均一にならないから、均等に重みがかかるようにきちんと並べます」
「本来は3段、4段と積み重ねてその重みで水分を抜くんだけど、家で少ない本数で作る時は上から重しを乗せます。だいたい25kgぐらい、サケを3段重ねたくらいの重さ」
「これで今日の作業は終わりです。明日は抜けた水を取って、サケの位置を入れ替えます。そうしないとつかり具合が均等にならないんですよ。向きを反対にするだけでなく上下段も入れ替えます」
たった1日でどさっと水が出る
翌朝、また小野瀬さん宅を訪問し、一晩漬けたサケの様子を見る。
「もうけっこう水が出てますよ」
サケをいったんどかして様子を見るとたしかに水がたまっていた。
「で、この水を捨てて、またサケに塩をするわけです」
「これを、水の抜け方の具合を見ながらだいたい7日ぐらい、毎日繰り返します。」
これを1週間、すごい手間だ。うまくなってもらわねば困る。
「このあたりが荒巻鮭との違いですね。荒巻鮭は塩をすりこんで冷凍するだけだけど、山漬けは何度も並べ変えて塩して、しっかり水分を抜くので手間がかかります。そのかわりうまみも凝縮されて保存性も高くなるんですよ」
そう、もともとは保存食なのだ。
山漬けの起源は江戸時代にさかのぼる。北前船が大阪や瀬戸内の塩を北方に運んだ。その塩を用いてサケの山漬けが作られ、江戸へ運ばれていった。冷蔵庫や冷凍庫がない時代の交易の中で生まれた保存方法だったのだ。
近代を経て戦後になっても、山漬けは作られていた。
「戦後から昭和30年代にかけてはこのあたりの道路は舗装もされてなかったし、車や免許を持ってる者も少なかったので、とれたサケを組合のトラックが集荷に来て市場に運んでいました。それでもトラックが回せない日があったり生で出荷できない事情があって、水揚げしたサケを番屋で山漬けにしていたんです」
「昔は山漬けを作って、それを組合がトラックで買い取っていたけど、そのうち全部生で出荷するようになって、40年ほど前には作られなくなりました。ただ、泊まり込みで働いていた人らがまかないとして作ってましたね。山で採ってきた山菜とかと食べてたりしたんだけど(う、うまそう)、それも7~8年くらい前まで、今番屋では作っていないですね」
「見てもらったように山漬けは手間がかかるので、家でも作られなくなってきています。もう保存は冷凍でできるので、うまい鮭が食いたいって人が嗜好品として作るんだよね」
私はいったん東京へ帰り、進行する山漬けの様子を小野瀬さんからDMで教えてもらう。2週間後にまた標津を訪ね、できあがった山漬けを見せてもらうという段取りなのだが、そこで小野瀬さんが「嗜好品」といった意味を理解することになるのだ。

