ぱんぱんのスポンジ袋を持った人たち
朝の9時ちょっと過ぎ、「第22回 家庭用品まつり」の会場である海南市総合体育館に着いて入口に向かったが、その数十メートルの間にすれ違う人たちの姿が皆異様だった。
ぱんぱんに膨らんだ家庭用ゴミ袋大のポリ袋をぶら下げ、帰りを急ぐ。袋には色とりどりのスポンジがみっしり詰まっている。
というか開場は9時だったはずだ。さっき開いたばかりでなぜこんなに帰る人とすれ違うのか。キッチンカーとかも来ているけどいいのか。
キッズルームか何かと思ったら台所用スポンジのスーパーセールだった。しかし、スポンジみっしり袋をゲットしている大人たちの表情は、キッズルームでハイテンションになっている子供のそれだった。
会場ではこんな感じで地元の家庭用品メーカーが出店し、自社製品を前のめりになるほどの特価で販売している。
買った商品でぱんぱんになった袋や大量のほうきを弁慶のように抱えた人たちがブースからブースへと八艘(はっそう)飛びに駆け回り、商品を吟味しているのだ。
「ありがとうございます。袋まとめますよ」
「袋一緒にしましょうか」
ちょっと買ってみた私にも袋が与えられ、ブースを回るたびにふくらんでぱんぱんになっていった。
家庭用品まつりとは、何なのか
「今年はちょっとペース抑え気味ですね。床が見えてますから(笑)。2019年は約2万9000人の方が来場してくれて、コロナ禍が明けた2023年には3万人を超えました。」
主催者である海南特産家庭用品協同組合の理事長、角谷太基さんが海南と家庭用品まつりについて話を聞かせてくれた。
「毎年朝7時くらいから会場前に長蛇の列ができます」
9時の開場と共にお客さんがなだれ込みがんがん買い物をする。で、9時ちょいすぎにはもう帰る人とすれちがっていたのだ。
「我々は地場のメーカーとして地域の皆さまにいろいろな形でお世話になっているので、恩返しをしたいという趣旨がひとつと、この家庭用品という地場産業と海南市を全国の人に知ってもらいたいという思いがあります」
海南市は家庭用品の国内最大級の産地である。家庭用品と聞くと思い浮かぶ範囲が東洋大学の東洋ぐらい広いが、これまで見てきたようにバス・トイレ・キッチンのクリーナーやスポンジ、マットといったものが「家庭用品」だ。
「原点はね、シュロ(棕櫚)産業なんですよ。古くは弘法大師が唐から持ち込んだとも言われていますけど、このあたりで産業となってきたのは明治以降のことです」
シュロとはヤシ科の、つまりヤシっぽい常緑樹で、樹皮から取れる繊維がホウキやタワシ・ロープなどの道具に加工されてきた。
「昨年から出店してもらいました。海南の産業のルーツともいえる品ですから、ありがたいですね」(角谷さん)
明治の後半になると原料不足により東南アジア産のヤシの実の繊維(パーム)を輸入し、シュロからパーム加工業へと移行してゆく。
メーカーのジポンは海南市のとなり、紀美野町にある。
戦後に加工しやすい化学繊維が導入されると、多種多様な家庭用品が開発可能となりニーズの変遷に対応して産業を発展させてきた。
「ホームセンターのPB商品の開発製造もしていますから、みなさんの身近に海南の商品があるはずです。ただ家庭用品というと、今治のタオルみたいなわかりやすさがないのでなかなか知名度が上がってこない。だからこういったイベントで認知が広がればと思っています」
「お客様の生の声を聞ける貴重な機会でもあるんです」(角谷さん)
昼食中に話したお客さんがスポンジぱんぱん袋を持っていたので「これだけの数のスポンジどうするんですか?」と聞いたら「全部は使いきれんから親戚や知り合いに配ったりします。すごく喜ばれますよ」とのことだった。市民農園で作った野菜が豊作だったみたいなコミュニケーションが行われているのか。

