小野瀬さんからは単に山漬けを教わるだけでなく、番屋で作り、食べ、暮らす人の物語も同時に聞かせてもらった。
「たしかに手間はかかるし、必要でなくなっていくかもしれないけど、ここでとれるサケを本当にうまく食べられるやり方なので次世代以降にも残っていってほしいと思っています」
町内の標津高校では、西尾さんが講師となった山漬け実習なども行われている。いでよ!「輪切りのわたし」クリエイター。
標津から帰り、東京砂漠で日常を送っている間に山漬けを進める小野瀬さんから写真とDMが送られてくる。
月が変わって11月2日。塩漬けして8日目、ついにサケが立った。
塩まみれになっているサケをここから4〜5日ほど、水につけて塩抜きする。
「山漬けで何が一番失敗しやすいって、ここで塩を抜きすぎてぼんやりした味になっちゃうんですね」
そんななのでただつけておくだけではない。細かいケアが入る。
「3日全身をつけたら4日、5日目は水を減らして、よく塩が回っているハラス(お腹の部分)を重点的に水抜きします。全部一緒にすると身の塩が抜けすぎちゃうから」
11月6日、小野瀬さんから画像が送られてきた。
「水をなめてみたらいい具合だったのと、適度な風が吹いて干し頃だったので1日早く干しました」
7日ほど塩漬け→5日ほど塩抜き→5日ほど風干し、とおおよその段取りは決まっているが、気温・天候やつかり具合などを見ながら柔軟に対応していくのだ。
「最後はもう勘だね」(小野瀬さん)
あとは完成を待つのみかと思いきや、小野瀬さんからDMは続いた。
「家で作る山漬けは嗜好品」とは小野瀬さんの言葉だが、まさに嗜好大爆発である。
保存食としての山漬けは塩蔵までの状態で出荷されていた。さらにうまみを増すために風干しされるようになり、今ではこれが山漬けとして売られていることが多いが、ここからは小野瀬さんの「おれの山漬け」だ。
しかも、日々スモークチップを変えていぶすというのだ。
11月9日、漬け始めから約2週間後、小野瀬さんから
「完成しました」とDMが来た。
私は11月15日の飛行機で標津へむかった。
約2週間ぶりに訪れた標津はかなり寒くなっていた。
午前中は海に出ていた小野瀬さんを(おつかれさまです)午後にたずねた。庭の干し場にはあのサケがぶらさがっていた。
すでに完成し、冷凍してあったのだが、小野瀬さんが吊るしの状態を再現してくれたのだ。
「こういうふうに外で風干しするでしょ。だから寒くなってこないとハエがたかっちゃうんですよ」
ハエどころかクマも狙いそうだ。
寒くなって干すということはつまり寒いということなのでお宅におじゃましてじっくり見せてもらった。
燻製からはスモーキーな芳香が、そうでないサケからは魚本来のうまみが強く香ってくる。
ビジュアルもすごい。波立った皮の陰影の質感を、にじみ出た脂の光沢が際立たせている。荘厳で美しい。そりゃ高橋由一も描かずにいられないだろう。
「干して、どこまでいったら完成かっていう目安になるのが脂なんですよ。表面にじわりと出てきたらもう完成だなっていうね」
「基本は輪切りにして焼いて食べます。ちょっとやってみようか」
「(寄生虫対策で)冷凍もしてあるので、薄切りにすれば生ハムみたいに食べられますよ」
あれだけの塩に漬けたので相当塩っからいかと思いきやそんなことはなく、心地よいしょっぱみだ。塩抜きが絶妙なのだろう。しっとりとした肉にはうまみが濃縮し、上質な生ハムのようだ。
宿泊していた野付半島の民泊「ポンノウシテラス」で燻製山漬けを調理してもらった。
いずれも絶品だったが中でも開いた瞳孔が戻らなくなるほど感動したのが茶漬けである。
さぐっとほぐして口に含むと山漬けの濃厚な旨みと塩味がだし汁とごはんに影響を与えて絶妙かつ深遠な味わい。山漬けの最適解であると同時に茶漬け界においても最強の部類ではないか。
帰る前に山漬け取材に同行してくれた標津サーモン科学館の西尾さんに耳打ちされた。「ちょっとジャンク味が強くなるんですけど、セコマで売ってる『山わさびラーメン』の汁を使ってもうまいのでぜひやってみてください」
たしかに、山わさびの辛みあるスープとの相性がすばらしい。
先の茶漬けのように澄み切った中に山漬けの雑味が浸透していくというより、お互いが主張して相乗効果で強度を増していた。
伝統的な製法で手間暇かけて作られる山漬けとインスタントラーメンのマリアージュ、ニューウェーブな郷土料理の胎動かもしれない。
小野瀬さんからは単に山漬けを教わるだけでなく、番屋で作り、食べ、暮らす人の物語も同時に聞かせてもらった。
「たしかに手間はかかるし、必要でなくなっていくかもしれないけど、ここでとれるサケを本当にうまく食べられるやり方なので次世代以降にも残っていってほしいと思っています」
町内の標津高校では、西尾さんが講師となった山漬け実習なども行われている。いでよ!「輪切りのわたし」クリエイター。
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