特集 2026年1月27日

うまみ大爆発!まるで"サケの生ハム”標津でサケの山漬け作り

漬けて、干して、いぶして、極上のうまみじわりサケ!

サケといえば新巻き鮭だが、サケの塩漬け界にはさらに手間をかけた大ボスがいる。塩をたっぷりすり込んだサケを山のように重ねて、水分を抜きに抜いてうまみを凝縮する。その名も「山漬け」である。

北海道の東端の町、標津で漁師さんの作る本場の(...よりもさらにこだわった)山漬けをいただいた。

焼けば香ばしく、茶漬けにした日には至高すぎて思考が止まった。さらに燻製したものを生ハム的にいただくとうますぎてもう何もわからなくなった。

1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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輪切りのわたしの正体

ここに一片の切り身がある。その名も「輪切りのわたし」、いや、もっとこぶしをきかせて「♬輪切りの〜わたし〜」だ。

気持ちよさそう。

輪切りにされているわたしはなんなのかというと、サケである。

わたしです。標津サーモン科学館にて。

調理はいたってシンプル。少量のオリーブオイルで皮に焼き目を付けながら焼く。

ほいっと。ちょっと顔っぽいけど胴の輪切りなので、わたしなので。

 ほかほかのご飯と一緒に口に入れると、たちまちうまみ大爆発。

ピンボケしてしまったが、なんせ大爆発なので。

何酸がどんだけ効いてるんじゃとばかりにうまみとしょっぱみが広がり、ポリリズムが繰り返す。

これは北海道の標津町で作られた「山漬け」である。北海道の伝統的な製法で、サケを山のように積み上げて塩漬けにし、水分を抜きに抜いて保存性を高めるだけでなくうまみを最大限に引き出す。

標津町でおよそ10年、サケの生態から文化まで取材してきたが、ついに山漬けづくりに立ち会うことができた。そこでいただいたのがこの「輪切りの〜わたし〜」なのだ。

それでは、輪切られる前から見ていこう。

極上のサケ塩まみれ

昨年の10月25日に標津町をおとずれた。気温がぐっと下がる晩秋だが近年はやはりずいぶん暖かいらしい。

ゴミの「ぶんべつ」と人としての「ふんべつ」、内面も見られているのだ。

地元でサケ漁を営む小野瀬稔之さん宅の作業場で山漬け作りがはじまる。

山漬けの解説をする小野瀬さん。実は過去のサケ観察企画でもいろいろとお世話になっております。
とれたてのサケを氷漬けにしてある。取り出しているのは取材をコーディネートしてくれたサケ友の標津サーモン科学館西尾さん。毎度お世話になります。

「山漬けに使うのはオスのサケです。今回は9本漬けましょう」

肉付きも色もほれぼれする魚体。いいサケじゃ。

「まずはエラや内臓を取ります。このサケはとれたらすぐ船上で活じめ(血抜きして鮮度を保つ処理)してるから内臓や肉に血が回らず、くさみも少ないんですよ」

すっと包丁を入れて腹を割く。
「活じめしてるから白子(精巣)もきれいでしょ」
他に胃袋(チュウ)、心臓(ハツ)、腎臓(めふん)などを取り除く。以前解剖しながら食べたりしているのでくわしくはこちらをどうぞ。
残った血を取り肛門近くを念入りに洗う。「ここをきれいにしておかないとくさみが残るから」

 約60cm、4kgの大魚をアジフライの仕込みのように軽々とさばいていく。20分足らずで9本のサケが処理された。

あれこれ解説してもらいながらでこのスピード。
「多い時は一度に30本くらいやるけど1時間かからないくらいかな」
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 「つぎに塩をしていきますよ」と小野瀬さんが見せてくれたのが圧巻の塩プールだった。

「ぜ、ぜんぶ塩ですか?」「ぜんぶ塩」どっさりと25kg。

砂山のような塩の中で、サケを塩まみれにしていく。

小野瀬さんのコーチングで私が挑戦します。

「まず軽く一握りしたぐらいの塩を頭と、おしりのほうから中に入れてすり込んでいきます」

エラから塩を押し込む。
で、腹からも塩をつめて肉にすり込む。

「そうしたらこんどは皮からウロコに逆らうようにしてすり込んでいきます」

「傷口に塩を塗るみたいな感じですかね....」「そうそうそう」
おっしゃ!
頭の向きを揃えて並べ、重ねていく(段ごとに向きを逆にする)

 「こうやってサケを積んで、塩と重みで水分を抜いていくのが山漬け。雑に並べちゃうと漬かり方が均一にならないから、均等に重みがかかるようにきちんと並べます」

さらに追い塩!

「本来は3段、4段と積み重ねてその重みで水分を抜くんだけど、家で少ない本数で作る時は上から重しを乗せます。だいたい25kgぐらい、サケを3段重ねたくらいの重さ」

今回は2段に重ねたサケに重しを乗せ、ぎゅっと圧をかける。

「これで今日の作業は終わりです。明日は抜けた水を取って、サケの位置を入れ替えます。そうしないとつかり具合が均等にならないんですよ。向きを反対にするだけでなく上下段も入れ替えます」

たった1日でどさっと水が出る

翌朝、また小野瀬さん宅を訪問し、一晩漬けたサケの様子を見る。

まだそれほど見た目は変わらないが......

 「もうけっこう水が出てますよ」
サケをいったんどかして様子を見るとたしかに水がたまっていた。

うおお、一晩でこんなに!「だいたい600ccぐらいかな」(小野瀬さん)

「で、この水を捨てて、またサケに塩をするわけです」

「臭みが残っちゃうから」前の塩をざっくり取り除いて新しい塩を投入。
上下段を入れ替え、向きも表裏も逆にして並べなおす。つかりを均一にするためのケアがきめ細かいのだ。

「これを、水の抜け方の具合を見ながらだいたい7日ぐらい、毎日繰り返します。」

 これを1週間、すごい手間だ。うまくなってもらわねば困る。

「このあたりが荒巻鮭との違いですね。荒巻鮭は塩をすりこんで冷凍するだけだけど、山漬けは何度も並べ変えて塩して、しっかり水分を抜くので手間がかかります。そのかわりうまみも凝縮されて保存性も高くなるんですよ」

そう、もともとは保存食なのだ。

山漬けの起源は江戸時代にさかのぼる。北前船が大阪や瀬戸内の塩を北方に運んだ。その塩を用いてサケの山漬けが作られ、江戸へ運ばれていった。冷蔵庫や冷凍庫がない時代の交易の中で生まれた保存方法だったのだ。

近代を経て戦後になっても、山漬けは作られていた。

「戦後から昭和30年代にかけてはこのあたりの道路は舗装もされてなかったし、車や免許を持ってる者も少なかったので、とれたサケを組合のトラックが集荷に来て市場に運んでいました。それでもトラックが回せない日があったり生で出荷できない事情があって、水揚げしたサケを番屋で山漬けにしていたんです」

「番屋」とは漁夫が待機したり泊まったりする休憩所のこと。小野瀬さんが野付半島にある漁場の番屋を案内してくれた。
年代物のストーブがかっこいい。
離れにある作業場でかつて山漬けが作られていた。

「昔は山漬けを作って、それを組合がトラックで買い取っていたけど、そのうち全部生で出荷するようになって、40年ほど前には作られなくなりました。ただ、泊まり込みで働いていた人らがまかないとして作ってましたね。山で採ってきた山菜とかと食べてたりしたんだけど(う、うまそう)、それも7~8年くらい前まで、今番屋では作っていないですね」

ここではサケが山積みで塩漬けされていた。

「見てもらったように山漬けは手間がかかるので、家でも作られなくなってきています。もう保存は冷凍でできるので、うまい鮭が食いたいって人が嗜好品として作るんだよね」

山漬けされたサケがこうした木箱に詰められ出荷されていた。

私はいったん東京へ帰り、進行する山漬けの様子を小野瀬さんからDMで教えてもらう。2週間後にまた標津を訪ね、できあがった山漬けを見せてもらうという段取りなのだが、そこで小野瀬さんが「嗜好品」といった意味を理解することになるのだ。

⏩ 4kgのサケが2.6kgになる

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