往復2時間半、滞在時間2分の旅
我々は房の駅を出て、徒歩1時間かかるアリオに向かっていた。
佐伯さんが『房物語』の本を買ったあと、「残り時間で海まで歩いてみよう」という話になったのだ。
ただ、歩き始めてみると海は時間的に難しそうで、中間地点のアリオに変更した。
「アリオに行って、地元の人の暮らしを見ましょう」。
佐伯さんが社会調査のフィールドワークみたいなことを言い出したぞ。(※石川は大学で社会学専攻でした)
ジャスト・タイミング・カラオケ
しばらくはまわりに何もなかった。
その何もなさは僕の地元、岐阜の実家周辺と似ている。でも岐阜と違って視界の奥に山の壁がないので、千葉の大地はより広大に見えた。
ロードサイドを歩きながら、同じ企画に参加したとりもちうずらさん&つりばんど岡村さんペアの写真について話した。参加者のLINEグループに送られてきたもので、なぜか二人でカラオケにいるのだ。
「どうやったらああいう状況になるんでしょうね。」
そのとき、視界に一軒の店が見えた。
「こういうことじゃないですか。」
農地と民家ばかりだった沿道に急にカラオケ屋が現れて、できすぎた話で笑ってしまった。
ついでに言うと、この景色、よく見るとなんかおかしい。
- 「萌家」の建物が完全に家
- 奥に(陰になっているが)クレーン付きのトラックがいて
- 右手奥には痛車(18禁ゲームのキャラ)
全部の要素がバラバラなのである。
もう少し狭い敷地にギュッと詰まっていたら、ネットミームになるポテンシャルのある風景だった。惜しい。
カラオケ屋を通り過ぎながら佐伯さんが「カラオケ好きですか?」と聞くので、あまり得意でないことと、そこから派生した関係ないカラオケエピソードを長々話してしまった。
帰ってから「あの話、長すぎたな」と反省していたのだが、執筆にあたって取材メモを共有してもらったところ、単に萌歌に入るかどうか確認するための質問だったようだ。なおさらごめん。
川の向こう岸にシロサギがいた。
まだ続いている僕のカラオケ話の隙を縫って、佐伯さんが口を開く。
「大きい鳥って、実物見ると『大きい!』って思うけど、写真に撮ると小さくて魅力半減しますよね」
なるほど、そういうタイプの人もいるんだな。
僕は寄りすぎてデジタルズームの劣化でザラッザラになるタイプです。
そして暮らしに魅入られる
皆さんそろそろお気づきの頃かと思いますが、この後半パート、ずっとただひたすら歩くシーンが続きます。
歩道にゴミがたくさん落ちているのを見て、「歩き食いしながらこの道を通る人がいるんですね。人の暮らしを感じる」と佐伯さん。
暮らしを愛するあまり、なんにでも暮らしを感じ始めている。
あと一戸建てが多いのを見て「屋根の数だけ働き者がいるんですね」とも言っていた。暮らしに対する感度がめちゃくちゃに高まっている。
佐伯さんがこんなに人間に興味を持っているのを初めて見た。房総にはそういう引力がある。
滞在時間2分
そうして歩くこと約1時間15分。
かなり近づいているはずなのに全然見えてこない……と思っていたアリオが、突然目の前に現れた。
ここまで徒歩1時間15分。そしてバスが迎えに来る時間まであと1時間15分。見事にイコールである。
こうして僕と佐伯さんはアリオに着き、地元の人の暮らしを一切感じることなく、即座にとんぼ返りすることになった。
旅の第三の楽しみ方
というわけで急いでスタート地点へ向かう。Google Mapで最短ルートを調べたところ、来たときとは違う道で帰ることになった。
ローカル線・小湊鉄道の線路に沿って南下するのだ。
そんな人心を惑わす線路を適度な距離感で堪能しつつ歩いていたところ、急に知っている文字列が目に飛び込んできてハッとした。
写真に撮り忘れてしまったが、この写真のすぐ左、次の駅と前の駅が書かれた駅名表示版に、隣の駅名「あまありき」が書かれていた。
そして、その「あまありき」を、僕は見たことがある。
頭の中に、いろんな景色がギュルルルルルッと高速でフラッシュバックした。
ちょうど5年前、2021年の年末年始企画。「難読駅へいってらっしゃい」という企画で、くじで引き当てた難読地名、海士有木に訪れていたのだ。
今回くじ引きでたまたま降ろされたこの町が、あの目と鼻の先だったとは。
ちょうど先日、知人と話していたのだけど、旅行の楽しみって二種類ある。一つは初めて行く場所の新鮮な楽しみ。もう一つは、再訪する場所の懐かしい楽しみ。
しかし今回、意図せず三つ目の楽しみ方を見つけてしまったかもしれない。過去の旅先に偶然出会う楽しみである。
予期せぬ状況で再開したという運命的な気持ちと、心の準備なしで記憶が一気に戻ってくる感じ。初めて体験した感覚だった。
とはいえなかなか体験することの難しい、かなり限定的なシチュエーションでの楽しみ方ではあるが……。
タイムリミットせまる
時間があれば海士有木に再訪したかったが、しかし我々は速足で帰らなければならない。
終盤は、普通に焦っていて記憶も写真もあまりない。
Google Mapに目的地到着までの予想残り時間が表示されるので、それと時計を交互に見ていた。
スマホの画面を見ると残り時間と時計が両方見れる。便利な道具だなこれ。
既に帰路ということで、佐伯さんとの会話も仕事に関する現実的な話をしていたように思う。
結局、予定の16時ピッタリに道の駅に到着、1分後くらいにバスがやってきた。
思い返してみると、朝、バスを降りて最初に佐伯さんと交わした会話が「歩き回る体力ありますか?」だった。佐伯さんの返事は「ないです」。
「今日はできるだけ温存していきましょう」という流れで動き出したのが、最終的に3時間近くガンガンに歩くことになったわけである。スマートウォッチの歩数も2万歩を超えていた。これが「暮らし」の誘引力か。
アリオこそ滞在2分だったが、たくさん歩いていろんな家を見て、けっこう「暮らし」は感じられたと思う。深い充実感とともに、帰りのバスでは疲れてめちゃめちゃ寝た。


