前置きが長くなってしまいそうです
2025年7月、取材の仕事で奄美大島に行くことになった。私が住む大阪の百貨店で奄美群島をテーマにした催事が開かれることになり、それに先立っていくつかの取材記事を書くという仕事だった。
大阪から飛行機で奄美大島に向かい、奄美大島でのみ生産が許されている“黒糖焼酎”の蔵元をたずねてお話を聞いたり、島民に愛されるコミュニティラジオ局である「あまみエフエム」を取材したり、郷土料理を食べたり、居酒屋をハシゴしたりした。
3泊4日の旅程の中で一日だけ、自由時間というか、私がずっと行きたかった場所に行ける日があった。そこで、私は加計呂麻島に行くことにした。いや、「行くことにした」と書く権利は私にはなく、奄美大島の中心地・名瀬の街で「たっちゃんのジェラート」という人気ジェラート店を営んでいる前田龍也さんという方が車を出して下さり、加計呂麻島を案内してくれるというのに甘えさせてもらったのであった。
たっちゃんの愛称で親しまれている前田龍也さんは加計呂麻島の出身で、週の半分は加計呂麻島のご家庭で、もう半分は奄美大島の名瀬で過ごしているという。加計呂麻島に大変詳しく、また、すごく顔の広い方なので、島の方々と深いつながりを持っている。
そもそも、私が加計呂麻島に行ってみたいと思ったのは、文学者の島尾敏雄が戦時中に「震洋特別攻撃隊」という、船に爆薬を搭載して敵機に突撃する特攻隊の隊長として加計呂麻島に駐屯していたからだった。
島尾敏雄は出撃命令を受けながらもそのまま終戦の日を迎えて生き延びる。そして戦後、死を覚悟しながら過ごした加計呂麻島での日々のことをいくつもの小説に書いた。また、島尾敏雄が駐屯中に恋に落ち、後に結婚することになる島尾ミホも加計呂麻島の出身で、やはり同じように島のことを書いたエッセイや小説がある。
昔から島尾敏雄と島尾ミホの文章が好きだったので、いつか加計呂麻島に行ってみたいと思っていたのだった。たっちゃんの車で、その駐屯地があった呑之浦という集落まで連れて行ってもらった。
また、加計呂麻島は『男はつらいよ』シリーズの最終作である『男はつらいよ 寅次郎紅の花』の舞台でもあり、島のあちこちにロケ地が点在している。そのいくつかにも連れて行ってもらった。
たっちゃんの車で加計呂麻島を移動していて、島の複雑な地形を少し体感できた気がした。島には平野が少なく、その代わりに険しい山と入り組んだ海岸線があって、ぐねぐねと山道を移動すると、急に視界が開けて信じられないほど青い海が見え、そうかと思うとまた山道が延々と続く。
たっちゃんいわく、この山の多い地形のせいで、昔の加計呂麻島は集落同士の行き来が少なく、それゆえに集落ごとに文化が違っていたりしたらしい。
たまたま立ち寄れた店だった
そのようにして、たっちゃんの案内で島をめぐった後、島の中心部に近い西阿室という集落にある民宿まで送ってもらうことになった。そこがその日の宿泊先で、当初は別の集落の宿に泊まる予定になっていたのだが、急きょ、こちら側の参加人数に変更があったため、たっちゃんが手配してくれたのだった。
15時頃、「南龍」という民宿にチェックインして、あとは翌日までのんびり過ごすだけである。砂浜がすぐ近くにあるので、そこで缶ビールでも飲んでぼーっとしていようと思った。が、その缶ビールをどこで買うか、という話だ。
西阿室集落には「茂岡売店」という商店がある。集落の中にある売店はその一軒だけで、それ以外の場所で買い物をしようと思えば、別の集落まで車に乗って行くか、さらに大きな買い物をしたければ、フェリーに乗って奄美大島の方に渡るしかない。
西阿室集落にとって「茂岡売店」は貴重なお店なのだ。定休日が週に3日あるそうだが、その日は幸い営業日に当たっていた。ただ、その時はお店の休憩時間で、店主と知り合いのたっちゃんが連絡を取り、なんとか必要な分のお酒だけ買わせてもらうことができた。その際、店主から、夕方の18時になると再びお店が開き、地元の人が来て酒を飲むんだというようなことを聞いた。それは面白そうである。
海辺でのんびり過ごし、宿に戻って一休みして、18時になったので、さっき買い物をさせてもらった「茂岡売店」まで行ってみた。すると、お店が開いていて、何人かが中でお酒を飲んでいるようだった。胸が高鳴り、私も入ってみる。
酒場の店内で酒を飲むいわゆる“角打ち”のようなスタイルで、売店で買ったお酒を店内か、天気のいい日は外にベンチを出して飲むらしい。スナック菓子なども販売されているのでそれをつまみにしてもいい。
それだけではなく、店主や地元の方が有志で惣菜を持ち寄って、それをみんなでわけあっている。一見客の私もそれをいただいた。私の他にも、その前日に加計呂麻島で行われていたシーカヤックの大会の出場者とか、観光で来た方だとか、外から島に来た人も店にやってきて、みんな分け隔てなくその場にいる。
店の前には川が流れていて、そこには大きなうなぎが何匹も生息している。その大うなぎは地元の人に愛されていて、売店で買える魚肉ソーセージが好物らしい。魚肉ソーセージをちぎって落とすとうなぎが現れ、それをみんなで眺めながら酒を飲む。
この角打ちスタイルの営業は、営業日の18時から19時半までと決まっているそうで、つまりは、毎日の中に、ほんの少しだけ開かれるささやかな宴のようなものなのである。その時々の人たちが集まって軽く晩酌をする感じというか。
自分にとっては本当にたまたま、宿に近かったからという理由で、しかもちょうど営業日に当たっていたから行けた場所だった。それが奇跡のようにも思え、その場に漂っていたゆるやかな幸福感が深く心に染みた。もちろんそこには観光客としての私の感傷的な気分もあっただろうけど、とにかく、茂岡売店で過ごした時間が忘れられず、いつかまた絶対に行きたいと思ったのだった。

