巨大渦巻き
地図を眺めていて見つけた不自然な形の道路。その場所はJR南武線平間駅の近くにある。まずはこちらの地図[1]を見てほしい。
巨大な「C」の文字が地上絵のように浮かび上がっており面白い。しかし、なぜこのような渦巻き状の道路が存在するのか、正直かなり気になる。
例えば、戸塚には「深谷通信所跡」という円形の道路があるが、そこは日本軍の無線通信所の跡地である。船橋の行田団地にも円形の道路があり、そこも日本軍の無線通信所の跡地である。今回も無線通信所の名残りなのだろうか?
現場に行く
とりあえず現場を見に行こう。
公園が終わりしばらく進むと、渦巻き状の道はぬるっと消滅した。ずっと体の左側に重心のかかった散歩だった。途中で出会った交差点はどれもいびつな形をしていて面白かった。
実は現場を歩いている途中で1つ「これはっ…!」と思ったモノがあったのだが、それについては後ほど。
いつから存在するのか
この渦巻き状の道路はいつから存在するのか。国土地理院の地図・空中写真閲覧サービス[2][3]を利用すれば、Web上で簡単に調べることができる。
空中写真ではなく、古地図[4][5]も見てみる。
驚くべきことに、この渦巻きは少なくとも140年以上前からあるということになる。当時、渦巻きの中には水田があったようだ。また、渦巻きを左右に横断する道も、当時から存在する。
・当時、渦巻きの中は水田だった
ネットで検索する
次にインターネットで検索してみる。「平間 円形の道路」で検索を掛けると4つのWebサイト[6]-[9]が見つかった。
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この道路に関する、4つのWebサイトの記述を抜粋する。
なんとなく見えてきた。 薄々思っていたが、いまのところ最有力なのは用水路の跡地だ。この地域の近くには多摩川が流れており、この辺りにはそこから取水した用水路が存在する。
実は、先ほどの散歩で私はあるモノを見つけていた。
そこにあったのは、こちらの看板である。
この二ヶ領用水は、1611年に竣工した歴史ある農業用水である。多摩川から取水し、そこら中に用水路が張り巡らされており、いまもその名残がある。
渦巻き状の道路の正体は、十中八九、用水路の跡だと思う。しかし、どのWebサイトも「~だろう」「考えられそうです」など、推測で書かれており、本当にそうなのか断定することはできない。また、仮に渦巻き状の道路の正体が本当に用水路だった場合、もう一つの疑問が生まれる。それは、
なぜ、用水路は渦巻き状なのか?
というものだ。用水路は碁盤の目のように直線的に張り巡らした方が効率が良いと思う。なぜなら、水田の形は基本的に長方形だからだ。(当時は機械を使わなかったのでそこまで形にこだわらなかったのかもしれないが、それでも多くの水田が長方形だった。)
現時点では渦巻き状の道は用水路に由来していると断定できないし、断定できたとしても 「なぜ、用水路は渦巻き状なのか?」の疑問が残る。

