特集 2026年2月2日

川崎に存在する「巨大な渦巻き状の道路」の謎を解明した

なぜ用水路は渦巻き状なのか?

先ほど紹介したWebサイトを隅々まで読むと、この疑問の答えかもしれない記述があった。ブログ記事[8]のコメント欄にこう書かれていた。

多摩川の氾濫の度に形が変わった用水路とある。用水路が渦巻き状なのは、多摩川の氾濫が関係しているのではないだろうか?

ここまででわかったこと
・多摩川の氾濫が関係している可能性がある

さらに検索ワードを変えながら調べていると、有力なWebサイト[10]にたどり着くことができた。

二ヶ領用水の支流に沿って散歩している久保淳さんという方のブログ。二ヶ領用水に大変お詳しい方だ。

 このブログでは基本的に、久保淳さんのXでのポストが埋め込まれている。探索すると、あるポスト[11]に超有力な情報があった。

017.jpg
「治水地形分類図」で見ると古い多摩川の流れがこの渦巻きに沿っているらしい!

 やはり、用水路の前は多摩川が流れていたのではないか?「治水地形分類図」というキーワードを手に入れたので自分でも調べてみる。すると、国土地理院作成の図[12]が見つかった。

オレンジ色の線(筆者加工)が例の渦巻き状の道。それにピッタリ沿うように、治水地形分類図では「旧河道」(川の跡地)の模様が塗られている。ちなみに、右上の白くて太い管が今の多摩川である。

ビンゴ!これでかなり納得できるところまで来た。

ここまででわかったこと
・多摩川の旧河道が用水路になり、道になった可能性が高い

確かに、治水技術が発達するまでは、多摩川は頻繁に氾濫し流路が変わっていた。川の両岸に同じ地名が残っているのも、その名残りといわれている。

しかし、まだ安心できない。先ほどの画像の模様の凡例を見ると、「旧河道(不明瞭)」とある。これがいったいどういうことなのかというと、この図の解説書[13]に説明がある。


土地の利用方法から旧河道を推定しているのかもしれない。

何か明確な根拠があるわけではなく、「土地の利用方法から察するに旧河道っぽい」という話なのかもしれない。

私は「旧用水路と思われる道が旧河道か」を知りたくてこの図にたどり着いたのに、この図は「ここは旧用水路っぽいから旧河道だ」と言っているに過ぎないとしたら、何の意味もないではないか。(専門家のお墨付きという意味では多少の意味はあるが。)

もっとダイレクトに、ここが旧河道だったエビデンスを知りたい。しかし、冒頭の迅速測図からも分かる通り、1886年(明治初期)には川はすでに今の流路である。旧河道のエビデンスが見つかるとすれば、それは江戸時代の文献かもしれない。

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「旧河道」というキーワード

ところで、先ほどの図によって「旧河道」という新たなキーワードを手に入れたので、さらに検索を進めることができた。その結果、新たな記事[14]にたどり着いた。

こちらのブログ記事では多摩川の旧河道を紹介しているが、出展元の本の名前も書かれている。それによれば、「川崎史話」「新多摩川誌」という本に、旧河道の図が載っているようだ。この本を読んでみたい。

……ここでいったん休憩。話がややこしくなってきたので、ここまででわかっていること、わかっていないことを改めて整理する。

ここまででわかっていること
①渦巻き状の道の前は
 用水路だった可能性が高い

理由:
・1886年の時点で渦巻き状が存在
・当時、渦巻きの中は水田だった
・すぐ近くを二ヶ領用水が流れる

②多摩川の旧河道が
 用水路になった可能性が高い

理由:
・多摩川は頻繁に氾濫
・国土地理院作成の図でも
 旧河道とある(ただし不明瞭)

--------------------------------
ここまででわかっていないこと
①・②を裏付ける、明確な根拠

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最後に頼りになるのは図書館

用水路と旧河道のエビデンスを見つけるために、私は川崎市の中原図書館に来た。

武蔵小杉駅直結の中原図書館。過去に何度もお世話になっています。(記事①記事②)

川崎史話[15]はふつうの棚に置かれていないので、司書さんにお願いして奥の書庫から持ってきてもらった。そこに書かれていたのは

旧流路(旧河道)だ!

拡大し、重要なところに着色してみる。

まさしくあの「C」の形が旧流路として描かれている!

また、新多摩川誌[16] には次のような図が載っていた。

024.jpg
ここにもあの「C」の旧流路が!

「じゃあ川崎史話や新多摩川誌の図は本当に正しいのか?」という話になるが、さすがにキリがないのでこれでOKにしたい。「渦巻き状の道はかつて多摩川の旧河道であった」のエビデンスとして十分だと思う。

では、その旧河道はその後、本当に用水路になったのだろうか?図書館で二ヶ領用水に関する本を片っ端からめくり、ついにそのエビデンスを見つけることができた。「二ヶ領用水400年 よみがえる水と緑」[17]という本に、江戸後期の用水路の図が載っていたのである。

葉脈のように広がる用水路。

 拡大し、重要なところに着色する。

上平間に「C」の文字!

これで 「渦巻き状の道はかつて用水路であった」のエビデンスも見つけられた。

図書館でわかったこと
①渦巻き状の道の前は
 用水路だった可能性が高い
→江戸時代後期の用水路の図で
 上平間付近のC型の用水路を確認

②多摩川の旧河道が
 用水路になった可能性が高い
→川崎史話や新多摩川誌の図で
 当該位置が旧河道であることを確認

たくさんの情報をありがとう、図書館。これで疑問は解決した。 

⏩ いつの氾濫で流路が変わったのか

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