マイホームタウン、関門
20歳すぎまであちこち引っ越しばかりしてきたので「地元はどこですか」と聞かれると答えに窮する。しいて言えば一番地元っぽいのは「関門海峡らへん」だと思っている。
ここです、ここ。本州と九州の隙間。
特定の市町村ではなく海峡を挙げてみたのは、関門海峡の両岸に住んだことがあって、どちらの街にも薄らとした愛着があるからだ。九州側は正真正銘の出身地であるが10歳でこの地を離れたあとは足が遠のいている。本州側は住んだのは1年足らずだけど、両親の故郷で、親戚が大勢おり昔も今も足を運ぶ機会が多い。どちらも地元というべき決定打は弱いが、二つ合わせて関門海峡ということならまあ、ぎりぎり要件を満たしているような気もする。
そもそも関門海峡の両端は距離がすごく近いし、昔から「二つで一つ」的なところがある。
ふつう、海峡を渡るという行為は大事であるはずだが、関門海峡の場合は、両岸の物理的な距離がとにかく近い。また経済的な結びつきも強いことから交通手段が充実しすぎていて、あまりにカジュアルに海峡越えができてしまう。
今年の正月。関門エリアにちょっとした用事があり、一泊二日の小旅行をしてきた。せっかくの機会なので6つの交通手段をコンプリートしつつ、大して詳しくない"地元"の魅力を発掘してこようと思う。
海底ワープトンネル
大阪からフェリーに乗って一晩、まず降り立ったのは福岡県の門司(もじ)。ここから山口県の下関へJR山陽本線で移動する。これが海峡越えの第一のルートである。
「海底トンネルで九州から本州へ」と聞くと大ごとのように感じられるけど、なんのことはない。実際は普通列車で一区間乗るだけである。下関駅と門司駅は、すぐお隣の駅なのだ。
電車に乗り込むとすぐに「本州方面、下関行きの列車が発車します」のアナウンスがかかり、電車がホームから滑りだす。本州方面…まあ言われてみれば確かに!表現の意外さを咀嚼しきれないでいるうちに、電車はトンネルに突入した。
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真っ暗な車窓がつまらなくて前方をぼんやり眺めていたら、向かい側に座っているおじさんも、スンとした顔で虚空を見つめていた。わかる。おれたちがこんなにも手持ち無沙汰なのは、スマホが圏外になってしまったからだ。海を渡っているという情緒をどこにも感じさせない車内で、携帯の電波状況だけが、いま確かに海底にいることを知らせてくれている。
すぽーーん!!と勢いよく暗闇を抜けると、よく晴れた青い空に、造船所の赤いクレーンがぽつりぽつりと立っているのが見える。スムーズに減速を始めた列車はほどなくして、下関駅に停車。所用時間は7分、運賃230円。実にあっさりとした海峡越えである。