小学生の時、体育が嫌すぎて早朝から家で号泣していたら、母に「とりあえず行ってみて、それでもダメだったら帰ってきな」と言われたことを思い出した。何回かこのセリフを言われたことがあるが、結局途中で帰ったことは一度もなかった。
ちょっと良い子すぎたなと反省している。一回くらい本当に帰ってしまえばよかった。「途中で帰る」は、小学生の私がやり残したことだ。
みなさんも、どうせ帰るのなら、たまには帰りたい時に帰ってみてはいかがでしょうか。超個人的な早退・バックレ、おすすめです。
家から外へ一歩出た瞬間から「帰りたいな」と思う。人生ずっと加藤ミリヤのディアロンリーガール状態(and i 今すぐ家へ帰りたい?)である。もはや家に帰るために外出している
と言ってもいいかもしれない。
ていうか、なんなら家にいる時も家に帰りたいと思っている。
帰宅後、フローリングの上でデロデロに溶けて、虫の死骸が点々と透けた照明を眺める。輪郭から滲んだ光が天井と溶け合うように伸びて、「早く帰りたい」と思う。どこまでかえれば気が済むのか、自分でもわからないまま、「今すぐ帰りたい」という感情を爆弾のように抱えながら生きている。
もちろん外出先で帰りたさの衝動に襲われることも多い。
例えば、雨で濡れた床と靴底の相性が最悪だった時。新しい服のタグが肌を刺す時。自然光に照らされたメガネのレンズが思いのほか傷だらけだった時。スカートにこぼしたアイスコーヒーの結露の跡が全然消えない時。ささくれから血が止まらない時。美容院で「金色にしてください」とオーダーしたら銀色になった時。
帰りたいスイッチは日常のそこかしこに散りばめられている。
でも、帰りたきゃ帰ればいいじゃないか。部活じゃないんだし(※部活だって全然帰ってOK。部活だから)。私の生活に顧問はいない。勝手に帰ったっていいのだ。
帰ってしまおう。足だけで歩いてしまう前に。
16時45分。言わずもがな、夕方は帰りたさがつのる時間帯だ。
私は「ジム通いしてます」とはとてもじゃないけど言えないくらいの頻度でジムに通っている。そして、この日は珍しくジムへ向かおうとしていたのだ。運動しようという気持ちはたしかにあったのだ。が、道すがら自転車を漕ぐ脚に迷いが生まれた。
施設の一回の利用が1時間だから、帰りはだいたい18時頃。きっと空は暗くなっている。
建物の外に出たら空が暗くなっているシチュエーションがあまり好きではない。「私に無断で暗くなるな」と思う。なるべく明るいうちに帰りたい。コンサートも夜公演より昼公演が好きだ。
空を見上げる。ピンクまじりの雲に雲言葉(そんなものはない)を付けるとしたら“帰宅”だ。了解。帰ろう。
家に着き一息してからぼんやりと「途中で帰ってなかったら、今頃筋肉に負荷をかけているのか」と思った。学校を早退した時のあの感覚に似ている。
私は絶望的に尻に肉がない。ついでに姿勢も最悪だ。よって、劇場で鑑賞する映画が身体的に辛い。辛いのに、性懲りもなく博打のように二本立ての映画を見に行く。そして毎度毎度ボロカスになりながら帰路に着く。
今日も案の定の惨敗ぶりだ。一本目が終わった時点で首筋から肩にかけた一帯が異様に冷たくなって今にもつりそうだし、尻はただでさえ少ない肉が完全に仕事を放棄して骨だけで身体を支えている(ような気がする)。
二本目の映画が上映するころには、身体の痛みが脳の半分くらいを占めて、記憶もおぼろげになるのが常である。「助けてくれーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」と思う。
そして、この場合、私を助けられるのは私しかいない。「今日のところはこれで勘弁してやるか」と尻尾を巻いて退散するのがベストである。一瞬負けた気分になるが、そもそも映画館は客に勝負を吹っかけていないから大丈夫だ。バキバキになった背中を伸ばして、胸を張って、今日は帰ろう。
もうすぐ上映される二本目を映画館に置いて、今日は帰る。
そう言えば、こういうやって自分の肉体の貧弱さを理由にやむを得ない降参をしないために、私はジムに通おうと決意したのだった。芋づる式の怠惰により着々と生ゴミに近付いている。
池袋を歩いていた時のことである。シャッフル再生で流れてきた音楽から、芋づる式に過去の嫌な記憶が掘り起こされてテンションがガタ落ちした。
様々なことがかなり嫌な感じの時期は、同じ曲を何度もリピートして聴く。もちろんその曲が好きだから聴いていたのだ。しかし、記憶と曲が完全にリンクして、最悪と最高がいっしょくたに脳に刷り込まれてしまう。
嫌いになったわけではない。ただ、その曲が再生されると、当時のこと...主に、何重にも重なったささくれ、カバンの底で潰れたおにぎり、ドライバーでネジ穴をつぶしてどうしようもなくなった会社の備品、電車の座席の下から放出されるふくらはぎを焦がす熱風、公園のトイレの青白い照明、頭をもたせかけたバスの車窓を覆う水滴が髪を濡らす感覚、当時この曲を聴いて思い描いた情景、そういうのを一気に思い出して「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」と思う。
こういうのっていつになったら忘れられるんだろう。忘れたことも忘れるくらいに早く忘れたい。嫌さの断片たちが強烈な鮮度でひしめきあいながら音楽に収納されている。
帰りたい。
帰ろう。
横断歩道を引き返そうとする脚に立った鳥肌がズボンに擦れて気持ち悪い。
嫌な記憶が引き出されそうになったら、曲中の今まで聴いていなかった音だけを聴くことにしている。音楽っていろんな音が同時に鳴っているから何回聞いても意味が分からなくてウケる。
わたしは池袋が大好きなので、なにかにつけてすぐ池袋に行く。その日もなんとなく「今日は池袋日和だな」と思ったので池袋に行くことにした。
まぁ、なんかもう最寄りから二駅先の駅を通過したくらいからわかっていた。途中で停車したターミナル駅で準急の池袋行きに乗り換えなかったということは、つまりそういうことなのだ。乗り気じゃなさが自分にバレてしまっているし、ていうか、別にバレてもいいので、帰る。歩行するのは今日じゃない。そういう日だった。
わたしは池袋が好きで、池袋はわたしのことをどうとも思ってなくてよかった。
向かいホームへ進行するこの足取りよ。これは下り電車に乗り込む人間の脚の軽さではない。体力が有り余っている。意味もなく背筋を伸ばして背伸びをする余裕もある。席空いてるけど座らないもんね。体力ゲージを100%残して乗車する下り電車は、いつもより頭のてっぺんと天井が近い。
それにしても、(姿勢を正したことを差し引いても、)なんだか以前よりも視界の位置が高くなっていた気がして「心の余裕があると、見える世界も変わるってワケね」と思った。(※後日測ったら本当に1cm伸びてた。)
速度を緩めた朝の上り電車は、外側から見るよりもずっとゆっくりに感じられる。本気出して走れば並走出来んじゃねーかといつも思っている。ちなみにわたしの五十メートルのタイムは12秒である。
この日はなんとなく早く家を出てしまった。始業まであと1時間ある。
目的地である終点で降りる。人の波に沿って数歩歩いたところで振り返ると、行き先を表示する電光掲示が下り方面行きに変わっていた。つま先の方向をいつものルートから軽く反らして、まだ労働者の気配が残る車内に乗り込んだ。
座席がまだあたたかい気がする。
電車はいいな。線路があるとルートも行き先も確実に決められているから安心する。タクシーとかバスとか飛行機とかは、突然運転手の気が狂って全然知らない場所へ連れていかれるかもしれないからドキドキする。
すれ違う電車がぎゅうぎゅうだ。後頭部が日差しで温まる。
これ以上身体を最寄駅方面に傾かせるわけにはいかないので、途中下車して、流れるように上り電車に乗車した。
秋の朝の上り電車は空調が首に当たって寒い。
小学生の時、体育が嫌すぎて早朝から家で号泣していたら、母に「とりあえず行ってみて、それでもダメだったら帰ってきな」と言われたことを思い出した。何回かこのセリフを言われたことがあるが、結局途中で帰ったことは一度もなかった。
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