行き先は福島県郡山市
久しぶりの遠地取材である。行先は福島県郡山市。
ずっと前に友だちと「日本一かっこいい地名はどこだろう」という話をした。僕は「雫石」を推した。触ると切れそうだろう、雫石。イメージとしては透明がかった緑である、行ったことないけど。
その友だちは「郡山」を挙げていた。響きが水墨画みたいだから。なるほど、言われてみれば「こおりやま」にはどこか雄大な感じがある。それ以来なんとなく僕も気になっていたのだ、郡山。
福島県郡山市は、都内から新幹線で1時間半である。
久しぶりに乗った新幹線は以前と変わらず最高にクールな乗り物だった。
座り心地のいい椅子に小さなテーブル、すっ飛んでいく景色。東京からの1時間半で持ってきた本を30分読んで30分ぼーっとした。僕はこういうことがやりたかったんだなと思った。トランヴェール(新幹線の背もたれに入っている雑誌)では沢木幸太郎が江戸の話をしていた。
「地元の人頼りの旅」は行く先々で会った人から情報を集めて旅をするのがルールなんだけれど、福島県の人たちが東京からの観光客に対してどんな感じなのか、まったく想像がつかなかったので駅に着いたら観光案内所でできるだけ多くおすすめを聞いておこうと思った。これも新しい生活様式である。
そうこうしているうちに遠くの方の席で「え、もう郡山?」という声がした。確かに、思っていたよりずっと近い。
地元の人に頼りまくる旅、始まる
駅に着いてまず何か食べたかったが、仕事終わってから来てるのですでに夕方である。観光案内が閉まってしまう前に情報を集めておかないと明日からなにもすることがなくなる。都合よく美味しい物をすすめてくれたらいいんだけれど。
郡山駅の案内所はビニールシートの向こう側だったが、とても親切に教えてくれた。
案内所でもレンタカー屋さんでもホテルのフロントでも、おすすめを聞くとまず
「この季節なら磐梯山ですねー」と言う。
磐梯山、もちろん聞いたことはあるけど登ったことはない。勧められたら素直に行く企画である、じゃあ磐梯山だろうか。
案内所で聞くと登山口から山頂まで2時間半で行けるとのことだった。つまり山頂まで行って帰ってで5時間である。一日仕事だ。明後日には帰る予定なので、磐梯山に登っちゃったらあとは翌日帰るだけにならないか。それで記事が書けるのか。悩みながらこの日は寝た。
要するに来たかったのだ。
しかしちょっと悩んだことで到着が遅れた。9時ごろ登山口に着くと駐車場はすでに満車である。
昨日まで雨が続いていたらしく、駐車場で話をした登山客の夫婦は「登山道がちょっと滑るかもしれないですねー」と言ってブーツのひもを締め直していた。とはいえ今日は快晴である、登らない理由がみあたらない。
というわけで最初のおすすめは磐梯山である。もしかしたらこの記事、ここだけで終わるかもしれません。
磐梯山
今年は夏から毎日のように目撃情報が寄せられていたらしく、案内所では「たぶん同じ熊なんじゃないか」と言っていた。その熊すでに懐いているのではと思ったが、とにかく気を付けるに越したことはないだろう。
登山口を過ぎるとすぐに本格的な登りがやってきた。どのくらい本格的かというと、立ち尽くすと後ろに倒れるくらいの斜度。
磐梯山は天気さえよければハイキング感覚で登ることができる山だとは思う。とはいえ油断は禁物だ。しっかりと一歩一歩踏みしめて登る。
泊まりで遠地取材に行くときは朝にホテルの周辺を走ることにしているので、いつでも走ることができる服と靴を持ってきているのだ。今回ももちろん走るつもりでやってきた(今朝は寝坊したけど)。
おかげで磐梯山も、走れる部分は全部走った。
気持ちのいい秋の週末である。
この日はたくさんの登山客が来ていて、小走りで進む僕にエールを送りながら(お!軽快だねー)(天狗かと思ったわよー)みんな気持ちよさそうに山頂を目指していた。この日会った登山客の大半は定年後のたのしみに、という落ち着いた感じ。だからみんな僕のことを「さすが若いのは違うなー」というが、僕だって40過ぎたいい大人である。
たまに見える絶景に見とれていると、すーっと涼しい風が吹いてきて汗だくだったのが一瞬で冷える。登りやすいとはいえ、やっぱりここは山の中なのだ。
弘法清水の山小屋まで来ると山頂まではあと少しだ。
細い一本道をひたすら上へ上へと登っていくと急に視界が開けて足元の土が石に変わる。これがくると山頂が近い。見上げるとそこには磐梯山のてっぺんと登山客、そして空と太陽しかなかった。
登山ルートは磐梯山の北側から登るので、山頂にあがるまで見えなかった猪苗代湖がようやく見えた。
この時の感動がすごい。
最高です。
そう叫びそうになった。
これはみんなが勧めるわけである。この時期に晴れたらここ以上に気持ちのいい場所はないんじゃないだろうか。来てよかった。
しかし感動してばかりもいられない。はやく下らないと日が暮れてしまう。
先ほど上る途中で湧き水を飲んだ弘法清水の山小屋では、かんたんな食事とか熊鈴なんかを買うことができた。
山小屋のおかあさんのおすすめはなめこ汁とのこと。
「このあたりの名物なんですか?」と聞くと、「そんなことないけど、もうずっとやってるからねー」と。それはおかあさんが意図しなくても名物になっているんだと思いますよ。
外の景色を眺めながらいい匂いがしてきたなーと思っていると、おかあさんがすり足でなめこ汁を運んできてくれた。
関東からきました、と思い切って言うと
「あらー、ご苦労様ー!だったら湖見たら感動したでしょう」と。
湖とは猪苗代湖のことである。確かに感動した。それもだけれど、このご時世、関東からっていうとちょっと嫌がられるんじゃないかなと正直身構えていたのだ。
まったくそんなことはなく、自分ちに帰ってきた息子に対するみたいな顔で出迎えてくれた。ちょとくすぐったかった。
このなめこ汁、あつあつな上に細いタケノコが入っていてなめこがとろとろで最高なのだ。汗をかいた体にこれは沁みる。これだけのために登ってきたと言ってもいい味。
なめこ汁に元気をもらって帰路についた。
コンビニに売られている限定品
下山したら指の先がしびれるくらいおなかが空いていたので登山口の一番近くにあったコンビニに転がりこんだところ、福島限定のものがいくつか売られていた。レジのおかあさんにおすすめを聞く。
まずはこちら、セブンイレブンで買った会津限定のバターパン。
見た目はものすごくシンプルだが、挟んであるクリームが生クリームじゃなくて、塩がじゃりじゃりする感じのバタークリームで意外だった。でもこれ、登山の補給食にちょうどいいと思う。知っていたら持って登っていた。
そしてわかめのおにぎり。
こちらも塩が強めに握ってあって体がよみがえる。どんぶりで食べたい味である。
このコンビニは店員さんがすごい親切で、おにぎり温めます?ゴミ袋持ってる?寒くない?うるさくてごめんねー、と、なにしろ愛想がいい。他に福島の限定品ってないですか?と聞いたら「わたし!」と言っていた。