特集 2018年12月17日

幻の手動押し出し式製麺機で作る十割そばが佐渡にあった!

文化史に残らないであろう素晴らしき食文化を発見しました。

日本各地に手打ちそばの食文化はあるけれど、佐渡島の小さな集落で出会ったそばの作り方には本当にびっくりした。

各家庭で所有する手動の押し出し式製麺機を使い、自家製の蕎麦粉100%のそばを昔から作ってきたのだ。そしてこの特殊な食文化は、今も残っているのである。

私が驚いたポイントがちょっと分かりにくいかもしれないが、そりゃもう凄いレアなのである。なるべく詳しくレポートするので、ぜひ一読していただきたい。

趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。

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佐渡島にも製麺機文化があるらしい

まず大前提の話がマニアックで恐縮なのだが、小麦や蕎麦(食べ物ではなく植物の場合は漢字で書きます)の産地では、「家庭用製麺機」という道具を使って、うどんやそばをよく作っていたエリアが結構あったのだ。日本国内の話である。

その普及度はかなりのもので、群馬県高崎市あたりの小麦を育てている農家だったら、製麺機は一家に一台が当たり前。それこそ今の炊飯器みたいに必需品だった時代があったのだ。

この話は「うどんを毎日自宅の機械で作って食べていた地方がある」に詳しく書いたので、まず先にそっちを読んでいただけるとわかりやすいのだが、とりあえずそういう食文化があったんだなと理解していただければ大丈夫。

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山梨で習った製麺機によるうどん作り。家庭用製麺機という機械がかっこいい。

この各家庭で製麺機を使って麺を作っていたという、その土地の人じゃないと絶対に知らない歴史になぜか強く引かれ、今も引き続き趣味で調査をしている。

ここからようやく本題の話。昨年、佐渡島から送られてきた「さどまる通信」という佐渡のPR誌に、興味深い情報が掲載されていた。

地域おこし協力隊という制度で移住した山﨑さんという方のインタビューなのだが、今でも製麺器(機)を使って、そばを打って食べている地域があるそうなのだ。

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さどまる通信2017秋冬号より。驚きのあまりに誌面を撮影したデータが残っていた。

以前、佐渡在住のある方から島内で拾ったという古い製麺機を見せてもらったことがあるので、佐渡にも製麺機を使った麺作りの文化があったのだろうとは予想していたが、まさか今現在でも続いていたとは。

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佐渡島内で拾われた「高陽」と書かれた製麺機。ちなみにこの製麺機は群馬県高崎市で製造されたため、高崎の「高」をとって高陽と名付けられたと最近知った。

 

佐渡に今なお残る製麺機文化とは、一体どんなものなのだろう。作っているのが、うどんではなくそばというのも大変興味深い。

そんな私しか興味のなさそうな話を、前回の記事で書いた「天然のナメコとエノキは栽培ものとちょっと違う」でもお世話になった海野君に一応してみたところ、あのインタビューに答えていた山﨑さんが友人で、なんと製麺の実演を見せてもらえることになったのだ。

岩首とはこんなところ

そして今年の11月の上旬、とうとう佐渡の岩首へとやってきた。

佐渡島は日本海に浮かぶ大きな離島(東京23区の1.4倍)であり、岩首は島の南東側、海沿いに位置する。

山から海へと流れ込む川沿いの小さな集落で、現在住んでいるのは56世帯くらいらしい。

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養老の瀧といっても居酒屋ではない。
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集落の両側はこんもりとした山。周回道路が整備される前は、どうやって人が行き来していたのだろうかと不思議になる立地だ。
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この川沿いにある僅かな平地に家々が立ち並んでいる。


平らな土地というものがほとんどないエリアなので、昔は特に貴重だった米をどうにか作るために、見事な棚田が切り開かれている。

製麺機がよく使われているエリアは、山間部など米作りに向いておらず、代わりに小麦や蕎麦を栽培していたところが多い。

ここ岩首でも、田んぼが作れないような土地で、昔から蕎麦を育ててきたのだろうか。

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集落の裏山にある見事な棚田。少しでも多くお米を作るために何年もかけて開墾したのだろう。
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養老の瀧でビールを飲んだらおもしろいかなと思って、2013年に撮影した写真。現在はここへ来る道が通行止めなので、今となっては大変貴重なギャグである。

 

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