特集 2025年10月18日

さよならシチューうどん

大阪のあづま食堂が閉店するので、シチューうどんを食べ納めてきました。

隠れた大阪名物である絶滅危惧料理「シチューうどん」を出す最後の店、新世界のあづま食堂が残念ながら閉店すると聞いた。

私は別に常連でもなんでもないのだが、あの味を10年振りに食べてきた。

趣味は食材採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は製麺機を使った麺作りが趣味。(動画インタビュー)

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あづま食堂が閉店すると聞いて

大阪に移住したライターのスズキナオさんと「大阪の奥深き食文化を巡る旅」という同人誌を作った。その関連イベントに出るため9月に私が大阪を訪れていた時、その本に登場する新世界のあづま食堂が近々閉店するという話を聞いた。

あづま食堂とは、大阪の地で少なくとも1940年代から続く「シチューうどん」の味を守る、今や唯一となった店である。詳しくは2015年に書いた「大阪にはシチューうどんがある!」という記事をどうぞ。

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これは私が本の出版イベント用に再現したシチューうどん。ジャガイモとタマネギと牛肉を塩だけで煮たものなのだが、今思うとシチューうどんの理解度がちょっと低い。

「あのシチューうどんをまた食べたいな」と思いつつ、これまで10年間もほったらかしていた。その間にかね又というもう一軒あったシチューうどんカルチャーを残す店も閉店した。

今食べておかないと一生後悔しそうなので、大阪滞在の最終日である9月16日の火曜日に時間を作ってあづま食堂へ向かったのだが、店のシャッターは閉まっていた。確か定休日は水曜なので、火曜は営業しているはずなのだが。

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やってない!

遅かったか。

と、諦めたけれど違った。

隣の建物が工事中だったので、あづま食堂はすでに閉店していて一緒に取り壊されてしまうものだと早とちりしたが、急いでネットで方々を確認したところ、どうやら水曜日に加えて火曜日も定休日になっただけだとわかった。閉店は10月19日のようである。

さてどうしよう。うどん一杯のためだけに、また大阪まで来るのも大変だよなとも思ったが、自分次第でどうにかなる問題ならどうにかするかと腹を決めて、ちょうど夜に東京で打ち合わせがある10月1日(水)発の夜行バスで、再び大阪へ向かうことにした。

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せめてもの節約で東京駅八重洲口から夜行バスで大阪へと向かう。
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ものすごく久しぶりの夜行バスの旅。休憩のパーキングエリアで自分のバスを見失う感覚が懐かしかった。

あづま食堂はいつものように存在していた

バスは午前9時に大阪の難波に到着。そこからまた電車で少し移動して、つい二週間前に来たばかりの新世界へと踏み入れる。

あづま食堂の営業開始は午前9時半、そして今日は木曜日だから今度こそ開いているはずだと緊張しつつ店へと向かうと、10年前の記憶のままに紺色の暖簾がかかっていた。

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やっている!
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前回工事中だった隣の建物は、だるま商店という派手な酒場としてオープンしていた。

あと十数日で閉店してしまう店とは思えない堂々とした姿に、入店前から目が潤んでしまった。別に常連でもなんでもないのだが。

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せっかくなのでいろんな角度から写真を撮った。
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やっぱりシチューの文字が味わい深い。

10年前にあづま食堂を教えてくれた大阪在住のスズキナオさんも、仕事の合間を縫って食べに来てくれた。

ちなみに二週間前に空振りをした時も一緒で、そのあとナオさんが一人で改めて訪れてシチューうどん食べている様子をSNSで見て、そりゃもう悔しかったのがまたここへ来た原動力になっている。

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あづま食堂のシチューうどんが似合う男、スズキナオ見参。

シチューうどんは記憶よりもおいしかった

ものすごくドキドキしながら「Cash Only」と書かれた入口の自動ドアを開ける。

閉店が近いので混み合っているのではと不安だったが、訪れた時間が早かったので、どうにか並んでカウンターに座ることができた。

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開いていてよかった。
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当然シチューうどんを注文するつもりだが、この店カレーうどんとか玉吸とかが気になってくる。本当に今更なんだけど全メニューを制覇したい。

あえてのカレーうどんやシチューそばを我慢して、シチューうどんとかやく御飯の小を二人とも注文する。

その昔、この店のシチューにうどんが入る前は、シチューとかやく御飯というセットが定番だったという話を前回聞いて、そのハーモニーを試してみたかったのだ。

今日はシチュー単品ではなくシチューうどんとかやく御飯なので、ちょっとわんぱくすぎる組み合わせだろうか。

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店内に飾られていた、いつの誰だかまったくわからない味わい深い写真。聞けばよかったな。
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冷蔵庫の小鉢からなにか取ればよかった。
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冷たいお茶を飲みながら、怪しくならない程度に作っている様子を目に焼き付ける。牛肉は麺を茹でるタイミングでシチューに入れるようだ。
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そして待望のシチューうどんが運ばれてきた。
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10年振りとなるあづま食堂のシチューうどんは、やっぱり白かった。もちろんクリームシチューでもビーフシチューでもない塩味のシチューだ。

白いというか「限りなく透明に近いシチュー」だなと、10年前と同じことを思ってしまう。

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かやく御飯の小とシチューうどん。これもまた大阪の食文化。

夜行バスでの移動明けというシチュエーションで食べるシチューうどんは、本当にしみじみとおいしかった。長距離の移動で疲れた体に染みわたる。記憶にある味よりもさらにうまい。

塩だけで味付けされたスープだが、前日に残しておいたスープをブレンドして仕上げることで、塩味に角がなく、クリアなのにまろやかで、どこまでも奥深い味わいになっている。この優しいシチューと茹でうどんの相性がまた素晴らしい。

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煮崩れていないジャガイモ、様々な煮え具合のタマネギ、サッと煮た牛肉という完璧な具の構成。

「ここのシチューは大きなジャガイモが必ず乗っているんですよ」とナオさんに言われてハッとした。この何気ない一杯には、食べ応えのあるジャガイモを中心に、しっかり煮込まれたものと煮込みすぎていないものが混在するタマネギ、サッと火を通した牛バラ肉が、バランスよく盛られているのだ。

そのことを理解してから改めて店主の仕事ぶりを見学すると、常に小鍋で数人分のシチューを温めていて、そこに仕込んだばかりのシチューと前日のシチューを足して、麺を茹でているときに牛バラ肉を注文の分だけ加えて、盛り付けの際にジャガイモとタマネギと牛肉のバランスが良くなるよう丁寧にピックアップしているようだった。

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かやくご飯の具はニンジン、ゴボウ、油揚げだけで味も薄め。「五目」ではなく「加薬(味=薬味を加えた)」。おかずや麺類ありきで食べるものなので、これくらいがちょうどよい。
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やっぱり来て正解だった。塩味のシチューとかやく御飯の相性が最高。
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卓上には当然のようにうま味調味料が置かれている。

この日は客のほとんどが、シチューうどんかシチュー単品を頼んでいた。やっぱり名物なのだろう。メニューには存在しない出汁巻き玉子もおいしそうだった。

「ごちそうさん、お元気で!」と、先に来ていた常連さんが出ていく。さらっとしているけれど重いお別れだ。

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「究極にシンプルで記憶よりもあっさりしているけど、なんでこんなにおいしいんだろうな」と満足そうなナオさん。

ありがとうございました

大満足でお会計をするとき、たまたま女将さんの手が空くタイミングだったので、ちょっと立ち話をすることができた。

東京から(埼玉在住だがバスは東京から乗ったので)シチューうどんを食べに来たことをお伝えしつつ、失礼ながら閉店の理由を伺う。

「大阪でシチューうどんは、もううちだけかもしれませんね。昔はいっぱい出す店があったけど。

(店を閉めるけど)二人ともどこか悪い訳じゃないですよ。でも年齢的にそんな何年もできないじゃないですか。それやったらどっちかやなって。倒れるまでやるか、倒れる前にやめるかの二択。倒れる前にやめよって選択した訳。

創業は昭和28年だから72年。マスター(ご主人)が二代目で、三代目がいないから。もったいないという人もいるけれど、もう時代遅れ。周りは串カツとか居酒屋さんばっかりで、場違いやっているなって」

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タマネギは淡路島産、ジャガイモは北海道産のメークインをできるだけ使うというこだわりを教えてくれた。ジャガイモは柔らかく煮えているのに、歯ごたえの残るタマネギも入っているのがすごい。
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ナオさんはウーロン茶かプーアル茶、私はルイボスティーと推測したうまいお茶。その正体は普通の煎茶(緑茶)だそうで、大鍋でしっかり煮出してから冷やすとこのような色と味になるそうだ。

店を出る前に、店内に貼られていた閉店のお知らせを確認する。やっぱりこの素敵な空間は10月19日で無くなってしまうのだ。

その横に貼られたカレンダーには営業日のカウントダウンが書かれており、10月7日から11日が最後の営業週に向けての休業期間になっていて、私が訪れるのが来週だったら休みだったことを知る。危なかった!

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さりげなく貼られた閉店のお知らせ。
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あずま食堂があるのは、角を曲がれば通天閣という一等地。昔ながらの食堂が場違いというか、新世界という場が変わってしまったのだ。
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大阪のホルモンうどんを遡ったら沖縄の中身汁に辿りついた」という記事で訪れた丸徳という店は、射的場に変わっていた。

2025年10月19日、大阪万博の閉会から6日後に大阪のシチューうどんは絶滅する。料理自体はシンプルなので、どこかの店が復活させようと思えばすぐにできるメニューなのだが、それを求めるシチューうどんの正解を知っている人も途絶えていくのだろう。

でももしかしたら、大阪のどこかで、あるいは大阪から遠くの離れたどこかで、もしかしたら異国の日本人街で、ネットで検索しても出てこないような渋い店が、昔と変わらない姿のシチューうどんを当たり前のように出していて、常連さんが当然のように食べているいるのかもしれない。

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