特集 2022年1月21日

自宅にファンシー文具店の在庫全部ってどんな感じ?

応接間は完全に文房具倉庫!もはや居住スペースどこよ?ぐらいの富田さんち。

川崎市で文具店を営んでいた知人が、昨年末に実店舗をたたんで、通販オンリーにシフトするという。

表層的には「あー、そういう時代なんだね」ぐらいで終わっちゃう話なんだけど…ただ、店舗在庫の文房具をぜんぶ自宅に引き取ってしまったため、家の中がすごいことになっているらしいのだ。

コレクターである僕の家もなかなかに文房具まみれだけど、文房具屋の在庫を全部入れたほどじゃない。

どんな感じなのか、見せてもらおう。

1973年京都生まれ。色物文具愛好家、文具ライター。小学生の頃、勉強も運動も見た目も普通の人間がクラスでちやほやされるにはどうすれば良いかを考え抜いた結果「面白い文具を自慢する」という結論に辿り着き、そのまま今に至る。(動画インタビュー)

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自宅文具倉庫に入るには、まず筆箱を見極めよ

その件の知人の文具店というのは、昨年末まで川崎市で営業しており、いま現在はネット専業となった文房具店「たんたん」。

店主である富田仙恵さんの強すぎるファンシー偏愛によって、ファンシー文具・おもしろ消しゴムに関しては間違いなく日本一の品揃えを誇るショップである。

しかし、その日本一のファンシー在庫を店舗から自宅に移すと、いったいどうなるのか?

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「どうぞ上がってー」と言われたけど、その前に筆箱じゃないスリッパを正しく引き当てる必要がある。

その辺りを実際に見せてもらおうと、富田さんのご自宅にお邪魔したんだけど…さっそく玄関からファンシー文具による歓迎である。

というのも、実はこの並んでいるスリッパのうち、2組は「スリッパ/上靴ふう筆箱」なのだ。

(履けるスリッパ[正解]は真ん中)

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底面をジッパーで開けると、ペンの収納部が出てくる上履き型筆箱。実用性よりインパクト優先で作ろう、というメーカーの思想が透けて見える。

これはあれか。この程度も見分けられないやつに修行はつけてやれないな…という、バトル漫画の途中にありそうな感じのやつか。

あと、今のところ玄関周辺の風景はまだ普通のご自宅っぽいんだけど、ここからどんな光景になるのか、想像つかなすぎて困る。

前提として、日本一のファンシー文具店ができるまでの流れ

その前に、改めて「たんたん」という文具店の話をしておきたい。

「たんたん」は、雑貨店に勤めていた経験を持つ富田さんが、2005年に古いアパートの2階で開業。

富田「うちの子が上が小六、下が小一ぐらいの頃かな。川崎市は公営の学童保育が無くなっちゃったんですね。じゃあ、子どもが来て楽しい場所が作れないかなと思ったんだけど、収入がないとなにも始まらないし。じゃあなにか売るかな?ぐらいで始めました」

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「たんたん」店主の富田仙恵さん。ファンシー文具の最新情報を教えてくれるなど、いつもお世話になってます。

富田さんが自分の好きなファンシー文具やおもしろ雑貨を並べると、近所の小学生がドバッと買い物しに来るようになった。

そりゃ普通の文具屋よりも“かわいい鉛筆”やら“”面白い消しゴム”の品揃えが圧倒的にいいんだから、子どもは通い詰めて当然だろう。

 

富田「賑やかだったころは、店内が小学生でギュウギュウになって。下校時間から閉店までの2〜3時間で売上げが2万円ぐらいの日もあって。それも親の立場としてはちょっとイヤだったんだけどね。お年玉の時期でもないのにそんなにお金使って大丈夫?みたいな」

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「たんたん」1号店。「ここに文具店あるの?ウソでしょ?」ぐらい意外性のある店舗。
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夏休みの宿題で作った文房具図鑑がすごい」のインタビューは「たんたん」の店内でやらせてもらった。文房具小学生・健太郎くんはここの常連だったのだ。

富田「でも、この1号店をやってるうちに「消しゴムがすごく重い」って気付いて…これは床が抜ける危険性あるぞって」

店で消しゴムをストックしている箱が、だいたい1つ10kgぐらい。当時すでにそれが100箱ぐらいあったとのことで、それだけで1tである。
他にもノートなどの紙モノも重いし、さらに子どもとはいえお客もギュウギュウに来てたら、そりゃ床がいつ抜けても不思議じゃないだろう。
そこで床抜けの危険性の少ない物件を探して2016年に移転したのが、「たんたん」2号店。

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たんたん2号店。一軒家なのでひとまず床抜けの危険性は下がった。

富田「実は、少し前から始めていたネットショップのほうが売上比率で9割ぐらいになってたから、「実店舗はもういいかなー」という思いはあったんですよ。最近は小学一年生でも下校時間が夕方になるぐらい授業があって、さらに習い事も増えて、友達同士で誘い合って文具屋に来るということ自体が減っちゃった」

うーん、下校したその足で近所の文具屋に駆け込む小学生だった自分としては、なんというか寂しい話ではある。

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「たんたん」2号店内。住居感満点のスペースにファンシー文具がみっしり並ぶ、かなり特殊な専門店っぷり。

富田「ただ、文具店に限らなくても、子どもだけが自分のお小遣いで買い物をするって、大事な経験だと思うんですよ。なので、もうちょっと実店舗は続けようと思ったんだけど…」

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「自宅に文具店の在庫全部」とは、具体的にどんな感じなのか

最終的には2021年11月末に「たんたん」実店舗は閉店。以降はネットショップとしてのみ営業することとなった。

富田さん、最初は自宅庭にプレハブ小屋を建てて、そこを倉庫にして通販対応しようと考えていたそうだ。ところがその旨を旦那さんに伝えると、「そんなの建てるのもったいないじゃん。部屋は余ってるんだからそこに入れたら」と言ってもらえた、とのこと。

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……というような話を聞いていた部屋から、いよいよ在庫収納へ移動する。もう奥の方になんか見えてはいるんだけど。

富田「この家は夫の両親が建てた二世帯住宅なんだけど、もう義父も義母も亡くなっていたので、確かに部屋は余ってはいたんですよ。娘ももう結婚して家を出てるし」

で、その余っていた部屋(以前は応接間として使われていた)が、まずこんな感じに。

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部屋に入った瞬間、モノの圧力にグッと息が詰まる。密度よ。
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メタルラックで天井まで積み上がった箱は、大半が消しゴムの在庫とのこと。

あー、これ完全に倉庫だ。家だけど倉庫。
我が家もコレクションや仕事道具としての文房具が満載なんだけど、やはりプロには敵わない。あきらかに格が違うぞ。
というか、普通の文具店のバックヤードとして考えても、これは量が多すぎないか。

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ちなみにこちらがきだて家の文具収納。これはこれで多いという自負はあったんだけど、さすがに比較にならない。

富田「いまのところ、一番古い在庫は10年ぐらい前のものかなー。でもファンシー文具って「古いからダメ」って話じゃないんですよ。好きな人は「この柄がかわいいから買う」って言ってくれるから、古い製品も品揃えとしておいておきたいの」

なるほど、普通のお店で考えれば、10年前の製品なんてド級の不良在庫だろう。
それを「古い=売れない」ではなくて、「商品のバリエーションが10年分揃ってる」という捉え方ができるのは、すごいと思う。その結果、お店側にはこれだけの在庫が積み上がっちゃって管理が大変なんだけど。
その負担を、自宅の生活スペース削って請け負うのって、ものすごいことだぞ。

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在庫の詰まったダンボール箱は、仕入れ日と製品名を貼って管理。
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この「カップ麺消しゴム」なんかも、6年前に発売された製品だ。
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これはわりと最新の「ごはん下敷き」。
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コーンフレークっぽいメモ帳。ザ・ファンシー。

特にキャラクター柄などは次々に新しいものに入れ替わってしまうので、基本的に、買い損ねると二度と入手不可。
それをずっとラインアップとして残してくれているお店というのは、買う側にとってめちゃくちゃありがたいのである。

富田「友達には、「在庫処分の半額セールやれば?」って言われるんだけど、そういうのもしたくない。私がコレクター気質というのもあるんだけど、「これが欲しい」と思ってくれる人に買ってもらいたいかな」

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室内、見渡す限り在庫・在庫・在庫…なんだけど、たまに妙なものが写り込む。

ちなみにこの部屋、ダンボールの山に紛れて見落としがちなんだけど、ちょいちょいと不思議な違和感があったりして。

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部屋の中央にドーンと存在感のあるドラムセット。
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飾り棚かと思ったら、ピアノだった。

富田「ドラムとかは家を出た娘のものなんだけど、捨てたくても「置いといて!」って言われて。これがなかったらもうちょっと在庫が置けるんだけど…」

あー、僕も実家に30年近く「置いといて」と言ってる本のダンボールが数箱あるな。こういうのを見ると「あっ、そうか。ここ自宅なんだ」と思えて、逆にホッとする。
娘さんとしても「お母さんがここまで好き放題やってるんだから、私のも置いてたっていいはず」という発想だろう。うん、それはそうだ。

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タンスも台所も子ども部屋も倉庫

ところで、積み上げられたダンボールのラベルを見ていると、たまに「なんだこれ」という内容がある。例えばこれとか。

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「つみけし」というのは商品名(ブロック玩具型の消しゴム)なんだけど、その下がよく分からない。

この「神棚下タンスにも入っている」とはなんぞや。いや、もちろん日本語としてはそのまんまの意味なんだろうけど。

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なるほど、これが「神棚下タンス」か。
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つまりここにも在庫が収められている、と。
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下の引き出しにもぎっしりと。

こんなところまで在庫が!と驚いていたら、富田さんがスタスタと移動して「こっちにも入ってるよ」と言う。
いや、ここ台所ですけども。

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いきなり台所へ移動して天袋収納を開く富田さん。え、ウソだろ。
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在庫、入ってました。万が一にも湿気で商品にダメージが来ないよう、すべてシュリンク包装済み。
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下の開きにも入ってました。

さすがにそれは生活どうなってんだ?と思ったが、実は前述の通り富田家は二世帯住宅。ここは富田さんの義両親が生前に使われていた一階の台所なので、問題ないそうだ(富田さん夫婦は二階の台所を使っている)。
それにしたってなかなか思い切った倉庫化だけど。

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娘さんが使っていた子ども部屋も当たり前のように倉庫化。
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人が通れる最低限の通り道以外は全て在庫だ。

ここまで来ると、定番の「どれぐらいの量あるんですか?」という質問をするのも無駄というもの。
店舗なのでもちろん会計上の棚卸しは必須なんだけど、例えば12本の色鉛筆セットも、10個入りミニ消しゴムも、数量単位的にはそれぞれ「1」と計算するわけで。具体的にどれぐらいの個数があるかなんて、もはや数えようもないのである。

ファンシー文具店主を死ぬまで続けるための終活

家の中を移動しながら「ここも在庫」「こんなとこにも在庫」「ウソだと思ったら本当に在庫」みたいな見学をさせてもらう中で、どうしても気になったのが、富田さんがここまでファンシー文具に入れ込むのか、という部分だ。

富田「だってカワイイじゃないですか。元々は『りぼん』や『なかよし』の付録にあった、シールやお手紙セットがきっかけなんだけど。小学校高学年の頃にキティちゃんが流行りだしたので、サンリオに就職したい!とも思ってたし」

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今も昔も、紙ものには「カワイイ」が凝集していると思う。

富田「で、それとは別に、お店屋さんも昔から好きで。商品とお金をやり取りして、袋詰めやラッピングをして、というのがすごく楽しい。だから、子どもの頃からなにかお店をやるというのは確定事項だったのかも」

ファンシー文具とお店、という2つの好きをまとめて仕事にしたわけで、これは間違いなく富田さんの天職なんだろうな。

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本来ならバラで売られているかわいいダイカット消しゴムも…
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富田さんは、わざわざお弁当箱っぽいパックに入れてミニフォークをつけたセットを作る。だってこっちのほうがかわいいから。

富田「実は自宅を倉庫化したのって、私にとっては終活でもあるんですよね。例えば、お店を開いたまま私が死んだら、店舗自体は不動産として解約すれば済むけど、残った在庫は夫や娘には管理できないだろうし、後を頼みづらいでしょ」

なんかすごい意外な言葉が出てきた。自宅の倉庫化と終活って、なにか関連があるのか。

富田「だって、自分が元気なうちにいったん手元に引き取っておけば、多少体調が悪くても通販対応ぐらいならできるかな、って。夫と私が死んだら、もう家ごと潰してもらえばいい。これなら「辞めなくていい」でしょ。死ぬまでファンシー文具屋をやっていられるから」

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メーカー廃番まで含まれた「まとまるくん」消しゴムの在庫。これも「たんたん」が続く限りは買える。

おおー! めちゃかっこいい!
端から見る分には「死ぬまでファンシー文具店をやるために、そこまでするのか」という思いも無くはないけど…だからこそ、そこまでやってくれる人がいる、というのは心強いのだ。
例えばメーカー廃番となったようなファンシー文具も、ひとまず富田さんが生きている(かつ在庫が残ってる)限りは「たんたん」で入手可能なわけで。文房具好きとして、この安心感はすごいなー。


とは言っても、床抜けの心配をしなきゃいけないぐらいに消しゴムの箱は重いし、天袋から在庫を取り出すのもなかなか大変だ。死ぬまでファンシー文具店主を続けるのって、相当に大変だろうなぁとも思うのである。
もし誰か石油王かジジェフ・ベゾスがこの記事を読んでいたら、富田さんにAmazonの巨大機械化倉庫みたいなのを建ててあげてくれないだろうか。

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消しゴム満載の箱。密度高く詰まってるので、ガチで重いぞ。

 

取材協力
たんたん
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