とは言っても、床抜けの心配をしなきゃいけないぐらいに消しゴムの箱は重いし、天袋から在庫を取り出すのもなかなか大変だ。死ぬまでファンシー文具店主を続けるのって、相当に大変だろうなぁとも思うのである。
もし誰か石油王かジジェフ・ベゾスがこの記事を読んでいたら、富田さんにAmazonの巨大機械化倉庫みたいなのを建ててあげてくれないだろうか。
たんたん
川崎市で文具店を営んでいた知人が、昨年末に実店舗をたたんで、通販オンリーにシフトするという。
表層的には「あー、そういう時代なんだね」ぐらいで終わっちゃう話なんだけど…ただ、店舗在庫の文房具をぜんぶ自宅に引き取ってしまったため、家の中がすごいことになっているらしいのだ。
コレクターである僕の家もなかなかに文房具まみれだけど、文房具屋の在庫を全部入れたほどじゃない。
どんな感じなのか、見せてもらおう。
その件の知人の文具店というのは、昨年末まで川崎市で営業しており、いま現在はネット専業となった文房具店「たんたん」。
店主である富田仙恵さんの強すぎるファンシー偏愛によって、ファンシー文具・おもしろ消しゴムに関しては間違いなく日本一の品揃えを誇るショップである。
しかし、その日本一のファンシー在庫を店舗から自宅に移すと、いったいどうなるのか?
その辺りを実際に見せてもらおうと、富田さんのご自宅にお邪魔したんだけど…さっそく玄関からファンシー文具による歓迎である。
というのも、実はこの並んでいるスリッパのうち、2組は「スリッパ/上靴ふう筆箱」なのだ。
(履けるスリッパ[正解]は真ん中)
これはあれか。この程度も見分けられないやつに修行はつけてやれないな…という、バトル漫画の途中にありそうな感じのやつか。
あと、今のところ玄関周辺の風景はまだ普通のご自宅っぽいんだけど、ここからどんな光景になるのか、想像つかなすぎて困る。
その前に、改めて「たんたん」という文具店の話をしておきたい。
「たんたん」は、雑貨店に勤めていた経験を持つ富田さんが、2005年に古いアパートの2階で開業。
富田「うちの子が上が小六、下が小一ぐらいの頃かな。川崎市は公営の学童保育が無くなっちゃったんですね。じゃあ、子どもが来て楽しい場所が作れないかなと思ったんだけど、収入がないとなにも始まらないし。じゃあなにか売るかな?ぐらいで始めました」
富田さんが自分の好きなファンシー文具やおもしろ雑貨を並べると、近所の小学生がドバッと買い物しに来るようになった。
そりゃ普通の文具屋よりも“かわいい鉛筆”やら“”面白い消しゴム”の品揃えが圧倒的にいいんだから、子どもは通い詰めて当然だろう。
富田「賑やかだったころは、店内が小学生でギュウギュウになって。下校時間から閉店までの2〜3時間で売上げが2万円ぐらいの日もあって。それも親の立場としてはちょっとイヤだったんだけどね。お年玉の時期でもないのにそんなにお金使って大丈夫?みたいな」
富田「でも、この1号店をやってるうちに「消しゴムがすごく重い」って気付いて…これは床が抜ける危険性あるぞって」
店で消しゴムをストックしている箱が、だいたい1つ10kgぐらい。当時すでにそれが100箱ぐらいあったとのことで、それだけで1tである。
他にもノートなどの紙モノも重いし、さらに子どもとはいえお客もギュウギュウに来てたら、そりゃ床がいつ抜けても不思議じゃないだろう。
そこで床抜けの危険性の少ない物件を探して2016年に移転したのが、「たんたん」2号店。
富田「実は、少し前から始めていたネットショップのほうが売上比率で9割ぐらいになってたから、「実店舗はもういいかなー」という思いはあったんですよ。最近は小学一年生でも下校時間が夕方になるぐらい授業があって、さらに習い事も増えて、友達同士で誘い合って文具屋に来るということ自体が減っちゃった」
うーん、下校したその足で近所の文具屋に駆け込む小学生だった自分としては、なんというか寂しい話ではある。
富田「ただ、文具店に限らなくても、子どもだけが自分のお小遣いで買い物をするって、大事な経験だと思うんですよ。なので、もうちょっと実店舗は続けようと思ったんだけど…」
最終的には2021年11月末に「たんたん」実店舗は閉店。以降はネットショップとしてのみ営業することとなった。
富田さん、最初は自宅庭にプレハブ小屋を建てて、そこを倉庫にして通販対応しようと考えていたそうだ。ところがその旨を旦那さんに伝えると、「そんなの建てるのもったいないじゃん。部屋は余ってるんだからそこに入れたら」と言ってもらえた、とのこと。
富田「この家は夫の両親が建てた二世帯住宅なんだけど、もう義父も義母も亡くなっていたので、確かに部屋は余ってはいたんですよ。娘ももう結婚して家を出てるし」
で、その余っていた部屋(以前は応接間として使われていた)が、まずこんな感じに。
あー、これ完全に倉庫だ。家だけど倉庫。
我が家もコレクションや仕事道具としての文房具が満載なんだけど、やはりプロには敵わない。あきらかに格が違うぞ。
というか、普通の文具店のバックヤードとして考えても、これは量が多すぎないか。
富田「いまのところ、一番古い在庫は10年ぐらい前のものかなー。でもファンシー文具って「古いからダメ」って話じゃないんですよ。好きな人は「この柄がかわいいから買う」って言ってくれるから、古い製品も品揃えとしておいておきたいの」
なるほど、普通のお店で考えれば、10年前の製品なんてド級の不良在庫だろう。
それを「古い=売れない」ではなくて、「商品のバリエーションが10年分揃ってる」という捉え方ができるのは、すごいと思う。その結果、お店側にはこれだけの在庫が積み上がっちゃって管理が大変なんだけど。
その負担を、自宅の生活スペース削って請け負うのって、ものすごいことだぞ。
特にキャラクター柄などは次々に新しいものに入れ替わってしまうので、基本的に、買い損ねると二度と入手不可。
それをずっとラインアップとして残してくれているお店というのは、買う側にとってめちゃくちゃありがたいのである。
富田「友達には、「在庫処分の半額セールやれば?」って言われるんだけど、そういうのもしたくない。私がコレクター気質というのもあるんだけど、「これが欲しい」と思ってくれる人に買ってもらいたいかな」
ちなみにこの部屋、ダンボールの山に紛れて見落としがちなんだけど、ちょいちょいと不思議な違和感があったりして。
富田「ドラムとかは家を出た娘のものなんだけど、捨てたくても「置いといて!」って言われて。これがなかったらもうちょっと在庫が置けるんだけど…」
あー、僕も実家に30年近く「置いといて」と言ってる本のダンボールが数箱あるな。こういうのを見ると「あっ、そうか。ここ自宅なんだ」と思えて、逆にホッとする。
娘さんとしても「お母さんがここまで好き放題やってるんだから、私のも置いてたっていいはず」という発想だろう。うん、それはそうだ。
ところで、積み上げられたダンボールのラベルを見ていると、たまに「なんだこれ」という内容がある。例えばこれとか。
この「神棚下タンスにも入っている」とはなんぞや。いや、もちろん日本語としてはそのまんまの意味なんだろうけど。
こんなところまで在庫が!と驚いていたら、富田さんがスタスタと移動して「こっちにも入ってるよ」と言う。
いや、ここ台所ですけども。
さすがにそれは生活どうなってんだ?と思ったが、実は前述の通り富田家は二世帯住宅。ここは富田さんの義両親が生前に使われていた一階の台所なので、問題ないそうだ(富田さん夫婦は二階の台所を使っている)。
それにしたってなかなか思い切った倉庫化だけど。
ここまで来ると、定番の「どれぐらいの量あるんですか?」という質問をするのも無駄というもの。
店舗なのでもちろん会計上の棚卸しは必須なんだけど、例えば12本の色鉛筆セットも、10個入りミニ消しゴムも、数量単位的にはそれぞれ「1」と計算するわけで。具体的にどれぐらいの個数があるかなんて、もはや数えようもないのである。
家の中を移動しながら「ここも在庫」「こんなとこにも在庫」「ウソだと思ったら本当に在庫」みたいな見学をさせてもらう中で、どうしても気になったのが、富田さんがここまでファンシー文具に入れ込むのか、という部分だ。
富田「だってカワイイじゃないですか。元々は『りぼん』や『なかよし』の付録にあった、シールやお手紙セットがきっかけなんだけど。小学校高学年の頃にキティちゃんが流行りだしたので、サンリオに就職したい!とも思ってたし」
富田「で、それとは別に、お店屋さんも昔から好きで。商品とお金をやり取りして、袋詰めやラッピングをして、というのがすごく楽しい。だから、子どもの頃からなにかお店をやるというのは確定事項だったのかも」
ファンシー文具とお店、という2つの好きをまとめて仕事にしたわけで、これは間違いなく富田さんの天職なんだろうな。
富田「実は自宅を倉庫化したのって、私にとっては終活でもあるんですよね。例えば、お店を開いたまま私が死んだら、店舗自体は不動産として解約すれば済むけど、残った在庫は夫や娘には管理できないだろうし、後を頼みづらいでしょ」
なんかすごい意外な言葉が出てきた。自宅の倉庫化と終活って、なにか関連があるのか。
富田「だって、自分が元気なうちにいったん手元に引き取っておけば、多少体調が悪くても通販対応ぐらいならできるかな、って。夫と私が死んだら、もう家ごと潰してもらえばいい。これなら「辞めなくていい」でしょ。死ぬまでファンシー文具屋をやっていられるから」
おおー! めちゃかっこいい!
端から見る分には「死ぬまでファンシー文具店をやるために、そこまでするのか」という思いも無くはないけど…だからこそ、そこまでやってくれる人がいる、というのは心強いのだ。
例えばメーカー廃番となったようなファンシー文具も、ひとまず富田さんが生きている(かつ在庫が残ってる)限りは「たんたん」で入手可能なわけで。文房具好きとして、この安心感はすごいなー。
とは言っても、床抜けの心配をしなきゃいけないぐらいに消しゴムの箱は重いし、天袋から在庫を取り出すのもなかなか大変だ。死ぬまでファンシー文具店主を続けるのって、相当に大変だろうなぁとも思うのである。
もし誰か石油王かジジェフ・ベゾスがこの記事を読んでいたら、富田さんにAmazonの巨大機械化倉庫みたいなのを建ててあげてくれないだろうか。
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