イタリアのアーティチョーク(カルチョーフィ)事情
2023年の秋にちょっとしたバイトでイタリアを訪れたのだが(この顛末は『芸能一座と行くイタリア(ナポリ&ペルージャ)25泊29日の旅日記』という同人誌に書きました)、スーパーの野菜売り場に、見たことのない野菜が売られていた。バナナとかハスの花だろうか、あるいはシャカトウ(釈迦頭)という果物がこんな形だったような。
札には『CARCIOFI VIOLETTI』と書かれていた。調べてみるとカルチョーフィはアーティチョークのことで、これは紫色をした細い品種のようだ。0.69ユーロという価格は100gあたりだろうか。
カルチョーフィことアーティーチョークは、加工品として、お惣菜として、サンドイッチの具として、イタリアの行く先々で登場した。
日本だとまず見かけないけれど、この地では一般的な野菜のようで、値段も手ごろである。
アーティチョークは三浦半島の直売所で見かけて、一度だけ買ったことがあるのだが(こちらの記事)、あれはかなり育っていたためか食べられる部分が少なかったけれど、若い状態なら可食部分はもっと多いようだ。
いろいろと気になるところが多い野菜なので、一度育ててみようと思った。本やネットで調べるよりも、種を植えるほうが見えてくるものが多いと信じている。
4月19日 アーティチョークの種を蒔く
日本でアーティチョークの種が手に入るのか不安だったが、調べたらサカタのタネにラインナップされていたので、購入してポットに植えてベランダで発芽させる。
種の説明書きによると、アーティチョークは地中海沿岸・カナリア諸島が原産で、キク科チョウセンアザミ属の植物。そしてこの種の生産地はアメリカで、なんだか存在がワールドワイドである。
そんなアーティチョークは多年草で、4月に種を蒔いて、収穫できるのは翌年の6月なのだとか。食べる部分は「花托(花床)と総苞片の下部の肉」と書かれていたが、日本語なのにまったく頭に入ってこなくてワクワクする。
ちなみに三浦半島で買って食べたときの話は全部忘れていて、そのときに書いた記事はあえて読み返さなかった。
5月2日 双葉が出た
種を植えてから10日ほどで芽が出た。なかなか大きくて頼もしい双葉である。
5月14日 畑に植える
本葉が伸びてきたところで、家庭菜園をしている畑へと定植するのだが、発芽率が良すぎて指定の間隔が空けられない。
使っていい場所は限られているので、とりあえず30センチ間隔で植えるだけ植えてみて、様子を見ることにする。
5月27日 枯れまくる
地中海原産でアメリカ生まれのアーティチョークは、埼玉のやたらと硬い土がお気に召さなかったのか、すぐに双葉が黄色くなり、いくつかは本葉も枯れてしまった。
これまで何度も経験のある、記事にならない完全にダメなパターンだなと早くも諦める。そういうことが結構あるんだよ。
7月5日 3株が生き残った
まあダメだろうなと思ったが、意外にも夏を迎えてもどうにか3株が生き残ってくれた。私としては珍しい良い方向での予想外だ。
アザミの仲間なので上に高く伸びるものかと思いきや、意外と地面からすぐの場所で葉っぱを大きく広げている。
間隔を開けて植えろと書かれていた理由がよくわかったが、今更どうにもならないので、このまま育ってもらうしかない。日本は土地が狭いのだ。
11月9日 そして冬を迎えた
夏の間にぐんぐん成長するかと思いきや、昨今の暑すぎる気候にぐったりしっぱなしで、育つどころか縮んでしまい、残りはとうとう2株だけに。
それでもどうにか夏を乗り越えて、なんとか冬を迎えてくれた。
これは事前にわかっていたことだが、1年目ではやはりアーティチョークは実らなかった。
2月15日 冬でも育つらしい
多年草とはいえ、真冬はさすがに地上部が枯れるだろうなと思ったが、これが葉っぱを縮こまらせつつも、寒さに耐えて緑のまま。
しかも明かに大きくモサモサになっている。どうやら暑さよりは寒さに強い植物のようだ。
4/28 一気に巨大化したらつぼみができた
種を植えてから丸一年が経過。春になって気温が上がるにつれて、これまでのスローペースはなんだったんだという育ちの良さで、隣に植えられたタマネギに覆いかぶさってきた。
アーティチョークは2株あるはずなのだが、小さいほうが大きなほうの下に隠れてしまい、吸収合併のような形になってしまった。
まさかここまで横に広がるとは。間隔は1.5メートルくらい空けないとダメだったようである。
この畑の管理をしつつ、「また変なものを育てているな」と見守っていた母親が、「つぼみができているよ」と教えてくれた。
おかしいな、まだ薹(とう)が伸びていないのに。時期的にもつぼみは6月くらいのはずではと首をひねりつつ教えてもらった場所をのぞき込むと、確かに奥の奥にちょこんとつぼみができていた。まさしくアーティーチョークである。
すごい、本当にアーティチョークになった。軸がニョキッと伸びて、その先につぼみができるイメージだったけど、ちょっと冬が寒すぎたのか、根元からいきなりアーティチョーク。
確認できたつぼみは全部で3つ。アーティチョークの適切な収穫時期がまったくわからないのだが、硬くなったら悔しいので、まだ早いかなと思いつつも大きいやつを摘んでみた。
アーティチョークを食べてみる
収穫したアーティチョークを持ち帰り、新鮮なうちに料理をする。
とりあえず半分に切ってみると、「花托(花床)と総苞片の下部の肉」と思われる部分はまだ薄く、やっぱり早く収穫しすぎた感じだった。
これがスイカだったら大失敗だが、アーティチョークならサイズごとに良さがあるはずだ。これはお惣菜として売られていたくらいの大きさなので、丸ごと食べられるはずだと前向きに捉えよう。
とりあえず15分ほど茹でて食べてみたところ、このサイズでもしっかり固かった。どこまで食べられるのかに悩みつつ、ギリギリを攻めながら硬い部分を残す必要がある。日本人は野菜をなんでもシャキッと仕上げたがるけれど、もっと長時間茹でるのが正解なのだろうか。
なかなか面倒臭い食べ物だけど、その味は甘味とコクとほろ苦さがあり、ソラマメやタラノメやアスパラガスのようで好みの味。新鮮だからこその香りが嬉しい。
残りの半分はオリーブオイルでソテーして、イタリア土産に買ってきたけど使う機会のまったくないバルサミコ酢でいただく。
香ばしさが加わって大変うまいのだが、おいしく食べられるのは中心のドングリ一個分くらいの範囲だった。実に難しい野菜である。
残りの2つもいただいた
畑に残しておいたアーティチョークも適当なタイミングで収穫し、今度は30分ほどしっかりと茹でて、食べられる範囲を増やして、サンドイッチの具でいただいたのだが、食べれば食べる程この味が好きになっていく自分がいる。
なんで食にこだわりのあるヨーロッパの方々が、わざわざ可食部分の少ないアザミのつぼみを育てているのか謎だったが、単純にこの味が愛おしいからなのだろう。
アーティチョークは大変おいしいけれど、それにしても効率が悪い野菜だ。たたみ2畳分のスペースを一年以上占領して、実ったのはたったの3つ。しかも可食部分はほんの僅か。植えたのがジャガイモだったら一週間は食べ続けられるのに。まさに貴族の食べ物である。
同じ種でもイタリアやアメリカの気候で育てたらまた違うのだろうけれど、埼玉の畑で素人が育てるのは、やっぱり難しいようである。一度植えれば4年くらい収穫できる多年草らしいので、来年はもう少し採れるといいのだが。人生で一度くらい、飽きる程食べてみたいものである。
といったしょんぼり気味の感想は、私の早とちりだった。

