皮のない柚子をもらった
お世話になっている神戸の書店が、東京で出張イベントをやるというので訪ねたところ、その会場のオーナーがイベントとは関係なく、カウンターの中で延々とまだ青い柑橘類の皮を包丁で薄く剥いていた。
「これは柚子胡椒の仕込み。無農薬の柚子を送ってもらって毎年作っているの。去年のがまだあるから、ちょっと食べてみる?」
柚子胡椒とは柚子の皮と唐辛子と塩を混ぜて熟成させたものだ。味噌の試食コーナーのように渡された爪楊枝の先には、ちょっと黄色っぽい柚子胡椒がついていた。今剥いているような青柚子ではなく、黄色く熟した柚子で作ったもだろうか。
一年間寝かせた自家製柚子胡椒は、唐辛子の辛さが控えめで、爽やかでまろやかな刺激が上品に広がった。これだけで酒が飲めるというやつだ。買えるものなら買って帰りたいくらい。
「この柚子胡椒はあげられないんだけど、よかったらこっちを持って帰って」
帰り際に渡されたのは、皮を剥かれた青柚子の残りだった。柚子胡椒に使うのは皮の部分だけなので、どうしても中身が余ってしまうらしい。もうすぐ黄色くなった柚子も届くそうで、お店で使うにしても多すぎるとのこと。
「これだけあればポン酢が作り放題じゃないですか!」と喜んでいたら、「でも種が多くて絞ると意外と少ないから」と、もう一袋もらった。
両手にずっしり。田舎暮らしをしている人が、近所の農家からもらう量である。
青柚子を絞る
帰りの電車の中、膝の上に抱えた重くなった鞄から、青柚子の香りがほんのりと漂っていて、なんだか誇らしかった。これでポン酢をたっぷりと作ろう。ところでポン酢のポンってなんだっけ。
気になったのでスマホで調べてみると、かんきつ類を表すオランダ語のポンス(pons)が由来だとミツカンのサイト(こちら)に書いてあった。
じゃあポンジュースもそうなのかと確認すると、日本一(ニッポンイチ)のジュースになるようにという願いを込めて名付けられたのだとか(こちら)。
ついでに確認したポンデリングのポンはポルトガル語でパンだった。世の中にはいろいろなポンがある。
いただいた青柚子は全部で3.8キロもあったが、包丁で切ってみると、確かに種がたくさん入っていた。バファリンにおけるやさしさ(胃の負担を減らす成分らしい)くらい種が多い。
ここからどれほどの果汁が得られるのだろうかと心配しつつ、握力がなくなるほど絞り続けたところ、総重量の約1/5、800グラムになった。
たったこれだけかと思ったが、こんなにポン酢を使うだろうかとも思う。
ポン酢を仕込む
さて本来のポン酢は柑橘の果汁に酢を合わせたもので、そこに醤油や出汁と甘みを加えたものがポン酢醤油。ミツカンの商品名で言うところの『ぽん酢』と『味ぽん』の関係だ。
知識としては知っていても、実際は後者をポン酢と呼ぶことが多いのではないだろうか。「鍋をやるからポン酢買ってきて」と言われて、醤油の入っていないほうを「これが本当のポン酢だから」と買っていったら「面倒臭い人」と思われそうである。
ということで、今回作るのはポン酢醤油のほうだ。柚子果汁800:醤油800:味醂100の割合で混ぜて、昆布と鰹節をたっぷりと入れる。この配合だとかなり甘さ控えめになりそうだが、せっかく手作りするなら個性的に仕上げたい。
これを冷蔵庫で寝かせて出汁の成分を移す。ポン酢醤油は仕込んですぐには食べられないのだ。
大量に残された種は、醤油につけてみることにした。
種に含まれるペクチンの力で、ドロッとした醤油ジュレになるのだとか。
フレッシュな自家製ポン酢醤油がうまい
ポン酢醤油を仕込んで20日後、そろそろいいかなと濾して鰹節と昆布を取り除き、空き容器に移す。
ちょうど使い終わった市販のぽん酢醤油の容器を使ったら、使いやすいけど手作り感のない姿になった。なんだかありがたみが薄い。蓋が黄色いから醤油やめんつゆと間違えなくていいんだけど。
小皿に出して舐めてみると、これがしっかりと酸っぱい。醤油の塩味より柚子の酸味が圧倒的に立った味で、口に入れた瞬間から後味までずっとキリっとしている。どこまでも硬派だ。
それなりに出汁が入っているおかげで、「柑橘果汁と醤油を合わせたもの」から一段階深い味にまとまっている。もっと多くてもよかったか。
甘味はほぼ感じないけれど、必要なら後で足せばいい。これはかなり良いものができたのでは。
これをさらに数カ月寝かせてようやく完成となるのだが、せっかくだからこのフレッシュな味も楽しんでおこう。一年以内に使い切りたいし。
酸味の立った作りたてのポン酢醤油を焼肉と合わせてみたところ、脂多めの肉をすっきりと食べさせてくれた。

