ネバー・ボトムス・アップ
今回は思わぬ副産物を得たが、まだまだ自家製オルタナティブトゥビアを諦めることはできない。
オレンジをグレープフルーツにしたらよりドライさが際立つのでは?とか、麦茶から甘さを抜くためにちょっと煎ってみようかな、とか。ビールへの執着心は様々なアイデアをもたらす。
もし、ある日突然この世界からビールが消えたなら。あなたは代わりに何を飲むだろうか?
オルタナティブドリンクは壮大な可能性を秘めている。
アルコールの代替品という意味の、「オルタナティブドリンク」という文化があるらしい。自分が好きな酒のオルタナティブドリンクが作れたら、ヘルシーに楽しく酒欲が満たせるのではないか。そんな願望から、全力でビールの代替品を考えてみた。
秋に飲むビールはうまい。
夏のビールももちろん美味かったが、涼しくなってきた秋空の下でゆっくり楽しむ心地良さには替えられない。
私が俳人だったらビールを秋の季語にしていただろう。
散歩に出かけようとしたとある休日、夫がこんなことを呟いた。
「甘くなくて苦くていい香りでシュワシュワの飲み物が飲みたい…」
つまりビールでしょ。
と言いかけたところで、ふと疑問が頭をよぎった。
果たして、「甘くなくて苦くていい香りでシュワシュワの飲み物」=ビール 一択なのだろうか?
もし「甘くなくて苦くていい香りでシュワシュワの何らか」を生成することができたら。しかもそれがノンアルコールだったらどうだろう。
市販のノンアルコールビールを飲むという手もあるが、缶の見た目がほぼビールなのがネックだ。あれを仕事中に堂々と飲むわけにはいかない。
だが、タンブラーなどで持ち込んだ自作ドリンクであれば、「オシャレで飲んでますけど?」みたいな顔で場所を選ばずにビール欲が満たせる。
「会社でビール」の文字を星座の如く脳内にキラめかせながら、私は意気揚々とスーパーへ向かった。
調べたところ、「アルコールの代替になる飲み物」のことを「オルタナティブトゥアルコール」や、「オルタナティブドリンク」と呼ぶらしい。
イギリスなど欧米諸国を中心に、健康志向な人々の間で人気が高まっていて、ノンアルコールのカクテル=モクテルについては日々研究に明け暮れるバーテンダーや料理人も少なくないそうだ。
お酒の代わりに○○を飲んでいます、と紹介するインスタグラマーのフィードや個人のブログを読むと、皆それぞれに好きな飲み物を開発したり、時には歴史上の飲み物を再現したりしている。
こうなったら負けていられない。
こちとらTPOを問わずにビールみたいなものが飲みたいのだ。
「ビール代わりに何を飲むか」を考えるために、「自分は何をもってビールを認識しているか?」という哲学的な(?) 自問自答をしてみた。
結果。私が考える、ビールの構成要素はこれだ。
ビールに対する巨大な感情を抱いたまま図を作ったら黒魔術みたいになってしまった。どうか怖がらないでほしい。
今回「オルタナティブトゥビア(ビールの代替ドリンク)」を作成する際に、重要視するポイントは図に示した5つ。
シュワシュワしている / 爽やかな苦味 / 穀物を思わせる香ばしさ / ドライな辛口 / ほんのりとした甘さ、豊潤さ
これらの要素を持ったノンアルコールの原液を作成し、最後にブレンドすることにした。
余さず使い切るために、それぞれの原液はアレンジして別ドリンクとして飲む方法も考えていきたい。
気の抜けたビールほど人を落ち着かない気持ちにさせるものはない。炭酸水は必須材料だが、ここでもう一要素、仕込みをしておく。
ビールの苦味を司る、ホップを購入した。
ハーブティーのブレンド用として市販されていて、100gで2,000円ほど。Amazonで手に入らないものはもうこの世にないのだろうか。
調べたところ、人間に感じられる苦味は何種類もあるらしく、どうやらホップ特有の苦味をホップ以外で再現するのは難しそうだった。あやうく罪なきゴーヤを実験台にするところだった。
炭酸水にホップを浸漬させ、香りを移す。これを専門用語で「インフュージョン」というそうだ。
正直これだけでもかなりビールっぽい雰囲気になり、フレーヴァードウォーターとしてかなりイケる。
(後の実験で分かったことだが、ホップを漬けるとなぜかすごい勢いで炭酸が抜け始める。シュワシュワ感を長く保持したい場合は、濃いめに煮出して冷やしたホップ茶を炭酸水で割ると良い。)
ビール以外で「ドライな辛口」の飲み物を想像して、ジンジャーエールを思いついた。
市販品では甘さが強すぎるため、無糖で自作する。
通常自家製ジンジャーエールは砂糖などを使って浸透圧でエキスを出すが、今回は擦り下ろして汁を出し切る。
このままでは「生姜汁炭酸割り」で風邪に効きそうな何かになってしまうので、カルダモンやアニスなどのスパイスをほんの少し入れてみた。
おろし生姜:水=1:1 で火にくべて、沸騰したら弱火で5分ほど煮る。
炭酸で割ってレモンを絞ってみた。ものすごいドライ!
ほんのりスパイスの香りが漂い、カレーを思わせる。「カレーは飲み物」の新解釈として推していきたい。
蜂蜜を加えたら、ちょっと新感覚の美味しい飲み物になった。
麦茶。
炭酸水で割ったらビールっぽくなるのでは、なんて、誰でも思いつきそうなことだ。
濃縮タイプの麦茶を買って作ってみた。
これは……
信じられないほどにビールから遠い。ビールの親戚くらいの味になるかと期待していたのに、ただただそこにある「コレジャナイ感」。
有力な手札だと思っていただけに残念だ。せっかくだから、アレンジしてティーソーダにしてみることにした。
お好みのフルーツジュースを用意する。
濃縮麦茶:フルーツジュース=1:1程度で混ぜ、炭酸水で割る。
微炭酸が心地いいリラックス系の飲み物になった。
ちなみにこの後マンゴジュース、パイナップルジュースで試しても美味しかったし、濃縮麦茶を購入した際、隣に濃縮烏龍茶、緑茶などが市販されているのも見かけた。
好きなお茶とフルーツジュース、炭酸の組み合わせは無限の可能性を秘めている。
外でちょっといい酒を飲む際、キメ顔で芳醇ですねなどと言っているが、正直「芳醇さ」がなんなのか説明できない。なんとなく「フルーティーさ」と同じ引き出しに入っている。
ベルギーの白ビールにはオレンジピールが使われていると聞き、それで香りを出すことにした。
オレンジの皮を、食品にも使える中性洗剤とタワシで丁寧に洗い、細長く刻む。今回はマンダリンオレンジを使用した。白いふわふわ部分が少なくて楽である。
3回茹でこぼし、水を切った皮の重量と同じ重さの砂糖を加え、かぶるくらいの水を注いで煮る。
沸騰したら剥き身を絞ったジュースを加え、弱火で煮込むこと10分。
このままだと普通のオレンジピールのシロップ漬けができてしまうため、先ほどのドライホップを投入。
さらに10分煮たら火を止め、放置して粗熱を取る。煮沸消毒した瓶につめたら完成だ。
試しにこれだけ炭酸水で割ってみたところ、かなり美味しいノンアルコールカクテルが完成した。
オレンジの甘さと苦味があいまって、さながらノンアルコールのコアントローソーダだ。
夏の昼下がりに飲みたい。
五要素が全て出揃った。
これらを全てブレンドして、「ビールらしき何か」を錬成する。
完成した。
会社でも堂々と飲めるオルタナティブトゥビア、第一号である。
こ、これは……
要素は確かにビールなのだが、味に輪郭がない。というか、全てにおいて掴み所がなく、例えるならば「夢の中で飲んだビール」だ。
麦茶の個性が強く、あの甘く香ばしい香りに引っ張られてしまう。
ホップを浸漬した炭酸水もやや気が抜けており、ビール特有の強い刺激がない。
それぞれの原液はおいしいのに、なぜこんなに漠然とした味になってしまうのだろうか。整数の足し算をしたはずなのに答えがゼロになってしまったような気持ちだ。たかしくんは八百屋に行ってトマトを3個、玉ねぎを2個、ピーマンを1個買いました。たかしくんが買った野菜は全部でいくつでしょうか……ゼロ!?禅問答なのだろうか?
一口飲んでは首をひねり、もう一口飲んでは頭をかかえる。
やはり、要素だけでビールを構築することは不可能なのだろうか。
落ち込んでいたところに夫がやってきて、一号を一口飲んでこう言った。
「これ、麦茶ベースじゃなくていいんじゃない?コーヒー使ったら黒ビールみたいにならないかな」
夫はたまになんて良いことを言うのだろう。私は再度スーパーへ走った。
水や牛乳で割るタイプのコーヒーポーション。
本当はエスプレッソを使用したかったが我が家には設備がないため、「まあ濃いコーヒーだし同じっしょ〜」などと軽率な発言をしながら買ってきた。
いわゆる「黒ビール」は焙煎した麦を使用しているため、まるでコーヒーのような色と香りを持つ。
実験の続きとして、このコーヒーポーションを使用してオルタナティブトゥ黒ビールができないか試してみよう。
レシピはさっきよりも単純だ。
コーヒーポーション1個をグラスに注ぎ、濃いめに煮出して冷やしたホップ茶を加え、炭酸で割る。
開けたての炭酸は活きがいい。
こ、これは……!
限りなくラガータイプの黒ビールに近い。それに美味しい!
コーヒーの苦さがホップのそれとあいまって、ビールらしい後味を演出している。
飲んだ後にふわっと香るホップが、まさにビールを飲んだ気分にさせてくれる。オレンジホップシロップを足したらジューシーさが増してリッチな味になった。
調べてみたところ、コーヒーソーダ(エスプレッソソーダ)はコーヒー好きの方やバリスタさん達の間でも夏の飲み物として親しまれており、オシャレなサードウェーブ系カフェなどでじわじわ流行しているらしい。
これならば、ビールの代替品として日常に取り入れることができるのではないだろうか。
今回は思わぬ副産物を得たが、まだまだ自家製オルタナティブトゥビアを諦めることはできない。
オレンジをグレープフルーツにしたらよりドライさが際立つのでは?とか、麦茶から甘さを抜くためにちょっと煎ってみようかな、とか。ビールへの執着心は様々なアイデアをもたらす。
もし、ある日突然この世界からビールが消えたなら。あなたは代わりに何を飲むだろうか?
オルタナティブドリンクは壮大な可能性を秘めている。
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