南京ダックを食べにいこう
南京には上海から新幹線を利用して2時間足らずで行くことができる。時間的には東京から名古屋くらいだ。今回南京を訪れる主な目的が「南京ダックを食べる」なので、東京からひつまぶしを食べるために名古屋に行くようなものである。そう考えると一気にセレブな気分になる。
片道約2,500円。日本の新幹線だと東京から小田原にもいけない。
新幹線の中は日本とほとんど変わらない。ちなみに社内アナウンスのチャイムが東武線で使われている発車メロディと同じものだった。
無事、南京駅に到着し、地下鉄を乗り継ぎ「苜蓿園」という駅で降りる。ちなみに苜蓿とは「ウマゴヤシ」と読む植物の名前だが、四つ葉のクローバーでお馴染みのシロツメクサの俗称としても使われている。漢字のイカツさからは想像のつかないメルヘンチックな駅名だ。
やってきたのは鐘山風景区!
ここ鐘山風景区は、「中国革命の父」と呼ばれる孫文の陵墓である中山陵や明王朝の始祖、洪武帝の陵墓である明孝陵などがある地区で、南京を代表する観光スポットである。明孝陵は世界遺産にも指定されおり、いわば巨大なお墓のテーマパークといったところだ。
そんな観光スポットを横目に向かったのがこちらのお店。
中華料理屋でしかない店構え。正真正銘の中華料理屋なので間違いはないのだが「いかにも」すぎて戸惑う。
鐘山風景区の中にある「金陵鴨血粉絲湯」というレストランだ。思わず「横浜の中華街にありそうな店だな」と思ってしまったが、こちらが本場であり、本物である。モノマネ芸人を見た後にご本人を見ると「薄いな」と思ってしまうアレが起きている。
朝10時ということもあり店内に他にお客さんはおらず、店員のおばちゃん2人がお客さん用の席に座って大声で喋っていた。開店しているのか不安になりつつも、身振り手振りで食べられるかどうか確認すると、メニューを出してくれた。どうやら営業中らしい。
写真付きで分かりやすいメニュー。さすが観光地だ。
さっそく今回のお目当てである「南京ダック」を注文しよう。料理名は「金陵塩水鴨」。南京ダックという名称で売られているわけではないのだが、「金陵」は南京の古い呼び名であり、鴨はアヒルのことなので、つまりは「南京ダック」である。他の料理に比べるとお高めだが、日本円にすると450円くらいなので気兼ねなく食べられる。
これが南京ダックだ!
やたらと小籠包も勧めてくるので一緒に注文し、しばらく待っていると早速料理が運ばれてきた。
頼んでいない豆乳みたいなものがついてきたがサービスだろうか。
北京ダックを想像しているとそのギャップに驚く。
「白い!」というのが純粋な第一印象だ。北京ダックはパリパリに焼かれて日焼けした焦げ茶色が印象的だが、それとは対象的に南京ダックはアヒルの地肌の色がそのまま残っている。勝手にライバルかと思っていたが、全く別な料理なのか。
料理名に「金陵塩水鴨」とあるように、味付けはシンプルな塩味で見た目にも質素な料理だが、その分アヒル本来の旨味が感じられて、とても美味しい。鶏好きな私としては、北京ダックよりも断然南京ダック派である。
この部分に旨味が詰まっている。
さらに、骨ごと調理されているため、軟骨や髄の部分も楽しむことができる。人によって好き嫌いはあるだろうが、ケンタッキーでいつまでも骨をしゃぶっている私のような人間にはぜひお薦めしたい一品だ。南京ダックは文字通り「骨の髄まで」楽しめる料理だった。
幸せな気持ちでお会計をしたらサービスかと思っていた豆乳らしきもの(豆ジャン)もきっちりお金を取られた。頼んでないのに。
北京ダックよりも歴史の古い南京ダック
そもそも南京ダックと北京ダックは何かしらの関係があるのだろうか。
せっかくなので北京ダックも食べた。南京ダックの聖地で堂々と北京ダックを売る度胸のある店だ。
調べてみると、南京の辺りでは古くからアヒルの飼育が盛んに行われており、アヒル料理もよく食べられていたという。一方、冬場はマイナス20~30度にも達して池が凍ってしまう北京ではアヒルの飼育は行われておらず、アヒルを食べる習慣もなかった。しかし、1421年に明の皇帝が首都を南京から北京へ遷したことで、南京の食文化が北京の宮廷へともたらされることになり、アヒル料理もその時に初めて北京へと伝わったそうだ。
日本でもお馴染みの北京ダックセット。完全にみんなでワイワイしながら食べる量だ。はなからパーティメニューじゃないか。
ただ、前述の通り冬場の寒さが厳しい北京では通常のアヒルの飼育が難しかった。そこでトウモロコシや麦といったハイカロリーな餌を口に無理やり詰め込むというかなり乱暴な方法で育てられることになり、結果的に丸々太った脂肪の多い“食べるためのアヒル”が造り出されたのだ。皇帝のアヒル料理に対する情熱、恐るべしである。
そして、そのアヒルが北方遊牧民の食文化である「炙り焼き」で調理され、さらに宮廷料理であるが故に食材の中で最も美味しい部分のみが皇帝に捧げられることになり、贅沢にパリパリの皮だけを食べる北京ダックが生まれたのだ。
甘辛いタレと薬味、パリパリの皮が絶妙なバランスだ。このハーモニーは北京ダックでしか味わえないし、何より食べていて楽しい。
もちろん現在は宮廷料理ではなく一般市民に食べられている料理なので、北京市内のレストランでは皮だけでなく肉の一部がついた状態のものや、肉や骨を使ったスープなども一緒に提供する店が多いようだ。日本でよく食べられている北京ダックは宮廷料理時代の形式がそのまま残っているため、皮だけを食べる食べ方で、お値段もそこそこな高級料理として提供されることが多いのだろう。
思わず自撮りする楽しさ。北京ダックが華やかなだけに南京ダックの地味さが悲しみを誘う。
歴史を紐解いてみると、南京ダックは北京ダックのルーツとなった由緒正しい料理であることが分かった。それに対して、南方生まれのアヒル料理を北方の調理法でアレンジし、一番美味しい部分である皮だけを食べる北京ダックはとてもエリートな料理だ。
きっと都が北京に移らず南京のままであれば、「南京ダック」として有名になっていただろう。アヒル料理で有名なのは南京なのだからそっちの方が自然な流れのはずだ。つまり首都を北京に譲ると同時に「ダック」の座も北京へと明け渡してしまったのである。エリートである北京ダックが世界で活躍するなか、無骨に地元で頑張る南京ダックを誰が応援せずにいられるだろうか。
塩があればタレもある
もう1軒、別なお店でも南京ダックを食べてみよう。
大きなビルの上階に入っている店だ。日本でもお馴染みのデパートのレストラン街。
うっかりお店の外観を撮り忘れてしまったが、「南京大排档」というレストランだ。南京に何店舗もあるチェーン店で南京料理が手軽に食べられる。日本で言えば和民や大戸屋のような使いやすさなのだろう、現地の人たちもたくさん来店していた。
「金陵烤鴨」と書くメニューが「南京ダック」にあたる
こちらの南京ダックは先ほどの店とは違い、タレで味付けがしてあるようだ。さっそくオーダーしてみよう。
ハーフを注文したので約450円。価格は先ほどの店と一緒
塩ではなくタレで味付けされているものの、調理法としては先ほどの南京ダックと同じものである。焼き鳥も然り、人は鶏肉を前にすると塩とタレで味付けしたくなるものらしい。
タレは甘辛く、北京ダックのタレと似たような味付けで、「北京ダック味の南京ダック」というややこしいことになっていた。北京ダックと南京ダックを一度で楽しめるお得な一品と言えるかもしれない。さっぱりした料理が好きな私は塩味のほうが好きだが、これは完全に好みだろう。塩派でもタレ派でも、同じ南京ダック派として仲良くやっていきたい。
もちろん南京ダックの醍醐味である「骨の髄」まで味わえる
味付けを変えたところで、やはり見た目は地味である。しかし南京ダックが北京ダックのルーツであり、つまりある意味では南京ダックこそが正統派ダックだと知った今、むしろこの地味さにダックとしての本懐を感じざるを得ない。奇をてらうことなく、真面目にダックに向き合った姿がそこにはある。
塩とタレ、見た目は違えども、どちらの南京ダックもアヒルの旨味を充分に堪能することができた。
というわけで、日本ではほとんど存在を知られていない南京ダックが南京にはあった。
日本人として、海外でへんてこな寿司がジャパニーズトラディショナルフードとして認識されていたら、正しい寿司を教えてあげたくなる。きっと南京の人たちも「本来ダックといえば南京ダックなの!」と訴えたいはずだ。私は南京に何のゆかりもないが、これからも勝手に南京ダックの普及に努めていきたい。
南京といわれてすぐに思いつくものといえば、南京錠や南京豆など、名前に南京と入っているものの別に南京には縁もゆかりもないものばかりだ(これらの「南京」という言葉は「外来の」「エキゾチックな」という意味の接頭語として使われている)。
「南京といえば南京ダック」をモットーに、知られざる南京ダックの存在を伝えていきたい。まずは南京の話題が10年に1回くらいしかでないという問題を解決するために、南京玉すだれを始めてみようかな。
ちなみに南京の地下鉄は切符がカジノのチップみたいでちょっとワクワクした。