プラスチック射出成型が熱い
僕は技術的な事を調べたり、そのための機械を集めたりする事が好きだ。
身の回りに溢れるプラスチック製品は、ほとんどが「プラスチック射出成型」という方法で作られる。聞きなれない言葉に身構えるかも知れないが、要するに熱して溶かしたプラスチックを、作りたい形の「型」に流し込む(押し込む)のだ。
身近なもので例えると「たい焼き」をイメージして欲しい。鯛の形の鉄板に生地を流し込んで形を作っているはずだ。
プラスチック溶かして型に流し込む機械「プラスチック射出成型機」は、企業向けの大型で高額な物ばかりだったが、アメリカのベンチャー企業がクラウドファンディング(ネット上で賛同者を募って資金を調達する仕組み)で個人向けに小型で廉価なものを登場させた。
廉価とは言っても企業向けのものよりは廉価というだけで、値段は1台1,500ドル(約17万円)もする。散々迷ったが個人輸入する事にした。
しかし、そのベンチャー企業はアメリカ国外への配送はしてくれなかったので、アメリカの荷物を転送してくれるサービスを使用し、約2週間かけて手元に届いた。
これがプラスチック射出成型機である。
個人輸入は初めてだったので心配だったが、特に問題なく届いて安心した。
ちなみにこのプラスチック射出成型機は、写真で見るより実際は大きい印象で、これだけでエアコンの室外機くらいのスペースを占有してしまう。日本の住宅事情には合わない、アメリカンサイズだ。
そして、これだけでは使うことが出来ない。プラスチック射出成型には流し込むための金型」が必要だ。
金型とは、作りたい形に加工された金属の「型」の事で、先程のたい焼きの例で言うと「鉄板」にあたる。
金型を作る
という訳で、金型を作らなければならないが、問題は何の形を作るかだ。プラスチックを「手作り」するので、手(の形)にしようと思う。この時点で若干スベっている気もするが他に良いアイデアも無いので気にせず進める。
手の形はパソコン上で3D CADというソフトを使って、形状のデータを作っていく。3D CADとは、実物を設計するための3Dソフトだ。
手の形はそれほど難しくない。横にある「├」の形はプラスチックの通り道だ。
データが出来たら次に、普段は僕の机の横に鎮座しているCNCフライス盤という機械を使う。
CNCフライス盤について簡単に説明すると、3Dプリンタの逆の機械だ。3Dプリンタは材料を積み重ねて形を作るのに対し、CNCフライス盤は材料を削り出して形を作る。
なぜこんな物を持っているかと言うと、3年くらい前に手作業では難しい精密な部品を削り出すために購入した。それを今回は金型を削るために使う。
このジュラルミンという金属を削る。
身代金を運ぶ時に使うジュラルミンケースの、あのジュラルミンだ。ジュラルミンは金属の中では比較的削りやすい。
ジュラルミンをCNCフライス盤にセット。
先ほど3Dソフトで作った「手」のデータを読み込ませると、高速回転する刃が自動的に削ってくれる。プラスチックを手作りすると言ったが、ここまでは手作り感は皆無である。
5時間ほどで金型が出来上がった。
合わせるとインカの石積みの様にピッタリと噛み合った。
金型には圧力がかかるので、クランプという金具で固定している。
プラスチック射出成型をする
準備は全て整ったので、プラスチック射出成型機を使って、プラスチックの「手」を手作りしようと思う。
僕の部屋だと狭いので、商店街にある店舗兼イベントスペースの軒先を借りた。
広くて作業はしやすいものの、店内のエアコンがここまでは届かず、凄まじく暑い。
流し込むプラスチックの材料は、この様な粒状のプラスチック(ペレット)を使う。
しかし、この様な材料のペレットを国内で入手することが非常に困難だった。
というのも、この様なプラスチック射出成型は、企業レベルで行っているところがほとんどで、個人レベルでやっている人は、ほとんどいない。
そのためペレットのメーカーに問合せたら、購入単位がトンだった。もちろんそんなに必要ない。
困っていたところ見つけたのが、この手芸用のペレット。
これは手芸用の、ぬいぐるみの中に入れたり、お手玉の中に入れたりする用途で売られていたものだが、粒状になっているし材質はポリプロピレン100%との事なので、プラスチック射出成型にも使えるのではないかと思う。
ポリプロピレンとはプラスチックの一種で、ペットボトルのキャップなどにも使用されるものだ。安全性も高く、プラスチック射出成型でも扱いやすい。
材料のペレットを入れる
上が実際の温度、下が設定温度である。一度熱くなり過ぎた後にちょうど良くなる。
材料を入れたら機械の温度は420度にセットした。420度と聞くと驚いてしまいそうな高温だが、これはアメリカ製の機械なので華氏温度だ。
摂氏だと216度くらい。それでも温度は十分高いので、やけどには注意が必要だ。
さらに金型もホットプレートで温めておく。
金型を温めないと、押し込んだプラスチックが内部で急速に冷えてしまい、まんべんなく充填する前に固まってしまうらしい。プラスチック射出成型機と一緒に届いた取扱説明書にそう書いてあったが、全て英語で書かれていたので正しく理解できているかは少々怪しい。工場などで行う大規模なプラスチック射出成型でも金型は予め温めているそうだ。
ただでさえ暑いのにプラスチック射出成型機とホットプレートの熱で本当に暑い。呼吸が浅くなるくらい暑い。
金型が温まったら機械にセットする。
グッとレバーに体重をかけてプラスチックを流し込む。
溶けたプラスチックが金型内の空洞を満たすとレバーに手応えがあるので、少し間を置いて持ち上げる。
金型を締めていた金具を外す。
金型を開いてみると、出来たての「手」が完成していた。触ると熱い。もっと難しいと思っていたが意外と簡単に出来てしまって拍子抜けだ。
型から抜いた。
近所の子供達にもプラスチック射出成型を紹介する
ちなみに、これらの作業をしていると
こんな人だかりが出来ていた。
店の軒先で何の説明も無く作業をしていただけだったが、いつのまにか周囲に人が集まって見学していた。この日はたまたま商店街の夏祭りの日だったため、祭りのパフォーマンスだと思われたのかもしれない。なんだか気恥ずかしいので「気にしてませんよ」という風を装い作業している。
集まった人たちは、何か変な事をやっているので遠巻きに見るが、意味がよく分からないのですぐに立ち去っていく。動物園であまり人気がない動物を見る時のあの感じだ。
何をやっているのか質問される
「プラスチックの手作りで、手を作っているんです」と説明すると、一瞬の間があったが「面白い」と言ってもらえた。
子供達も興味を示してくれた。
「手作りだから手を作る」という若干スベった主旨にも子供は何の疑問も持たないので、とても助かる。
せっかくなので、レバーを押すところを手伝ってもらう事にした。他の作業は熱いので危ない。
子供達は「たこ焼きのにおいがする」と言っていた。
個人的にたこ焼きの匂いはしないが、電熱器が発熱した時の匂いが、たこ焼き器が発熱する時の匂いに似ているのかもしれない。
浴衣を着て祭りに来たら、なぜかプラスチック射出成型を手伝う事になった子供達
手伝ってもらって出来た「手」は持って帰ってもらう事にした。
プラスチック射出成型なら、短時間でたくさん作る事ができるので、持って帰ってもらっても大丈夫だ。
プラスチックの手作りは、なぜか凄く人気だった。商店街の夏祭りを盛り上げる事に一役買ったと思う。
意図せず子供達にプラスチック製品の作り方について啓蒙してしまった。これを機会にものづくりにも興味をもって欲しい。
しかし、子供達はあんなもの持って帰ってどうするんだろう…。