気がつけば虫の季節まっさかり
実は、できあがったバッタに色を塗ろうかどうか最後まで悩んだ。結局、スケルトンの美しさに負けてそのままにしたわけだが、ビジュアル的には「ショウリョウバッタの抜け殻の醤油入れ」の方が近いかもしれない。
「もうすぐ夏だから虫の企画がいいな」という軽い気持ちで企画をスタートして一月がたち、今はまさに虫の最盛期だ。戸外で虫を見てつぎの構想をねろう。ゆくゆくはシリーズ化したい。
バッタの季節がやってきた。
私は虫が好きな子供だったため、かつてはよくバッタを捕まえて遊んだものだ。とはいえバッタがとくに好きだったわけでもなく、
「カブトやクワガタは近所にいない。セミは採っても飼えない。バッタでも採るか」
と消去法で獲物にしていたわけである。バッタにすればいい迷惑だろう。
彼らは捕まると口から黒っぽい汁を出す。ささやかな抵抗である。工作に落とし込めれば、無駄にバッタを捕まえた経験を有効活用できるんじゃなかろうか。作るのは、黒い液体つながりで醤油入れがいい。
※この記事は2020年7月の連載をまとめたものです
まずは「バッタが吐く黒っぽい汁」でピンとこない人のために現物を紹介しよう。
天気は激しい雨続きだが、晴れ間をみつけてバッタの好物のイネ科の植物が茂る河原にやってきた。
なんとか水没していない場所を見つけて観察をはじめた。
工作のモデルにするバッタは、ショウリョウバッタ。刀傷のようなシュッとした姿がかっこよくて、バッタのなかでは一番のお気に入りだ。
ショウリョウバッタは梅雨の頃に地中の卵から生まれ、秋になると産卵して死んでしまう。
今いるのは生まれたての子供なんである。
今年の春から夏にかけて、暇なときは河原で食べられる草を採って生活の足しにしていた。バッタとは、いわば同じ河原の草を食った仲なのである。
気分がのらないのかもしれないが、兄弟を助けるつもりで頑張っていただけないだろうか......。
指先でバッタをいじめて3分ほどたっただろうか、ようやく思いが通じたのか口元からじわっと茶色い球が湧いてきた。
ひとしきり協力に感謝したあと、野にお帰りいただくことに。恩人である。秋まで生きのびてもらえればと思う。
本物を見てイメージがわいたところでさっそく製作に取りかかろう。
さて、醤油入れといえば弁当についているあの魚の形の容器をまっ先に思い浮かべる人も多いだろう。私もそうだ。
が、ちゃんと調べてみるとこれをそのままバッタの形にして自作するのはなかなか難しいということがわかった。
ポリエチレン容器の加工には専用の成型器が必要で、とてもじゃないが人間の手指で代用できるものではないらしい。あの魚はものづくりの技術の塊だったのだ。
これが普通の記事なら
「この企画はボツですね。ははは」
とでも言っておけばよいのだが、連載がはじまってしまった以上そういうわけにはいかない。
工作で困ったときの駆け込み寺、ハンズとホームセンター。
今回も「透明感があって、固まったあとも柔らかく、水に溶けたりしない素材」という無茶ぶりに見事にこたえてくれた。
はじめて使う素材だが、うまくポリエチレンのかわりをつとめてくれるだろうか?
こちらは使い慣れた素材たち、石粉粘土とフェルトのコンビだ。透明樹脂での製作が「もうダメだ!」となったら、彼らが助っ人に入る予定だった。
頼れるベテラン、ピンチに招集される引退組、映画『インディペンデンス・デイ』のおじいちゃんパイロットである。
さて、グミーキャストは粘土のようにそれ自体を手でいじって形を作れるわけではない。
まず目的の形の型を用意して、そこにシャバシャバのグミーキャストをいれて固まるまで待つのだ。
つまり、
の最低でも3つの作業が必要になる。
なかなか道のりが長そうである。
オアシスで芯を作って、そこに粘土を盛り付けていく。
さて、ここで特別に私の心の声をお聞きいただこう。
「あれ、すでにショウリョウバッタの形になってない?ていうか、なんかもうこれでいいんじゃない?」
だ。
いや、もちろんここで終わりにしようと本気で思っているわけではない。でも、バッタと同じ緑色で程よくデフォルメされた姿に愛着を感じてしまったのだな。
お盆のきゅうりやナスで作った動物の仲間に入れてやりたくなるようなかわいらしい外見ではないか。
そういえば、ショウリョウバッタの”ショウリョウ”は漢字で”精霊”と書くんだった。
寄り道もほどほどにして先を急ぐ。
次はこの芯に粘土を盛りつけて形を作っている作業だ。
おそらく一連の作業の最大の難所なので「ふん!」と気合を入れて作業にとりかかった。
ショウリョウバッタはかっこいい。
形を作るために写真をあらためて見返してつくづくそう思った。
もしショウリョウバッタを作ったのが人間のデザイナーだったら、その人はグッドデザイン賞かなにかを受賞して作品は著作権でガチガチに保護されただろう。私なんかがマネしたら、一生かかっても払いきれないようなデザイン使用料を請求されるに違いないのだ。
自然物でよかった。
粘土が乾いたら型取りだ。
滅多にやったことがないから、失敗しないか心配なのだが......。
枠の中に固定したバッタの上にシリコンを流し込んで固める。固まったシリコンからバッタをとり出すときに、バッタもシリコンも壊れなければ成功だ。
そして型を開く。
弾力のあるもの(シリコン型)から弾力のあるもの(グミーキャストのバッタ)を剥がすときのブリン!という感触が気持ちがいい。
それにしても、でき上がったものが思った以上にちゃんと透明で、弾力もあって感動した。
少年期をスケルトンブームとともに駆け抜けた身としては、透明=プレミアムなんである。そのスケルトンが自分で作れるなんて......大人になってよかったと思った。
腹を両側から押さえてやると「うぺっ」という感じで醤油を吐き出す。本物と同じだ。
作るときはショウリョウバッタの形を再現することだけを考えていたが、使ってみるとこれが意外に持ちやすい。
バッタ越しに容器に力が加わるせいで、醤油が一滴ずつしか出ない。かけすぎることがなくて健康的だ。
さらにさらに、よく考えたら縁起もいい。彼らは「跳躍」する生き物なのだ。
いいことばかりじゃないか。
実は、できあがったバッタに色を塗ろうかどうか最後まで悩んだ。結局、スケルトンの美しさに負けてそのままにしたわけだが、ビジュアル的には「ショウリョウバッタの抜け殻の醤油入れ」の方が近いかもしれない。
「もうすぐ夏だから虫の企画がいいな」という軽い気持ちで企画をスタートして一月がたち、今はまさに虫の最盛期だ。戸外で虫を見てつぎの構想をねろう。ゆくゆくはシリーズ化したい。
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