特集 2020年8月10日

ショウリョウバッタの醤油入れを作る

バッタの季節がやってきた。

私は虫が好きな子供だったため、かつてはよくバッタを捕まえて遊んだものだ。とはいえバッタがとくに好きだったわけでもなく、

「カブトやクワガタは近所にいない。セミは採っても飼えない。バッタでも採るか」

と消去法で獲物にしていたわけである。バッタにすればいい迷惑だろう。

彼らは捕まると口から黒っぽい汁を出す。ささやかな抵抗である。工作に落とし込めれば、無駄にバッタを捕まえた経験を有効活用できるんじゃなかろうか。作るのは、黒い液体つながりで醤油入れがいい。

※この記事は2020年7月の連載をまとめたものです

変わった生き物や珍妙な風習など、気がついたら絶えてなくなってしまっていそうなものたちを愛す。アルコールより糖分が好き。

前の記事:ショウリョウバッタの醤油入れを作る その5

> 個人サイト 海底クラブ

バッタを見に雨上がりの河原へ

まずは「バッタが吐く黒っぽい汁」でピンとこない人のために現物を紹介しよう。

天気は激しい雨続きだが、晴れ間をみつけてバッタの好物のイネ科の植物が茂る河原にやってきた。

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と思ったら、一番当てにしていた河原は水没していた。「しょっぱなからこれかよ!」と曇天に向けて叫びたくなった。
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葉の上で休むアマガエルがいた。体の色といい跳ねるところといいバッタに似ている気もするが、君じゃあないんだ。

 

7月のショウリョウバッタはまだ小さい

なんとか水没していない場所を見つけて観察をはじめた。

工作のモデルにするバッタは、ショウリョウバッタ。刀傷のようなシュッとした姿がかっこよくて、バッタのなかでは一番のお気に入りだ。

ショウリョウバッタは梅雨の頃に地中の卵から生まれ、秋になると産卵して死んでしまう。

今いるのは生まれたての子供なんである。

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まだ羽も生えていないお子ちゃま。
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とはいえ着実に成長しているようで、脱皮殻を発見。きれいに脱ぐもんだ。
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忍びよる手。
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「ふぎゃー!」と言ったりはしないが、じたばたともがくショウリョウバッタ。さあ、汁を出すんだ!

 

しかし、なかなか汁を吐かない

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汁を吐かない。「そんなに落ち着いてて大丈夫なわけ?」と聞きたくなる。
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バッタって後ろ脚をもつとおとなしくなりますよね。こいつもなかなか汁を吐かない。

今年の春から夏にかけて、暇なときは河原で食べられる草を採って生活の足しにしていた。バッタとは、いわば同じ河原の草を食った仲なのである。

気分がのらないのかもしれないが、兄弟を助けるつもりで頑張っていただけないだろうか......。

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セリ(左)とクレソン(右)。河原の食える草はほかにもいろいろある。

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指先でバッタをいじめて3分ほどたっただろうか、ようやく思いが通じたのか口元からじわっと茶色い球が湧いてきた。

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お見事!そしてこれが「黒っぽい汁」だ!

ひとしきり協力に感謝したあと、野にお帰りいただくことに。恩人である。秋まで生きのびてもらえればと思う。

本物を見てイメージがわいたところでさっそく製作に取りかかろう。

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あの魚の容器はポリエチレンでできている

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醤油入れで思い浮かんだ図。

さて、醤油入れといえば弁当についているあの魚の形の容器をまっ先に思い浮かべる人も多いだろう。私もそうだ。

が、ちゃんと調べてみるとこれをそのままバッタの形にして自作するのはなかなか難しいということがわかった。

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いろんな形の醤油入れがある。もちろん、バッタはいない。(株式会社旭創業のカタログより)

ポリエチレン容器の加工には専用の成型器が必要で、とてもじゃないが人間の手指で代用できるものではないらしい。あの魚はものづくりの技術の塊だったのだ。

これが普通の記事なら

「この企画はボツですね。ははは」

とでも言っておけばよいのだが、連載がはじまってしまった以上そういうわけにはいかない。

かわりにハンズで透明樹脂を買ってきた

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商品名はグミーキャスト。パッケージの球体はグミというより水饅頭みたい。

工作で困ったときの駆け込み寺、ハンズとホームセンター。

今回も「透明感があって、固まったあとも柔らかく、水に溶けたりしない素材」という無茶ぶりに見事にこたえてくれた。

はじめて使う素材だが、うまくポリエチレンのかわりをつとめてくれるだろうか?

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そして醤油が入る容器。
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シリコンで作ったショウリョウバッタのなかに容器を埋め込んで作る。
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保険としていつものメンバーも用意しておいた。

こちらは使い慣れた素材たち、石粉粘土とフェルトのコンビだ。透明樹脂での製作が「もうダメだ!」となったら、彼らが助っ人に入る予定だった。

頼れるベテラン、ピンチに招集される引退組、映画『インディペンデンス・デイ』のおじいちゃんパイロットである。

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グミーキャストの使い方はこんな感じ。型に注ぎ込んで固める。

さて、グミーキャストは粘土のようにそれ自体を手でいじって形を作れるわけではない。

まず目的の形の型を用意して、そこにシャバシャバのグミーキャストをいれて固まるまで待つのだ。

つまり、

  1. 原型を作る
  2. その型を取る
  3. 型にグミーキャストを流し込んで固める

の最低でも3つの作業が必要になる。

なかなか道のりが長そうである。

原型を作っていこう

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なぜか家に余っていた生花用のオアシス。

オアシスで芯を作って、そこに粘土を盛り付けていく。

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オアシスを削って、バッタの形に近づける。
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醤油が入る容器を埋め込み、つまようじで触覚を作って、芯の完成。

さて、ここで特別に私の心の声をお聞きいただこう。

「あれ、すでにショウリョウバッタの形になってない?ていうか、なんかもうこれでいいんじゃない?」

だ。

いや、もちろんここで終わりにしようと本気で思っているわけではない。でも、バッタと同じ緑色で程よくデフォルメされた姿に愛着を感じてしまったのだな。

お盆のきゅうりやナスで作った動物の仲間に入れてやりたくなるようなかわいらしい外見ではないか。

そういえば、ショウリョウバッタの”ショウリョウ”は漢字で”精霊”と書くんだった。

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庭に生えていたフキの葉にのせて写真を撮ってみた。
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寄ってきた本物のバッタがちっとも逃げようとしない。

 

石粉粘土で形を作る

寄り道もほどほどにして先を急ぐ。

次はこの芯に粘土を盛りつけて形を作っている作業だ。

おそらく一連の作業の最大の難所なので「ふん!」と気合を入れて作業にとりかかった。

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石粉粘土。使う前にほんの少し水を足してねっておくと使いやすい。

ショウリョウバッタはかっこいい。

形を作るために写真をあらためて見返してつくづくそう思った。

もしショウリョウバッタを作ったのが人間のデザイナーだったら、その人はグッドデザイン賞かなにかを受賞して作品は著作権でガチガチに保護されただろう。私なんかがマネしたら、一生かかっても払いきれないようなデザイン使用料を請求されるに違いないのだ。

自然物でよかった。

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神デザイナーの作品。著作権フリー。
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粘土を盛って、削ってしたところ。最初、前足と中足を再現してみたらごちゃごちゃで収集がつかなくなったので、いろいろ悩んだすえ後足以外は省略した。
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本物の顔。よく見ると黒目がある。
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そしてこちらの顔。香川照之のカマキリ先生に助手がいたらこんなお面をかぶるだろう。

 

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不安でいっぱいの型取り

粘土が乾いたら型取りだ。

滅多にやったことがないから、失敗しないか心配なのだが......。

枠の中に固定したバッタの上にシリコンを流し込んで固める。固まったシリコンからバッタをとり出すときに、バッタもシリコンも壊れなければ成功だ。

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フルーチェを作ってるみたい。が、型取り用のシリコンとその凝固剤だ。
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型枠はレゴブロックで作った。シリコンがもったいないので、できるだけ余白を小さく。
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パカッとな。あっけないほどきれいに外れた。型は2枚で一組だ。

 

グミーキャストを流し込む

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しかるべき場所に容器をセットして
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液が漏れないようにしっかりと型を組み合わせて、グミーキャストを流し込む。

 

完成品、ついにあらわる!

そして型を開く。

弾力のあるもの(シリコン型)から弾力のあるもの(グミーキャストのバッタ)を剥がすときのブリン!という感触が気持ちがいい。

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ショウリョウバッタの醤油入れの完成だ!......ん?
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あああああ!触覚が......!
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型の中に千切れた触覚が残っていたから、接着剤で取りつけた。最後の最後にどうなるかと思った。
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というわけであらためて、完成!

 

使い心地よし

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シリンジで醤油を入れる。鳥のヒナに餌をやっているみたいだ。
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「離さないと汁を出すぞ」と迫るバッタ。すいません、今日はたくさん吐き出してもらいます。
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大きさのわりに中に入る醤油が少ない。容器が立派なくせに内容量が少ない高級路線だ。

それにしても、でき上がったものが思った以上にちゃんと透明で、弾力もあって感動した。

少年期をスケルトンブームとともに駆け抜けた身としては、透明=プレミアムなんである。そのスケルトンが自分で作れるなんて......大人になってよかったと思った。

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ポタリ、ポタリとショウリョウバッタの口から滴る。その茶色い汁は醤油だ。これがやりたかった。

腹を両側から押さえてやると「うぺっ」という感じで醤油を吐き出す。本物と同じだ。

作るときはショウリョウバッタの形を再現することだけを考えていたが、使ってみるとこれが意外に持ちやすい。

バッタ越しに容器に力が加わるせいで、醤油が一滴ずつしか出ない。かけすぎることがなくて健康的だ。

さらにさらに、よく考えたら縁起もいい。彼らは「跳躍」する生き物なのだ。

いいことばかりじゃないか。

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ショウリョウバッタの醤油入れの良いところを並べ立てたところでおしまい。積極的に見せびらかしながら使っていこうと思います。

気がつけば虫の季節まっさかり

実は、できあがったバッタに色を塗ろうかどうか最後まで悩んだ。結局、スケルトンの美しさに負けてそのままにしたわけだが、ビジュアル的には「ショウリョウバッタの抜け殻の醤油入れ」の方が近いかもしれない。

「もうすぐ夏だから虫の企画がいいな」という軽い気持ちで企画をスタートして一月がたち、今はまさに虫の最盛期だ。戸外で虫を見てつぎの構想をねろう。ゆくゆくはシリーズ化したい。

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編集部の古賀さんとのやりとり。季節感はたいせつ。

 

連載時のページ:

連載企画:小出し記事「ショウリョウバッタの醤油入れを作る」
ライター:こーだい

第一回:ショウリョウバッタは口から黒っぽい汁を出す
第二回:シリコンか粘土でいく
第三回:かたどり用の原型が良い感じすぎる
第四回:石粉粘土のショウリョウバッタ
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