日本全国のスカイツリーを紹介していますが、今度は伊豆にヒノキ製が建ちました
日本全国スカイツリーを建てちゃう人がいる。そんな人をこのサイトでは追っていた。
参考 『祝東京スカイツリー一周年!全国にあるスカイツリー』
東京スカイツリーが完成してもう1年半だ。建った建たないさわぎはもういいだろう。
しかしまた建った。まだ建つのかスカイツリー。今度は伊豆でヒノキ製のスカイツリーが建ったのだ。
伊豆南部河津にあるログハウス会社の土屋宗一郎さん。最新作はこれらのミニチュアスカイツリー。こんなにあるのか
ログハウス会社のお父さんが建てたスカイツリー
伊豆半島にある河津町の天城カントリー工房社長の土屋宗一郎さん。ログハウスを作ったり内装を手がける会社だ。
竹やアルミのスカイツリーを取材してきたサイトですと電話で説明すると「竹はどんなだった? 高さはいくらだ」と声をひそめてきいてきた。
私たちにはわからない対抗意識が建てちゃった人の間に存在するのだろう。
「作業上の奥にあるら~」 変わったものがあるな……
あった。高さ7.9m。80分の1のヒノキ製スカイツリーだ。
なぜかお父さんが感動している
やっぱり建ってたスカイツリー。自作といえども実際に目にするとすべて立派であり壮観である。特に今回は無機質なデザインを木で再現してるのが美しい。
「おんなじだよ。本物と同じだよ。ないら、こんなの。すげ~よ。きれいら~?
横も全部一本一本、すべてマルだよ、丸棒だよ。だんだん上へと細くなってくんだよ。すげ~だろ~。おんなじだもん。全部全部」
しまった。興奮をすべてうばわれてしまった。建てたのはこのお父さんであるはずなのに、お父さんはものすごく感動している。建てて2ヶ月近く経つはずなのだが。
「そこから屋根に登ったらいいじゃん」こっちはねんざしてると言ってるのに、扱いが手荒い。職人さんの棟梁なのだ。
「祝 富士山世界遺産登録」裏には「祝 2020東京オリンピック開催決定」とある。地方のアクの強いおっちゃんをよく取材するのだが、東京オリンピックを祝っている確率が高い。
上にいくにしたがって丸棒が細くなっていったり三角刑の角度が変わっていくのも再現している
80分の1の理由は木材の規格から
大きさは7.9mで80分の1スケール。材木の規格が4mなので心柱をめいっぱいの長さにするとそのスケールになるらしい。土屋さんは2ヶ月近くかけてこれをたった一人で作ったのだという。
「あっちは心柱あったか? 竹の方は」と気にしているのは所沢で地元の人たちが建てた竹製スカイツリーのこと。あれから自分でも記事を読んだそうだ。
[参考]所沢にもスカイツリーが建った
「……竹で作ったのには感心した、竹じゃできねえ」とお父さんは自信なさげにぽそっともらす。この建てちゃった者同士のリスペクトはなんなんだろう。
第一展望台。よく見るとふぞろいな線に手作りの温かみを感じるが、スカイツリーに温かみが必要なのかどうかは人によるだろう
――でもあっちは集団作業でこっちはひとりですよね。ひとりでどうやって作るんですか? 設計図とかあるんですか?
「設計図なんて見てねえ。職人だから、もの見りゃわかるじゃん、見れば」
すごい。こんな複雑で大きいものを設計図なしで作るのか。
「職人っていうのはさ、図面なんていらねえんだよ。頭んなかで考えてそれ形にできるんだから。設計図いらねえ。スケッチで家だって作ったから」
スケッチで家が建つのか、すごい世界だ。とはいえ、もし自分の実家がスケッチで建てられた家だ聞いたら、ほんのり複雑なきもちになるな。
第二展望台。とぐろを巻いてるようなデザインも再現
パンフレットでできたスカイツリー
しかし実物とおんなじだということは何を参考にしたんだろう。
「7月に実物見てよ。そんときに工事中の写真集を買ったりして。でも写真じゃ正確にはわからないから図面が必要だろ。だからこれをもとにしたの。
これは写真じゃないのよ、パンフレットを拡大したの」
――これで!? すごいじゃないですか!!
「なんで? できるら~」
このお父さん、パンフレットをもとにスカイツリー作ったのか。職人がその技量をもてあますとほんとに何をしでかすかわからない。
パンフレットで作ったのか。たしかに細かく書き込みがある
木材の難しさ
――木材で作るのはやっぱり難しいんですか?
「むずかしいら~。四角い面に丸棒がつくならべつだけど丸い面に丸がつくだよ。わかるら~?
ここ(トラス構造の三角形)もだんだん狭くなってくるから。大展望台までこうやって」
――はあ、そうなんですか
「大展望台、知らねえの~?なんだよ~。これが第一展望台でさ、これが第二展望台。
あんた研究してねえわ~。もっと研究しねえとだめだわ~。間詰まってきて勾配がちがうわけだよ。この間はちがうだよ。こっちは広いら~?この勾配がみんなちがってくんの。そうら?」
遅かれ早かれこうなることだったろう。
私も所沢の竹製スカイツリーの人たちのように、スカイツリー同好の士だと思われていたのだ。しかしこっちは"建てちゃった人"同好の士なのだ。
もしお父さんと私がバンドを組んでいたとしたら、きっと「音楽性のちがいで……」と解散を説明したことだろう。
丸棒に丸棒がつくのがむずかしいと。作り方をくわしくきくと企業秘密だそうだ。そ、そんなに重大な技術なのか。
スカイツリーよりも建てた人に興味がある
「もっと勉強しねえと、だめだ、お前は~。やっぱりね、スカイツリーを載っけるにはね、スカイツリーを研究して、それで、話しねえと、恥をかいちまうよ」
取材にきた記者を自分のところの若手のように叱咤するのはさすがの職人かたぎ。
しかし残念なことに、この若手職人はスカイツリーに対しての興味はこれまでもそしてこれからもない。私はこれからも恥をかきつづけることだろう。
――すいません、たしかにスカイツリーに対する認識が甘かったです
「甘え。なんも知らねえもん。この第一展望台にはね、二千人も入るんだよ。第二は千人入んの。いかに規模が大きいかわかるら?」
ついにお父さんの自慢は自作のみならず、本家スカイツリーにまで及んだ。もはやこの話、無限につづきそうだ。
なんとスカイツリーのミニチュアを作っていた。東京デブツリーという。「いいんだよ、デブだからデブツリーで」らしい
今ではミニチュアスカイツリーを量産している
――これだけのスケールだと、建っちゃったあとってやっぱり寂しいんですか?
「んでもそのあとスカイツリーのミニチュア作ってよ。これそのうち販売しようかと思って。
ほら貯金箱になってるだよ。500円玉が8万円くらい入る。だから東京デブツリーバンク。デブはデブだからさ。形が。
おもしれ~ら~。ないよ、こんなら~。木箱に入れて一万円で売ろうかと思ってるんだけど」
スカイツリーでデブで貯金できて一万円で木工の民芸品。要素が多すぎて、脳がこの事態を処理しきれない。
貯金箱になっている。その機能、必要なのだろうか。
作業場においてあった勝海舟像。チェーンソーで作るらしい
鈴木長吉像。咸臨丸にも乗った河津の船大工。3mある。
3mの木像は誰なんだ
――このでっかい像はなんなんですか!?
「こっちが勝海舟でこっちは鈴木長吉って船大工が河津にいたの。咸臨丸にのって勝海舟と一緒にアメリカに行ってるだよ。これ遠い親戚なんだよ、おれの。長吉も元河津もんだから。
腕組んでんだろ? 顔は長吉の顔だけど、体は長崎にある龍馬の体。ケヤキで作ったのよ。こんなのないよ、これ。3mあるよ」
顔は長吉、体は龍馬。なんだその維新のキメラは。なぜ体を龍馬にしてしまったのだ。
しかもこれ親戚なのだ。親戚の3mの木像。それはたしかに今までになかったろう。
下田のお祭り用に坂本龍馬の木像をつくったのがはじまり
そもそもこの木像制作は龍馬伝がはじまり。龍馬伝がはじまったころ、土屋さんは下田のお祭り用に龍馬像をたのまれたそうだ。
土屋さんはある冊子を見せてくれた。鈴木長吉の資料を集めているのだという。
なんとか龍馬と河津のヒーローをむすびつけられないか資料集
龍馬伝になんとか親戚を
「龍馬と長吉の接点をなんとか見つけてえの。行きあってることは行きあってんの。龍馬は勝といっしょに軍艦操練所行ってんの。そこに長吉もいただよ。
探してるんだけど無名なんだよ、長吉は」
龍馬と勝、その二人の物語に自分の遠縁である鈴木長吉をどうにかしてはさみこみたいようだ。
その思いが長吉を龍馬と勝にならぶ3mの巨像にしたのだ。技術を持った人に熱情と時間が余っているとこんなことになる!
こうやって歴史が変わっていくのかもしれない
唐突にいい話をしはじめる
――龍馬、長吉、スカイツリーときて、と最新作はミニチュアですか?
「今日本の国で一番光ってんのはスカイツリーだじゃ。輝いてんのがな。あれを見てると元気をもらえるの。だからやっぱり、シンボルだからね。作りてえなと思ってたの。
龍馬作るのもね、彫刻やったわけではないけんど、やってみようと思うことが大事だと思うの。今の人はさ、ぜったい安全安心のとこしか進まないじゃん。やっぱり思うことをやってみようという取り組み、そういうことが大事だと思うの」
土屋さん、突然質問とは関係ない"いい話"を語りはじめた。全くの正論であるのだが、その後もいい話モードはとどまるところを知らない。
ログハウス会社としてのショールーム。ログハウスオブザイヤーなど数々の賞を持ち、土屋さん自身も「森の名手名人」に選ばれた
「そのとき高校生が取材しにきたんだよ。ここに書いてあるだろ、『男はロマンで女はガマン』だ」純真な高校生相手に!
「やっぱりいつも言うだよ。感謝する気持ちでさ、何事も取り組まなきゃ。そういう前向きな姿勢がやっぱり元気の秘訣、一番の理由だよ。男はロマン、女は我慢。おもしれえら~?」
おもしろいかどうかは時代によるであろう冗談が出てきた。一体、私の質問の「最新作はミニチュア?」はどこにいったのだろう。
――となると、自分が元気になるためにスカイツリーを作ったという面もありますか?
「そう、自分の元気の。夢よ。いくつになっても夢をもたないとまずいと思うの。今71だけんど、夢をもって前へ進む。それが元気の秘訣だと思うの」
この広い意味での健康器具みたいな話、米子でうどんにモーツァルトきかせてるおじいさんもそうだった。そういえば、あの人も東京オリンピックを祝ってたのだった。
[参考]モーツァルトうどんとは何か
なぜか製塩室があり近くの海水を煮つめて塩をつくっている
なぜか塩も作っている
土屋さんの作業場には製塩室もあって近くの海水を煮つめて塩を作っている。
満月の朝取り塩。「宇宙パワー最大の時」とかいてあり、思わず身構えるほどにあやしい。
――満月のときの海水の塩がなぜ良いんですか?
「月が一番近いから。月の引力があるわけじゃん。海底にあるものが表面にきてる。海底にしまってあるものが海面に上がってんの。そんときに汲み上げた塩水がいいの」
――海底にあるものがなぜいいのかがわからないんですけども……
「わかんねえ? 月の引力がはたらくから。海底のものが上に上がってんの」
話がまた最初の地点にもどったとき、私たちはおたがいにわかりあえないことを知った。
「うちの塩でつけた梅干しでも漬物でもうめえんだ」一個500円で販売しているそうだ。ひとついただいたのだが、その辺の海水を塩にして食べていいのかつい検索してしまった。
木製のハウス栽培をしている。引いてきているのは海水。どちらの情報もはじめてすぎて、何もつっこめなかった
コンテナがあるなと思ったら中は木材の燻製室。囲炉裏にいぶされたような良質の木材になるらしい
土屋さんが趣味で収集している石油発動機。昭和初期のものながらちゃんと動く
石油発動機のコレクターでもある
これすごいら?と見せてもらったのは、昭和初期の日本のエンジン、石油発動機。バルバル、バスバス、音をたてて動くところを見せてもらった。
なんと土屋さんは16台を所有しているらしく、地元の新聞にも紹介されたそうだ。
「ここに石油発動機の歴史が書いてあんじゃん。日本にはこんなにあっただよ、メーカー。今残ってんのはクボタとかさ、ヤンマーとかさ、ムサシってのがあんだ、おれムサシ持ってんだよ」
――いいんですか、そのムサシってのは?
「おもしれ~じゃん、名前がおもしれ~じゃん。あんだよこういう世界が。勉強しないと困るな~」
名前がおもしろいのか。好きな人の世界にむやみに首をつっこむべきではないなと思い知った。
石油発動機の雑誌の特集を見せてくれた。小学生の髪型から、デコチャリみたいな文化なのかなと思った
古い車が好きで雑誌にも載った。「車も女房も古いほうがおもしれえっていうの。古いもの大事にしようってこと」深いですよこれは、もしくは浅いですよ
若えもんはいそがしい
――スカイツリー見にきたんですけど、おもしろいものいっぱいありますね
「だからうちのね、うちが飼ってる犬がね、真っ白だよ。尾も白いだよ」
――は、はい……
「だからおもしれえ話をしなきゃ、つまんねえじゃん。おれみてえなね、人はなかなかいねえよ。独りでやってんだもん、全部。わけえもんは忙しいら」
若い人は忙しい。これだけの熱と力を持った人に時間があるとおもしろが暴走する。
左から勝海舟、ログハウス会社社長、そのご先祖様、東京スカイツリー
もてあますとスカイツリーが建つ
おじいさんが元気だといわれている。定年退職が延びるいいわけかと思っていたが、こんな人と会うと実際元気だなと思う。
考えてみれば今やこういう変なことをするのは、だいたいおじいさんだ。元気なおじいさんスカイツリーを建てる、元気なおじいさん蜂の巣でスペースシャトルを作る、うどんにモーツァルトをきかせる、などなど。
おじいさんはもてあましている。熱意と体力と技術と時間をもてあましている。そしてスカイツリーを建てちゃうのである。
そんなおじいさんの話を近くできいてみると、はたして私たちはわかりあえるのかと自信を失ってしまう。しかしわかりあう必要がそもそもあるのだろうか。
建てちゃった人。そんな技術と時間と熱意をもてあました人を、これからもできるだけ遠くから見つめていたい。
昼ごはんを食べるのに「この辺に珍しい店ないですか?」ときいて教えてもらった店。ヒノキのスカイツリーの写真が貼ってあるという珍しさだった(行きつけの店の可能性大)。