発端は所沢のスカイツリーだった
埼玉に二本あるスカイツリー
かつて埼玉県の所沢のスカイツリーを取材した。そのときに現地の人に「あっちはどうなんですか? ほら同じ埼玉にあるあそこの……」と言われた。
[参考]『所沢にもスカイツリーが建った』
なんだそれと思って話をくわしく聞くと、どうやら同じ埼玉県には他にもスカイツリーを建ててしまった人がいるらしい。
「あっちはアルミ製だから簡単なんだよ、こっちは竹製だからさ~」
だったらなんで竹で作ったんだという思いをぐっと飲み込んで、もうひとつの埼玉スカイツリーを探した。
駅前のレンタサイクルで畑の中を走る
墓地越しスカイツリー
調べたら町名までたどりついた。駅を降りてレンタサイクルでその辺りまで行き、集団下校中の小学生に話を聞いてみると「○○くんちにあるよ、みんなで行こう」と連れていってくれた。
クリスマスには飾り付けやライトアップがあって、小学生もみんなで見に行ったりするそうだ。「新聞も来たんだよ」と教えてくれた。
「ほら、あそこに」と指さした先には墓地。さらに奥にはスカイツリーが見えた。
あった。卒塔婆の間に。
家の庭に立つスカイツリー
卒塔婆の間にスカイツリーが見えた。こんな霊的なスカイツリーもあったのか。
このスカイツリーは作った方の家の庭にある。アルミでできていて、高さは50分の1なので12.7m。自力で作り上げたそうだ。
スカイツリーがあるくらいだから大きな敷地の家で、おそるおそる呼び鈴を押してみると、中からおばちゃんが出てきた。
作った人はどうやら今いないらしい。連絡先を伝えて、一旦他所で待つことにした。
アルミ製でかたそうなスカイツリーだ
なんと取材NG
喫茶店でも行くかと思ったら、住宅街で店らしい店がなく。なぜか自転車を乗り回しつづけて一時間半経ったころ電話がかかってきた。
――スカイツリーのことで話をお聞きしたいんですが
「あ~、ごめんなさいね。じつは新聞に載ってね、人がたくさん見に来るようになって、そしたらゴミを捨てていく人が出たりしてしまってね。
今はもう取材うけつけてないんですよ」
墓、墓、卒塔婆、卒塔婆、墓、墓、スカイツリー、墓、墓……
ヤンキーが来るんじゃないか?
所沢でも見物人対策の話をしていたが、あそこは畑に挟まれた道だった。しかしこちらは住宅街の中に建っている。
道にはどこかの家が隣接するし問題にもなりやすいのだろう。埼玉にあるもう一つのスカイツリーは取材NGだった。
こうした自作スカイツリーには取材NGが多い。
京都府舞鶴にある東舞鶴高校浮島分校には、美術部員が作った100分の1のスカイツリーがある。こちらはペットボトル製だ。
[参考]スカイツリー100分の1完成 京都・舞鶴の高校 - 朝日新聞デジタル
舞鶴にもスカイツリーはある(あった)
舞鶴のスカイツリー
話をお聞きしたいんですが……と学校に電話してみると、作った学生さんは恥ずかしがって取材NG。
学校には置いてあるから見られるが、「あ~、そういえばもう片付けなきゃな~」ということだった。
ただ見に行くだけで舞鶴行きはきついなと思い、帰省とからめて見に行く計画を立てて電話したのが二週間後。
「あ~、すいません。あれもう倉庫入れちゃったんですよ」
明らかにあの電話がきっかけだった。
へたに電話してしまったがために全国のスカイツリーをまたひとつつぶしてしまった。
このように、全国のスカイツリーは繊細でもろいものである。東京スカイツリー開業から一年たてばいくらも残っていない。
しかし、スカイツリーはまだある。次は長野県松本市だ。
長野県松本市を見下ろす美ヶ原温泉ホテル翔峰
ここにスカイツリーがある
スカイツリーと同じ高さにあるのが松本のスカイツリーだ
展望デッキからはスカイツリーと同じ高さの眺めが見える
こっちのスカイツリーは北アルプスが見える
北アルプスが見えるスカイツリー
スカイツリーと同じ高さの展望台からは北アルプスの山並みが見えた。これがスカイツリーからの視点か。思ったより自然を感じる。
ホテルの方に話を聞くと、どうやらこの"スカイツリーと同じ高さ"は温泉組合の方で考案したそうだ。
同じ美ヶ原の薬師堂入り口にはスカイツリー同高地点の記念標があるらしい。
これがスカイツリーと同じ高さか。でっかい石があるな。
ご利益があるスカイツリー
そばにはお湯かけ地蔵があった。松本のスカイツリーでは地蔵にお湯がかけられる。
東京のスカイツリーはどうだ。記念写真を撮るくらいだろうが、こっちだってお地蔵さんと記念写真くらい撮れる。
スカイツリーと同じ高さで、地蔵にお湯がかけられます
これがスカイツリーの高さからの眺めである。見通しがわるい。
スカイツリーは二つある
このスカイツリー同高地点、実態が記念標なためただでさえ松本スカイツリーと言いにくいのだが、さらに言いにくいことに二つあるのだ。
遊歩道を歩いていくと、もう一つある
松本の奇祭近くのスカイツリー
説明文を読むと、記念標のそばに建つお堂はどうやら性的な奇祭のお堂らしい。そばにはスケベ大根みたいな木にしめ縄が巻かれていた。
スカイツリーから同じ高さで西に行くと、こんなことが行われているのだ。
男性シンボル系の奇祭がある
これがスカイツリーの高さからの眺めである。見通しがわるい。
タテではなくヨコ
高さ634mの松本がタテだとすると、今度はヨコ。距離が63.4kmだ。
「東京スカイツリーから63.4kmのまち館林」とのぼりが立つ群馬県館林市に向かった。
市役所のまどに
館林駅にもスカイツリー模型が。聞くと、63.4kmとは関係ない。
市が作ったのぼりが町に立っている
町をあげてスカイツリーに乗る
館林市花のまち観光課の岡戸さんに話を聞いた。
「今年は3月25日から6月23日まで"東京スカイツリーから63.4kmのまち 館林"キャンペーンをやっています。ちょうど花祭りの時期で、他県から観光の方が多くいらっしゃるので」
――みなさんの反応はどうですか?
「市ではぽんちゃんというキャラクターのグッズを末尾634円の特別価格で販売していますが、これがなかなか好調なんですよ」
パッと見てスカイツリー要素はないたぬきのキャラクターだが、売れているとは。スカイツリー効果、もしや本当にあなどれないのでは……
スカイツリー効果でたぬきの人形が安くなった
発見にも下地がある
――どうしてこんなことを思いついたんですか?
「もともと"東京から60kmのまち 館林"として県外の方にアピールしていたんですよ。
60kmなのでもしかしたらと思い調べてみたら、ちょうどつつじで有名なつつじヶ丘公園で63.4km地点だったんです」
なるほど、東京から何kmかとふだんから意識していたのだ。奇跡もそうだし、なんだろうこれはというキャンペーンも下地があってこそだ。
とにかくうどん屋が多い館林にある館林うどん
店にはスペースシャトルの石 (向井千秋さんゆかりの町だからだそうだ)
一方そのころうどん屋さんの方でも……
市が63.4kmに気づいて盛り上がっていたころ、市内の名産である館林うどんの方でもグッズを考えていた。
63.4cmのうどん、六三四の発売である。一周年である今年には誕生餅がついている。これはすごい。
東京から63.4kmはなれた町で、長いうどんに餅がついたのだ。脳がクラクラする何が何やら感である。
買ってみると63.4cmは傘より長く、持ち歩くのに苦労した。うどんが持ち歩きにくいなんてはじめてだった。
東京スカイツリーがめぐりめぐって63.4cmのうどんに餅がついた(!)
グッズはまだある
634にかけた商品の開発を市は企業に呼びかけた。
その中で印刷会社コーセンドーでは一周年記念のタンブラーと円周63.4cmのコースターをどちらも634円で売りだした。
遠くはなれたこの地で一歳を祝いながらコーヒーを飲む
スカイツリーから63.4kmはなれた町でコースターがでかくなった
コースターがでかい
円周63.4cmのコースターがでかい。このサイズのお茶を飲む人は身長7mくらいあるだろう。東京の高い塔が巨人を生み出したことになる。
また、市内にある民間の庭園であるザ・トレジャーガーデン館林ではこの円周と同じサイズのパンを売りだしている。
パンのモチーフはたぬき。でかめのたぬきパン、2100円。スカイツリーに対する館林からのアンサーがこれだ。
つらいことがあった夜は何も考えずにこのでっかいたぬきのパンを見つめていたい。
トレジャーガーデンでは、上のコースターと同じ円周63.4cmのたぬきのパンが発売された。これもスカイツリーの一部なのだ。
スカイツリースポットも登場
スポットもある。館林市内の浄水場には63.4kmのたれ幕が出ている。だが遠いうえに「そんなにすごいものでもない」とのことなので、見に行ってない。
他にもある。館林スポーツレーンのピンタワーが東京スカイツリーから63.4kmに位置するらしい。
やはりあったか。
みなさんの思いが今結実したことだろう。そう、東京スカイツリーから63.4km地点はコンパスで円を書いた先にいくつもあるのだ。
このボーリング場もスカイツリーから63.4km
63.4km地点はたくさんあるがまさか同市で2カ所名乗るとは
スカイツリーグルメもたくさんある
グルメもある。群馬県といえば小麦食であるが、この63.4kmキャンペーンにはうどん店が3店にラーメン屋が2店名をつらねる。
その中のラーメン厨房ぽれぽれではつけ麺「634」を提供している。
幅6.34cm長さ63.4cmの幅広麺に、具には厚さ6.34cmのチャーシュー。そして値段は634円。めくるめく634。数字ですでにおなかいっぱいだ。
昼飯につけめん 昼飯につけめん 昼飯につけめん 昼飯につけめん 昼飯につけめん 昼飯につけめん 昼飯につけめん 昼飯につけめん 昼飯につけめん 昼飯につけめん
晩飯にチャーシュー 晩飯にチャーシュー 晩飯にチャーシュー 晩飯にチャーシュー 晩飯にチャーシュー 晩飯にチャーシュー 晩飯にチャーシュー 晩飯にチャーシュー (サブリミナル効果)
長さ63.4cmの幅広ラーメンを持ち上げて実感する。スカイツリーって高いんだな~と。
ふつうに良いめしじゃないか
このベロベロのスカイツリー麺、つるつるのべろべろで食感がよい。唇が口唇期の赤ちゃんにもどって喜んでいる。
「うちはうどんとラーメン用の小麦をまぜて使ってます」と全部手打ちの麺でやってるらしいが、それだ。スカイツリー以外の部分がすでにうまい。
チャーシューを切るのもナイフでぶ厚い肉を切る喜びがある。味も良い。これもスカイツリー関係なくうまい。これで634円だ。値段もスカイツリー関係なく安い。
全体的にスカイツリー抜きにして良いごはんであり、ますますスカイツリーが遠くなってくる。
たべたあとの体重が63.4kgならサービス。しびれるほど遠い。
乗られない体重計、さびしそうな店主
キャンペーンには634gの特盛つけ麺もある。6分34秒以内に食えば634円らしいが「意外とみんなそれくらいで食べますね……」と店主ちょっと落胆気味だった。
そして食事のあとは体重を計り、63.4kgなら634円安くなる『めかたでドン!!』なるキャンペーンが。
東京に高いタワーが建ち、一年経ったら群馬のラーメン屋で体重を計っている。北京で蝶がはばたくと、NYで嵐が起こるバタフライ効果のようである。
私は服なしで64kgなので、体重計に乗らずにあきらめたが「……みんな乗りませんね」とこれも店主さびしそうだった。
館林のとなり、茂林寺前駅はぶんぷくちゃがま伝説がある
たぬきからうどん屋まで634歩で行けるか?
館林駅のとなり茂林寺前駅にはぶんぷくちゃがまの像がある。ここからもり陣といううどん屋まで634歩で到着すると、記念品がもらえるらしい。
なぜたぬきからうどん屋までの歩数を、東京のタワーの高さのm数にあわせなければならないのか。
もはや宗教の力が必要なのではないかと思うほど、私たちは迷い子の子羊である。
634歩でうどん屋まで行ければ記念品がもらえる。傘より長いうどん「六三四」が邪魔だ
うどん屋近くのこの時点で500歩……これ少ない分にはその辺歩きまわったらズルできるな
名物店主出てきた
うどん屋まで実際に歩くと560歩だった。
中に入り、店主の橋本さんに申告すると「せっかく参加していただいたんですから、もう全員にあげてるんです」と言って記念品をくれた。
なんだ全員もらえるのか。店主の気持ちとはうらはらに、参加者としてはゲーム性を保ってほしい気持ちがある。
店主の橋本さん。キャンペーンはぶんぷくちゃがまの寺から駅まで歩いて思いついたそうだ。
店主の足がすごい
そしてなぜ634歩を思いつくにいたったか、店主はしゃべりはじめた。
「駅にね『茂林寺まで660m』って書いてあるでしょ? 私はおかしいと思ってね。みんなで測ったらなんと634m!
それでも役所は看板を変える気ないって言うんで『そんなケチなこと言わないで。変えても誰もわかりゃしないよ』って言ったんだけどな~」
誰もわからないなら、変えなくてもいいんじゃないか。そんな思いが頭をよぎる。
「それで634に関する何か、他にないかな~って思ってね。うろうろ歩いてたら、この店から茂林寺前駅まで、これがぴったり634歩だってわかったの」
体格によってもちがいますよね? と聞いてみても、「私は二日に一回はぴったり634歩でいける」と意に介さない。
記念品はまゆ玉。これは反応にこまる。
たしかにすごいが細部があやしい
記念品はまゆ玉。店の名前もまゆ玉うどんである。聞けば、うどんにまゆ玉を練り込んでいるそうである。なんと。
数をきけばまた驚く。「だいたい一人前に3つ入ってるかな」3つも入ってるのか。
シルクパウダーが入ると保湿効果でうどんは切れにくくなるそうだ。おかげで世界一長い634mのうどんを作るのに成功したと新聞記事を見せてくれた。
橋本さんをふくむ館林の市民がギネス世界記録に挑戦して、世界一の手打ち麺の長さ630m(634でない)を達成した。しかし計測方法に不明点があり世界一の申請は見送った、とそこには書いてあった。
たしかにすごいが、細部が丸め込まれたすごさであった。
店にはちゃんとスカイツリーがある。この店主、スカイツリーキャンペーンへのモチベーションはかなり高い
最初っから最後までおっちゃん次第
橋本さんがお客さんを見つけると「このまゆ玉をもみこむようにマッサージすると身体にいいんですよ」とあげていた。
またゲームの記念品の価値が下がった瞬間である。
「まゆ玉マッサージは好評でね、私は公民館で指導をたのまれたりしてるんだから」
まゆ玉マッサージ指導員? そういったものが世の中にあるのだろうか。
「ないです。私が考えたものだから」
最初っから最後までこのゲームは橋本さん次第なのである。
お客さんには声をかけ「これはほんとに良いもので、マッサージに良いんですよ」とまゆ玉をあげていた。ゲーム性のことももっと考えて、そういう風に記念品の価値を下げないでほしい。
3束で634gであり、4束だと634本入りであり、二箱だと634mになるらしい。あきらかにトゥーマッチである。
スカイツリーへのモチベーションが高すぎる
この橋本さんのスカイツリーキャンペーンへのモチベーションは高い
「うちの25cmのうどん乾麺ね、これが3束で634gで4束だと634本入りで、二箱だと計算するとだいたい634mなんだよ。そう教えてくれる人がいてね、すごいよねって。
ほら見て、これが一束で210gちょいになるはずだから……え~と、これは206gなんだけどね」
モチベーションがたかすぎて634にかけすぎてる気配さえある。
「ほらこれ見てよ、1束だと211gに……これは206gだけどね」 ほら!
スカイツリーから遠くはなれて
このあと橋本さんは、この店はスカイツリーから63.4kmの地点にあると言い出した。あやしい。他は知らないがここはあやしい。
「そう教えてくれた人がいるんですよ。私なんかよりその人の方がおもしろいから、今からあなたを連れてってあげます」
あうあうあう、アシカのようにあわてふためく私を乗せ車を出す。私は90歳のおじいちゃんが作る電動三輪車を見に行く羽目になった。
ああ、スカイツリーがまた遠くなっていく……
車のダッシュボードにも。ああ、記念品の価値がまた……
今日からスカイツリー研究家を名乗ります
全国のスカイツリーをめぐっていくと、東京のスカイツリーなんて大したことじゃない気がしてくる。
竹のツリー、アルミのツリー、ペットボトルのツリー。634mの温泉、63.4cmのたぬきパン……いずれも知恵と個性にあふれたスカイツリーだ。東京スカイツリーは高くて大きいそれらのうちの一つなのだ。
今後もスカイツリーは自生し、そしてすぐに消滅する。
たとえばあなたが今割り箸と輪ゴムで塔を組み、スカイツリーだと宣言したらそれはスカイツリーだ。そしてお母さんがゴミとして片付けても、そこにスカイツリーはあった。
そうした野生のスカイツリーに今後も注目し、収集していこうと思う。
今日から私は全国スカイツリー研究家を名乗ることにした。お近くにスカイツリー情報がもしあれば教えてください。
ちなみに東京スカイツリーにはあまり興味がなく、行ったことさえない。
このあと橋本さんは「私なんかよりおもしろい人がいる」と言い出し、私は群馬アンダーグラウンドの世界に足を踏み入れることとなった。なんと次週へつづく。