見慣れない飛行機が飛ぶ。入間の基地が近いのだ
外国のような風景だと思ったらこれが桑畑。地図記号の形である
あまり知られていない方のスカイツリー
「ここがどこかご存じですか?」
スカイツリーはどこかと小手指駅前にいたおばさんに聞いたらふしぎそうな顔してこんな答えが返ってきた。
しかし本当にそうだ。ここは所沢で東京スカイツリーがあるはずもない。
桑畑のとなり、あれはもしや……
ブルーベリー畑の中にスカイツリーがある
竹でできたスカイツリー
小暮「本物の50分の1サイズで、竹2~300本でできてます。
トトロの森の竹を使ってるんですよ。知らないですか? 狭山丘陵の森をトトロの財団が保存してるんです。」
案内してくれた小暮さんはこのスカイツリーを作った中心人物だ。
本業は「もう所沢でも3~4軒だけですけどね」という桑農家の方だが、一体なぜこんなものを建てたのだろうか。
こちらのスカイツリーは竹でできている
話は二年前にさかのぼる
小暮「二年前にね、北野小学校が30周年だったんですよ。そこで30周年記念として、有志でわらの恐竜を作ったんです」
なぜスカイツリーを作ったのかと聞いたら、さらになぜそんなものを作ったのか聞かないといけないわらの恐竜が出てきた。
同じく中心人物の岩田さんが言うに、恐竜はかなりの出来栄えだったそうで、相当盛り上がったのだという。
左から岩田さん、小暮さん
中学生を見返すために
小暮「できあがった恐竜を通りがかった中学生に見せたんですよ。どうだって。
そしたら、鼻で笑われてね。くそ~って思いましたね。中学生にはこれくらいじゃだめか~って。
二年後今度は北野中学校で30周年があったんです。その年にスカイツリーができるっていうから、これだって思って。中学生にもすげーなーって思わせたかった」
なんと。
大枠でいうと、わらの恐竜でものづくりにハマったメンバーが中学校用にさらに大きいものを作りたかった、ということだろう。
だが直接のきっかけは鼻で笑われたことだったとは。
大人げなさがこんな巨塔を生み出したのだ。この大きさ、たしかに大人げない。
主な部材に竹、展望台にはペットボトルが
どうしても建てたかった
――中学生が作ったのではない?
「もともとは中学の敷地内に中学生が建てる予定だったんですが、もしケガしたらとかそもそも建てていいのかとか反対意見もでてきて。
でもスカイツリー開業の年に間に合わせたかったので、こっちの畑に自分たちだけで建てました」
話をくわしく聞くと、けっこう荒々しい建ち方をしているようである。よっぽどたてたかったのだな、大人たちよ。
展望用足場には「すべてにおいて自己責任で」と書いてある
スカイツリーの円盤状の部分はなべのふたでできている
地元のちからを結集して
――有志というのはこの辺りの人?
小暮「そうです。全部で63人で、週2日集まって2時間ずつとか作業して。それでも3ヶ月かかりましたね」
――設計図とかあるんですか?
小暮「あ、それはね、500分の1でスカイツリーを作ろうっていう本が出てたんですよ。それを参考にベニヤ板に50分の1サイズの設計図を描いていくんです」
ちょうどいい本があったものだが、著者の方もまさか10倍で作られるとは思ってなかったろう。
竹をそろえる作業と、設計図をベニヤに描いて組み上げ作業
本職のちからも
小暮「2~3mごとのパーツにわけてチームで作ってから組み上げるんです。組むときの水平とったり足場組んだりは大工さんに頼んで。
ふつうの建築物でこんな塔みたいな足場ないですからね」
わらの恐竜じゃなくてこの高さの建物である。地元の建築系のちからを結集して組んでいったそうだ。
もらったクリアファイルにあった足場が組み上がっていく写真
竹だから大変
――作るのってやっぱり大変なんですか?
小暮「材料のひとつひとつをそろえるのが大変なんですよ。竹だから。鉄とかだと直線も出るし楽だったでしょうね」
「曲がってるな」「曲がってきたなー」という小暮さんたち。曲がってるのか。
曲がっている
小暮さんと岩田さんはスカイツリーを見上げて「曲がってきた」としきりに言っている。そんなスカイツリーはいやだが、それもしょうがない。だって竹だからだ。
――……なぜ竹を使ったんですか?
小暮「スカイツリーの骨組みがね、竹だとすごくきれいなんですよ。合うと思いません?」
たしかにスカイツリーなのに民芸品っぽい。みょうな素朴さがある
写真の方がいい
なるほど、たしかにスカイツリーなのに民芸品の竹カゴみたいな味わいがでている。この大きさでこの素朴さはすごい。
「でしょ? 合うんですよね~」という小暮さんは立派なカメラで写真を撮っている。
「写真の方がいいんだよ、実物よりも」と岩田さんがいう。岩田さんもこのスカイツリーの写真を撮ってるそうだ。
「ほら、ああいうのを狙って撮るんだよ。ほら今、撮って」と岩田さんが指す先にはさっきから何度も上を飛んでいる軍用機があった。
かわった機体が何度も飛ぶ
お、ブルーインパルス。
あれはよくあるやつだから大したことない、と岩田さんと小暮さんが言っている。お兄さんが入間の航空祭の日に撮ったという写真を岩田さんが見せてくれた。
「お、ブルーインパルス。やっぱいいっすね~」と小暮さん。
この辺りの人は軍用機に妙にくわしい。あのブルーインパルスも野鳥のような扱いだ。
航空祭のときに撮ったというブルーインパルスと北野スカイツリー。行ったことない方、これです。これが所沢です。
スカイツリーのすぐそばにはこちらも50分の1のイーストタワーが
お母さん作、へび
――このイーストタワーにある動物はこの辺のおまつりで使うものですか?
小暮「それはね、ヘビ。田中さんっていう中心になってやってくれてた人がこういうの作るの上手でね」
土地のものかと思ったら、趣味のものだった。なぜへびがイーストタワーにぶら下がっているんだ。
田中さんの力作、へび
岩田さんちは風水的にイイ
岩田「そういえばヘビはね、風水だとお金のことなんだよね。あと水もそうなんだよな。水は龍でこれも金運がよくなる。うちにも水はわせてるよ」
――はあ、それはもうかりますね
岩田「そうだよ、仕事がばんばんきてしょうがないよ(笑)」
イーストタワー、北野中、スカイツリー、展望台サイズのテーブルとすべて50分の1サイズ。人が50倍大きく見える。
岩田「ほら、これが尾長鶏の尾だよ~」小暮「すげ~、これくださいよ~」
人んちでお茶菓子を食べる筆者(左)とカメラ藤原(右)
一体どうなっているのだ
北野にスカイツリーを見に行った私たちは、二時間後ほりごたつに入って尾長鶏の尾を見ていた。
もちろんものごとには順序があるしこうなった理由もある。
ライトアップを見るため暗くなるまで待たないといけなかったところ、寒いだろうからと岩田さん家に呼んでもらったのだ。
さきほど言ってた岩田さんちの風水。水がながれていて中に神様の木がある(ものすごく小さい)。
岩田さんはいろいろ見せたいのだ
いや、現場でもこの兆候はあった。
地面をふんで「どろどろにならないようにここに木材チップが入ってるんだよな」とか「うちにある桜のテーブル持ってっていいって言ったのに」とか、岩田さんは“いい物の話”をぽろぽろこぼしていた。
そして今、岩田さんちのほりごたつで岩田さんショーがはじまった。
岩田さんちで写真大会
岩田さんはいろいろ見せたいのだ
もちろん最初は北野スカイツリーの写真や新聞記事を見せてくれていた。ただ、日没まではまだ時間があった。
だれも悪くないし私たちも求めた。だからこの岩田ショーは始まったのだ。
記念写真撮るのいいですね~とこちらも求めた
人んちで戒名を見ていた
「仲良くなっておくなら、お寺と神社とどっちがいいと思う?」
とつぜん岩田さんの口から大人の二択クイズが飛び出す。
「お寺、かな……」「お寺ですかね?」
小暮さんと二人でおそるおそる答えたところ、岩田さんはちょっとざんねんそうな顔して「正解」と言った。なんなんだ。
その後岩田さんはお坊さんの傘を持ったこと、仲良くなって戒名までもらったことを教えてくれた。
岩田さんがすでにもらったという戒名
日本は今日も平和です
績工清涯居士。う~む、どういう意味ですかね。と言ってハッとわれに返る。
なぜ今、スカイツリーを見にきておっちゃんの戒名について悩んでいるのだろう。
夜空ノムコウのメロディが聞こえる。柱時計が5時を告げた。「日が長くなったね~」と誰ともなく言う。
まだ日没は来ない。豊かな時間というのは、いつだって何かを待っているときに流れるものだと思う。
昔育てていたという尾長鶏の写真
取材先でお茶三杯もいただくとは
岩田さんちのほりごたつからはとにかく色んなものが見える。
部屋中いたるところにカレンダーが貼ってあるのは「取引先のをかざらないと悪いから」だそうだし、『身近な日本刀』という本は趣味の日本刀収集のものだ。
岩田さんは「趣味は5年で変えるのがいい」と言っていて、尾長鶏、日本刀、骨董を集めたり、今は菊の花だそうで、色々な写真を見せてくれた。
そうだ。そうして私たちは尾長鶏の尾を見ていたのだ。
黙って尾長鶏を見ているカメラ藤原
よなよなスカイツリーがライトアップされている所沢のブルーベリー畑
毎日ライトアップされている
北野スカイツリーは毎日ライトアップされている。
しかも本家スカイツリーにならい「雅」「粋」「凛」と日替わりで3種類テーマがあるらしい。
――ライトアップってクリスマスに家かざったりするあれを使ってるんですか?
小暮「そうです。最初はやるつもりじゃなかったんですが、足場を組んだときに『やるなら今しかないよ』って話になって」
――今どれくらいの人が見に来るんですか?
岩田「一日20人くらいはきてるよ。夜が多いね。写真撮りにくる人が多い。ヤンキー? 来るかと思ったけど来ないね」
自己責任の展望足場からは富士山が見える
この辺はお祭りがない
――すいません、そもそもなんですがこれ楽しいんですか
小暮「やっぱり楽しいですね、ものづくりはね。
この辺はお祭りとかないんですよ。あったとしても旧町のほうだから。町おこしっていったらあれですけど、こんな風にみんなで集まって何かやれたらって思いますね」
――次はなに作るんです?
小暮「何かやらないとなと思うけど、しばらくないですね。小学校やって、中学校やって……あとは岩田さんの銀婚式やりましょうよ(笑)」
投光器でのライトアップもある。企業でも自治体でも学校でもないのに、ここまでやる
所沢市北野にスカイツリーがある理由
旧い町ではないので祭りはない。
祭りはないがブルーインパルスが飛ぶ。竹を提供してくれる森がある。ブルーベリー畑を貸してくれる人がいるし、足場を組んでくれる大工さん、ヘビが作れるお母さんもいる。そして何か作ることの楽しさを知る人がたくさんいた。
北野中30周年記念で作ったと聞いたときは、はりきったOBのいる学校だな~と思ったが実態はちがった。
桑畑のとなりになぜスカイツリーが建ったのか。実際に見てわかった。これはここに建てられるべくして建てられたのだ。
ところでこのスカイツリー、いつとりこわしになってもおかしくないという。見るなら今のうちなので急いだほうがいい。
場所は北野小学校の南側の畑にある。
休憩してる人を見たことがないと言っていた。寒いからな。