バンドマンがソロ活動したくなる、あれと同じだと思う
それは「GPS地上絵」を描くという行為だ。
自分の移動した軌跡を記録できる「GPSロガー」を使って、歩くことで町に絵を描く「GPS地上絵」。これまでDPZで何回かその成果を記事にしてきた。
馬を描いたり、
ウサギを描いたり、
タツノオトシゴを描いたり。ぼくのライフワークだ。
ただ、これまでの絵は、知らない街で、大勢で描いてきた。で、振り返ればひとりで描いたことがない。やっぱり、こういうのってひとりで黙々とやるとまた違った感慨があるんじゃないだろうか。
バンドマンがソロ活動したくなる、あれと同じだと思う。ちがうか。
で、やってみたら確かに今までとは全然違う感じだった。なにはともあれ、そのソロ活動の成果をご覧いただこう。
かわいい。おとなしくお座りするこの子犬がいるのは銀座。北が下。画面右下しっぽのあたりが有楽町駅。見つめる先には築地市場。
かわいい!(自画自賛)まさか銀座にこんな子犬がいたとは。
そうなのだ、今回は銀座のど真ん中に地上絵を描いたのだ。よく知った街だ。千葉県民にとって最もなじみが深い東京の繁華街といったら銀座ではないか。渋谷や新宿は遠いんだよなー。
なぜ銀座を舞台に選んだのかというと、
伊東屋さんにそう頼まれたからだ。
そう、あの銀座の有名な文房具の名店、伊東屋だ。伊東屋さんは"
itoya post"というフリーマガジンを発行しているのだが、その第8号のテーマが「かく、みらい」。ちょっと変わった「かく」をやっている人間はいないかと編集さんが探して見つけたのがぼくということらしい。
つまりこれは「GPS地上絵師」としての初仕事なのだ。これでぼくも「プロの地上絵師」を名乗れるぞ!
ただ、銀座で地上絵ってほんと難しくて。まず道が碁盤の目なので、設計のとっかかりがなにもない。ドット絵のようにすれば何でも描けるといえば描けるんだけど、それじゃおもしろくない。
そういえばポール・オースターの小説「シティ・オブ・グラス」ではマンハッタンの碁盤の目を歩いて文字を書く、という場面があった。(上はコミック版「シティ・オブ・グラス」(ポール・オースター原作、デビッド・マッズケリ著、森田 由美子 翻訳、講談社)より)
良い地上絵は道筋に誘われるようにして描かれるべきものなのだ。「良い地上絵」ってなんだ。
つまり銀座やマンハッタンは地上絵に向いていない街なのだ。敬愛する伊東屋さんのオーダーでなければ断っていただろう。
しかし銀座に一箇所だけ「とっかかり」があった。三原橋だ。
ここ。銀座の地図見てると、どうしたってこの円が気になるってもんだ(
大きな地図で表示)
ここが鼻か眼か…と試行錯誤に悩み抜いた末(どれだけ悩んだかを書き綴るとそれだけで記事が埋まるので割愛。ただ、悩みすぎて夢の中にまで銀座の地図が出てきたことだけはお伝えしたい)、できたのが前出のお座りする子犬だ。しかもゴールが伊東屋さんの前という出来過ぎの設計に!狙ったわけではなくて偶然そうなったんだけど。ぼくには地上絵の神がついてるね!
ソロ活動開始!
さて、そして銀座の街をうろうろ歩き回って子犬を描く。今回の設計はこれまでのもので最小の全長800mほど。子犬としては大きな方だが、地上絵としてはかなり小さい。
で、よく知った銀座の街がだんだん変な感じになっていく。
スタートは後ろ脚の付け根。
そのスタート後ろ脚の付け根はちょうど地下鉄有楽町線の出口前。
ひとりっきりだと自分撮りが恥ずかしい。結果、なんとも腰の据わらないなポージングに。
知っていると思ったら、案外知らない
冒頭「ジャメヴュ」の話をした。今回のこの「ひとり地上絵」がどうジャメヴュに繋がるのかという結論から言ってしまおう。
地上絵はどこかの目的地に向かって歩いているわけではなく、ふだんの移動の論理とはまったく異なる動き方をする。そうするだけで、街のシーンの移り変わりに脈絡がなくなって、知らない街に見えるのだ。
ほんとだって。なんか大げさに聞こえるかもしれないけど、これほんと。
なんなら前ページの地図に従って、みなさんも歩いてみて欲しい。知らない銀座になるから。
というか、それ以前に、普段は歩かないところを歩かざるを得なくなって、単純にそれだけで新たな銀座を発見したりもする。
とくに路地。
スタート早々、「こんなところがあったのか!」という路地に。(
後ろ足の甲)
自分で設計しておきながら、現地に行くと「えっ!ここ行くの?!」ってことが頻繁に。(
子犬の背中のところ)
ここが背中なのか…
というか、ほんとうに行けるのか…?
行けるんだ…!
通り抜けた先ですこしぼうっとしてしまう。自分がいる場所の把握に時間がかかる。
口にふさわしく、飲食店が建ち並ぶ路地だ。
なんかいい感じのお店が。さてはこの子犬、いいとこの飼い犬だな!
ときにはこんなことも…
入れない…。地図では足の甲や背中と同じようなビルの隙間路地に見えたのだが…(
胸のあたり)
しょうがないので、一本となりの路地へ。あまり先を行くと胸が崩れる!
これはいいすきま!いい胸!
で、銀座を犬として見ながらこういう普段通らないところを行っていると、「ザ・銀座」的な大通りさえも知らない街のように見えてくるのだ。
たとえば4丁目交差点。
ぼくにとっては子犬の一部
いわゆる4丁目交差点。ザ・銀座だ。
いや、ほんとにこういう不思議な感覚になるんだよ。ほんとだって。
これはやっぱりひとりで黙々とやっているせいでもあるんだろうなー。
有楽町駅駅前も「
しっぽの先っぽ」にしか見えない。舗装石の丸いパターンが「しっぽの先っぽ感」を高めている。ナイス演出。
ふにゃふにゃの犬になったわけも銀座ならでは
ここまで読み進めてくださったみなさんの中には、設計図と実際描いたものとの描写にあまりに差があるのが気になっている方もいらっしゃるのではないか。
前記のように、行けるはずの道を行けなかった、という理由もあるが、全体的にふにゃふにゃなのは、GPSの精度が著しく悪いからだ。
それもまた銀座ならでは。
前出の「背中」のすきま路地。これでは衛星の電波も受け止められない。
どういうことかというと、空がひらけてないので、GPSの衛星からの電波がうまく受け止められないのだ。上のような隙間路地はもちろんのこと、背の高いビルが建ち並ぶ銀座でどうしても測位誤差が大きくなる。これはもうしょうがない。いままでの地上絵のできが比較的良かったのは、絵自体が大きいので誤差が気にならないことと、住宅街などでビルがあまりなかったことによるのだ。
あとは首都高の下とかも。高架が憎いと思ったのは初めてだ!
あと、デパートの渡り廊下とか!
でもまあ、設計時点では、碁盤の目でカクカクなっちゃってたものが、誤差のせいで子犬らしくまろやかなタッチになったと思っている。
一番のポイントであり、一番の難関、眼。
三原橋の特徴的な円。実は…
渡れないのは知っていたさ
さてさて、設計の段階でも気がついていたが、問題を先送りしていたことがある。設計のきっかけともなり、なにより絵としてもっとも気合いを入れなければならないはずの「眼」がそれである。
前述のように印象的な三原橋の円形。実は、ここは渡ることができない。円を描けないのだ。
この魅力的なカーブに沿って一周したいのだが…
一周したいのだが…
したいのだが…
だが…!
がーーー!
一瞬、本気で向こう側にGPSロガーをぶん投げようかと思った。
よりによって、眼がこのありさま。
車が途切れたところで渡ってしまおうか、ロガーを遠投しようか、と思ったがやめておいた。
無茶は禁物だ。
しょうがないので、またもや電波の入らない地下を行って横断することにする。
そう、三原橋地下街である。
この建物の丸みがそのまま犬の眼の丸み。
眼を縦に貫くように地下街が。
ほんのちいさな地下街。魅力的!
すてきな地下街なのでじっくり見て回りたいが、誤差がひどくなるといやなので早足で通過。ぐぬぬぬ…
この三原橋地下街、その名の通り、もともとは橋がかかっていたところなのだ。東京大空襲で大量にでた瓦礫の持って行き先として、ここにあった堀割が埋め立てられたという、
日本で二番目に古いという由緒正しい地下街なのだが、来年には取り壊されてなくなってしまう。
東銀座駅と銀座駅をつなぐ地下道が、この三原橋地下街を避けるようになっているのもおもしろい。
ともあれ、すこしでも眼を再現しようとがんばった結果、これまたけがの功名だが、測位誤差とあいまって、瞳とでも呼べそうな描写になったのだった。
縦の線が地下街の部分。誤差と相まって、なんだか潤んだ瞳に。これはこれでいい。(
大きな地図で表示)
なんとかジャメヴュ感を表現したくて
いまここまで書いてきたものを自分で読み返してみたんだけど、どうもうまくジャメヴュ感が伝わっていない気がする。無理か。むずかしいか。
しょうがないので、下のような動画を作ってみた。定期的に目線でシャッター切ってつなげ、地図表示をしたものだ。
どうだろう。だめか。
これはもう、みなさん実際に歩いてみてほしい。ぜひ。ひとりでもくもくと。
散歩がてらにやってみてください
ちょっとおもしろいかも、と思った方はぜひやってみてください。ほんとに。1時間ぐらいで、ちょうど散歩にいいと思いますよ。
せっかくなのでゴールの伊東屋さんで記念撮影、と思ったら閉店時間でした。しょうがないので、入り口脇の鏡で小さくポーズ。ひとりって撮影が恥ずかしい。