特集 2023年3月3日

気球を揚げるところを見たい!―つくば高層気象台見学

気球を見に行きました

世界各地で気象観測のための気球が毎日飛ばされているが、日本でも、全国各地の16ヶ所で毎日2回気球が飛ばされている。

16ヶ所で毎日2回?

え? 毎日? それってものすごい数じゃない? どういうこと?

鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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気象観測は観測データが命

気象予報をするうえで、たいせつなのは、各地の気温、風向風速、気圧、湿度……といった、観測データの積み重ねだ。過去の膨大な観測データのアーカイブと今現在の観測データを突き合わせて、はじめて天気がどうなるのかを予測することができる。

気象観測データは、気象予報の根幹といってもいいかもしれない。おいなりさんにとっての油揚げとか、河童にとっての皿みたいなものだろう。

そういった気象データのうち、地上の観測データは全国にあるアメダスによって自動的に観測され、気象庁が取りまとめて公開している。

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アメダスのデータ

観測データは、アメダスだけではない。現在では、気象衛星ひまわりからの衛星写真による画像データも非常に重要な観測データのひとつとなっている。

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衛星画像をぼーっと眺めるのたのしいですよね

さらに、アメダスの観測データ、気象衛星の観測データのほかにも「高層気象観測」という観測データもある。

高層気象観測とは、地上から上空約30kmまでの気圧、気温、湿度、風向・風速を計測するラジオゾンデと呼ばれる機器をつけた気球を、毎日2回放球(気球を揚げること)して観測しており、観測した結果は、気象庁のページで公開されている。

観測が終わったあとの気球はどうなってるのか。観測機器ってどんな形なのか。気になることがどんどんでてきてしまう。

そして、できれば気球をあげてるところを見てみたい。

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気象衛星のデータの次ぐらいに重要 

というわけで、つくばの高層気象台にやってきた。 

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後ろの砂ぼこりをみてほしい。この日はめちゃくちゃ風が強うございました

関東地方で、ラジオゾンデをあげているのは、つくばの高層気象台だけだ。

ちなみに、ラジオゾンデを人の手で毎日あげているところは、北から稚内、札幌、秋田、館野(つくば)、福岡、鹿児島、父島、南鳥島の8ヶ所(昭和基地を入れると9ヶ所)。機械が自動で飛ばしているところは、北から、釧路、輪島、松江、潮岬、八丈島、名瀬、南大東島、石垣島の8ヶ所だ。

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ラジオゾンデで高層の気象観測をしている地点

気球の放球は、毎日決まった時刻に行なっている。日本時刻の9時、21時の2回。これは、全世界で気球を打ち上げる時刻を合わせているためで、日本は、グリニッジ標準時の深夜0時と昼の12時から9時間ずれているため、この時間になっている。

ただし、9時の上空の状態を観測しなければならないので、その30分まえ8時30分には気球を飛揚(飛ばす)する。

そのため、その準備などを7時40分から開始する。ということは、取材するためには7時にはつくばに到着しなければいけない。

東京からだと始発に乗ってギリギリの時刻だが、気球をあげるところをぜひみてみたいので、頑張って行った。というか、ぼくは前日から泊りがけで行った。

で、なんとか間に合った。 

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右から、高層気象台の岩渕さん、DPZ編集部の林さん、ライター西村です(撮影はDPZ編集部の橋田さん)

気球を飛ばす時間を取材のためにずらしたりすることはできない。取材のために時間をずらすと、世界で時間を合わせている観測データと合わなくなり、正確でなくなってしまう。観測データが信頼できなくなると、そもそも気象予報の根幹がゆらいでしまう。

案内してくださった高層気象台の岩渕さんによると、特に高層気象台の観測データは「予報」をするうえでとても大切で、気象衛星からのデータの次ぐらいに重要な観測データだという。

ふだん、わたしたちが寒いとか暑いと感じたり、雨が降ったり風が吹いたりといったかたちで体感する「天気」は、ぜいぜい上空数百メートルぐらいまでの、地表面に近い部分の大気の状態でしかない。

この部分の天気は、ラジオゾンデで観測する上空10km〜30kmあたりの空気が、どれだけ冷たいのか、温かいのか、どれぐらい湿ってるのか、風がどの方向にどんな強さで吹いてるのかなどの状態にかなり影響される。

そのため、精度の高い気象予報をするためには、高層の気象観測データは必要不可欠になってくる。

気象予報において、高層の気象観測は非常に重要な仕事であるといってもよい。

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空の高さと気圧の変化、青線は気温。ちなみに、旅客機は地上10kmあたりを飛んでおり、外気温は-30℃ぐらいということになる。(『気象庁高層気象台』パンフレットより)
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 これがラジオゾンデだ!

ところで、さきほどから、ラジオゾンデ、ラジオゾンデと言っているものの、ラジオゾンデは、気球のことではない。観測機器の方のことをいう。

実際にラジオゾンデの実物を間近でみせてもらった。

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これがラジオゾンデだ。小さい上にものすごく軽い

ラジオゾンデは、発明者であるフランス人ロベール・ビュローが「radio(無線電波)」の英・仏語と、「sonde(探査する)」のドイツ語を合体させた造語だ。

医療用のゾンデ(尿道などの検査を行う細い管)には「消息子」という日本語があてられることもある。消息子は、消えた息子ではなく、消息・子、つまり様子を知る(探知する)ための端子といったところだろうか。ラジオゾンデを無理くりに日本語に直訳すると「無線消息子」となるかもしれない。なんかかっこいい。

この小さい発泡スチロールのケースの中に、観測用のセンサ(機械)と、GPSのチップ、電池、電波の発振器などが入っている。

実際、手に持たせてもらったが、めちゃくちゃ軽くて、小さい。

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めちゃくちゃ軽くて小さい。持ってるかどうかわからないぐらい

気象庁では、このラジオゾンデを気球につけて日本各地16ヶ所で毎日2回放球している。気球やラジオゾンデは使い捨てなので、日本国内だけでも、1日に32個、1ヶ月で約960個、1年で約1万個程度の気球が空を飛んでいる。実際には観測を増やしたり、機器の故障などで飛揚できない場合もあるので、年によって違いがあるらしい。

さらに世界では、800ヶ所で観測をしているので、単純に計算すると1年で約50万個の気球があがっていることになるが、実際に観測していない場所があったり、1日1回しか飛揚させてない場所、時々しか観測していない場所もあるので、実際は約50万個ほどと見積もられる。

気球での気象観測は、大正時代、1921年から、この館野(つくば市)で行なっている。
当時は、飛ばした気球を測風経緯儀(望遠鏡のような観測器)で3ヶ所から目視で追いかけ、風の強さと向きだけを計測していた。
目視による観測だったにも関わらず、今の気象データと遜色ない正確さで観測できていたという。

その後、自記気象計(観測データを紙に記録する機械)を付けた気球を飛ばし、上空の気圧、気温、湿度を記録し、地上に落ちた機械を回収するという観測を行なっていた。が、これは回収にかなり手間がかかるため、そんなに頻繁に行われることはなかった。

観測したデータを電波(ラジオ)で送信し記録できるラジオゾンデが、1930年頃に開発されると、日本では1938年に中央気象台(気象庁の前の組織)布佐出張所(現在の千葉県我孫子市)で観測を開始している。(館野の)高層気象台では1944年に観測を開始。そして戦後の1955年からはオゾンの観測も開始された。

ちなみに、気象庁では、日本の明星電気とフィンランドのヴァイサラという会社のラジオゾンデを使用している。

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今日飛ばす気球を準備する。気球は天然ゴムでできているため、分解される。パラシュートも生分解性の素材を使用している

飛ばした気球は、1秒ごと、高さで言えば約6メートル刻みに緯度経度と気象観測データを記録して気象台に送信しつつ、約90分で高度30kmに達し、気球が破裂して、観測を終えると約1時間ほどでパラシュートによってゆっくりと地上に落下する。

つくばで飛ばした気球は、よく飛ぶ場合は、冬はジェット気流に乗って300km近く移動するという。こういった場合は、概ね太平洋上に落下するが、夏場など風の弱い時は具合によっては、東京にも落ちることもある。

気象庁では、ラジオゾンデに連絡先を記載しており、拾った方から連絡をもらって回収している。欲しいと言われた場合は、電波を発射しないよう注意した上で、提供している。

岩渕さんによると、例えば学校の先生とかは授業で使う目的で保存したいという人もいるらしい。

自分で持っていても良いと聞くと、学校の先生ではないけれど、なんだか欲しくなってしまう。落下したラジオゾンデを拾いたい……。海岸に行けば落ちているだろうか。

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 正月でも台風でも毎日必ず飛ばす

ラジオゾンデは毎日飛ばしている。しかし、毎日続けるというのは、かなり難しい。特に気球を飛ばすというのは、並大抵の努力では続かいないだろう。

林:台風で横に飛ばされちゃうような時もありますよね?

岩渕:そうですね、手を離した瞬間、矢のように真横にすっ飛んで行っちゃうこともありますね。

西村:え、そういう場合はどうするんですか?

岩渕:頑張って揚げます。風速30m/sぐらいまでは揚げられますが、30を越えると失敗する率が極めて高くなりますね。めったに失敗することは無いんですが、失敗した場合はやり直して、飛ぶまでやります。

風速30m/s。これは予報用語でいう風の強さで「非常に強い風」のレベルで「細い木の幹が折れたり、根の張ってない木が倒れ始める」とか「屋根瓦、屋根葺材が飛散するものがある。固定されていないプレハブ小屋が移動、転倒する」というレベルだ。そんな中でも、気象庁は気球を飛ばす。

強烈なブリザードが吹くこともある南極の昭和基地では、失敗することもまれにあり、飛揚を断念することもあるらしいが、それでも基本的には毎日必ず揚げているという。

あくまで気球は飛ぶまでやる。ということらしい。

そうこうするうちに、先程ストックから取り出したラジオゾンデが、正確に計測できているかの検査が始まった。

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検査の様子はガラス越しに見学

ラジオゾンデの根本的な部分、センサーがきちんと動くのか。これがしっかり検査できてないと、気球を揚げても意味がないことになってしまう。

そんな話をしていると「ピロロロ……」とチャイムが鳴った。するといまラジオゾンデの検査をしている人がチャイムを止める。

これは、寝坊防止、または観測し忘れ防止のためのチャイムだそうだ。気球を揚げる準備をしている人は、このチャイムが鳴ったら止めて、今気球を準備しているひとがいることを報せなければいけない。

基本的に高層気象台で働いている人は、みんな気球を飛ばす作業はできて、誰かが緊急でできない場合でも、そこに居るだれかが代わりに気球を飛ばすことはできるようになっている。

岩渕さんの知る限り、人為的なミスで気球を飛ばし忘れたというようなことはない(つまり、寝坊や飛ばし忘れした人がいない! すごい!)らしいが、機械の不調で……ということはあったらしい。ただ、機械は性能がどんどん良くなっており、最近は機械の不調ということもあまりないという。

⏩ 次ページに続きます

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