若水汲み(若水迎え)のあれこれ
若水とは元日の日の出前に汲む水のことで、一年の邪気を祓う縁起のいいものとされている。若水は神前に供したあとでお茶を沸かしたり雑煮にしたりするそうだ。
水道が普及した現代において若水汲みは一般的な行事ではなくなったが、かつて井戸や川から生活用水を汲んでいた頃には全国的に行われていたらしい。
若水汲みは地域によってしきたりが異なるのだが、今回は宮崎県の高千穂町本組地区に伝わる形式のものを祖父に聞いた。
祖父の記憶によると、町内の若水汲みの風習は昭和30年ごろまで盛んだったらしい。祖父個人に関しては取材対応のために行うこともあったそうで、他の家庭がやめたあとも暫くは続けていたらしい。
日常生活では井戸の水を使っていたが、若水汲みのときには高千穂にある「天真名井(あめのまない)」と呼ばれる聖蹟から湧き出る神聖な水を汲んでいたとのことだ。
さて、祖父から聞いた若水汲みの手順は以下のようなものである。
【若水汲み】
①大晦日、鳶ノ米(とびのこめ)を作って柄杓と桶に取り付ける。
②元日の午前4~5時頃、家の中から選ばれた女性がひとりで柄杓と桶を持って水源に向かう。
③道中、他人とすれ違ったとき会話をしてはならない。
④水源についたら、二礼二拍手一礼で拝礼をする。
⑤拝礼のあと「あらたまの 年のはじめに 杓取りて よろずの宝 われぞ汲み取る」と唱える。
⑥水源から柄杓で若水を汲んで桶に溜める。
⑦鳶ノ米を水源の近くの木にくくりつけてお供えする。
⑧若水を家に持ち帰って神仏に供える。
⑨神様が召し上がった水を沸かして茶や雑煮にする。
かなり凝っている。かっちり決まり事がある。
水道の普及とともに若水汲みの風習が廃れていったという見方もあるようだが、それはそれとして、合理化の波に流されるべくして流されていった文化という気もする。
生活の形態が大きく変わっていくなかで、水一つ汲むのにここまで手間を掛けるのが面倒くさくなっちゃったんじゃないか。
蛇口をひねればその年の初めの水は簡単に出てくるわけだから。「昔の人」がみんな忍耐強く清廉で勤勉な人たちだと思ってはいけない。きっとぐうたらだよ。
鳶ノ米(とびのこめ)をつくる
それでは、やり方がわかったところで早速準備にとりかかろう。はじめに「鳶ノ米(とびのこめ)」なるものを作らなければならない。
紙で米を包んだものを紐で縛り、飾り付けにユズリハという木の葉っぱを差し込んだ縁起物のことを高千穂では鳶ノ米と呼ぶ。
順を追って説明すると、まず形状が鳥のトビ(鳶)をあらわしているらしい。トビは天高く舞い上がることから立身出世の利益があるということだ。
ユズリハという植物は、新芽の時期になると入れ替わるように古い葉が落ちることで知られている。その生態を親から子・子から孫へと代々家系が続いていくことになぞらえて、家が繁栄する縁起物と捉えられてきた。
鳶ノ米は若水汲みだけのものではなく、大晦日に鳶ノ米をいくつか用意して農機具や牛小屋など農具にくくりつけ、日々の恵みに感謝しつつ今後の発展を祈るという文化があったそうだ。
ユズリハの葉さえ手に入れば、鳶ノ米をつくるのは簡単である。
ちなみに「日頃使っている道具に取り付けるものだから、僕だったらパソコンにくくりつけてもいいんですよね?」と祖父に聞いてみたら愛想笑いされた。スベった。そういうことでもないらしい。
若水汲みでは、鳶ノ米を2つ作って柄杓と桶にそれぞれくくりつける。これが大晦日に行う事前の準備である。