次の日のドラマ
家に帰るまでが遠足であるように、体が回復するまでがフルマラソンなのだ。次の日の体の痛さは予想していた以上でもうなんだか面白かった。ただ日頃の練習のおかげだろうか、さらに次の日には動けるようになっていた。体って不思議だ。
次の日というものがある。ウルトラマンが怪獣を倒した次の日は何をしているのだろうか。もっとスペシウム光線のタイミングが早くてもよかったな、的なことを思っているかもしれない。多くは次の日をレポートしない。
マラソン大会もそうだ。大会の様子は伝えるけれど、あるいは大会前の調整も伝えるけれど、次の日はあまりレポートしていない。そこでフルマラソン初心者の大会次の日の、体の動かなさをレポートしたいと思う。
フルマラソンを初めて走った。半年ほど練習していたけれど、フルマラソンの距離を走ったのは初めてでとてもキツかった。そんな距離を走り続けたことは人生で一度もないのだ(途中歩いたけど)。結果、5時間半という平凡なタイムで完走した。
走った日はレースが終わってからも、疲れているけれど、特に変わったことはなかった。脇ずれや乳首ずれ、爪が剥がれるなどは起きていたけれど、興奮のせいなのか、レースの日は走り終わったあともバンバン動くことができた。
問題は「次の日」なのだ。なんだろう、前日が嘘のように身体中が痛く、もう歩けないほどなのだ。フルマラソン初心者だから起きることだろう。練習で10キロとかは普段から走っていたのに、フルマラソンの翌日は起き上がれないほどなのだ。
歩き始めたばかりの子供はヨチヨチ歩く。まさにそんな感じ。あんよが上手、と褒められそうな歩きなのだ。歩幅は異常に狭い。股関節や膝が痛くて、いつもの歩幅では歩くことができないのだ。
腰に手を当てているのは、「脇ずれ」で閉めると痛いからだ。脇に空間を作らねばならない。そのせいか若干偉そうだ。さらに姿勢をよくすることができない。腰が痛いというのもあるけれど、「乳首ずれ」で服と乳首の間に空間を作りたいからだ。
フルマラソン翌日のダメージが上記のような感じだ。フルマラソンが如何に体に負担をかけているのかわかる。あるいは普段如何に体を鍛えていないかの結果だ。内側が痛いといのは筋肉痛ではない気がする。骨的な、腱的な部分が痛いのだ。
マラソン大会のゲストランナーであるエリック・ワイナイナ選手と同じホテルで、私の歩いている姿を見て、「かわいそう」と言ってくれた。もちろんエリック・ワイナイナ選手は走ってないかのような爽やかさだった。やはり初心者だけがなるのだ。
階段って一段一段がこんなに高かったけ? となる。ふざけているのではなく、本当に無理なのだ。普通に歩くのも難しく、さらに段差。前日にフルマラソンを走れていたことが信じられない。痛くて、痛くて無理なのだ。
トコトコ歩く感じがゼンマイ式のおもちゃみたいだ。でも、こうしなければ前に歩みを進めることができない。腰に手を当てているので若干偉そうにも感じるけれど、痛いからだ。脇ずれが痛いのだ。乳首ずれも痛い。
脇ずれや肩が痛いのは、走っている時に緊張状態にあるからではないかと思う。初フルマラソンという緊張がここにも来るのだ。筋肉痛がないのは日頃の練習の成果だ。どちらにしろ痛いけど。
前日のレースでは、あるいはそれまでの練習では1キロを遅くとも5分ペースで走ってなど、とにかくタイムを気にしていた。普段の練習ではタイムが遅くなるとイライラするくらい、ストイックに頑張っていた。でも、レース次の日は違う。
股ずれは起きなかったけれど、股関節が痛くて、ガニ股のように歩かなければ痛い。アリクイが威嚇する時のポーズに似ている。もしかしてアリクイも体が痛いのではないだろうか。大きな違いはアリクイのように可愛くないこと。むしろふてぶてしい。
脇を閉めると痛いので、常に空間を作ることで、とても偉そうに見える。そして、車って速いな、これでフルマラソン走りたかったな、と今までの頑張りを無にするようなことを考えていた。
足の爪も左右の人差し指が剥がれている。剥がれるというか浮いている感じだ。当然痛いのだけれど、他の痛みに比べれば耐えられるものだった。普通なら爪が浮いたらめちゃくちゃ痛いのに相対的に痛みを感じない。他の痛みの壮絶さがわかると思う。
ばんえい競馬場にやってきた。勝負するためだ。ばんえい競馬は重りの乗ったソリを馬が引き競争する競馬だ。重りは500キロほどで。コースは200m。普通の競馬だと200mは12秒ほどで走ってしまい勝負にならないけれど、ばんえい競馬ならわからない。
なぜなら、ばんえい競馬は200mを2分ほどかけて走るからだ。観客も馬の速さに合わせてスタートからゴールまで移動しながら観戦する。つまり人間の方が通常ならば速いのだ。重りもないしね。では、マラソンの次の日の私はどうだろうか。
本日の自分の歩くスピードのタイムは測っていないけれど、さすがに勝てるのではないかと思う。フルマラソンを1キロ7分半ペースで走っていたので200mは1分半。馬は200mで私がフルマラソンを走ったとしても、私の勝ちなのだ。さすがに勝てるのではないだろうか。
めちゃくちゃ本気で走ったけれど、負けた。本気で負けた。だって、いつも通り歩けないのだ。身体中が痛いのだ。初めてのフルマラソンの次の日がこんな1日になるなんて知らなかった。体鍛えている人ってすごいんだな、と心から思った。
家に帰るまでが遠足であるように、体が回復するまでがフルマラソンなのだ。次の日の体の痛さは予想していた以上でもうなんだか面白かった。ただ日頃の練習のおかげだろうか、さらに次の日には動けるようになっていた。体って不思議だ。
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