ライン一本引くにも理由がある
体育館のラインに秘められた事情を知ると、もう「なんだかたくさんラインがあるなぁ」みたいな思いにならない。一本一本ちゃんと理由があるのだ。噛みしめよう。
いま一番気になるのは、うちの子どもたちの通う小中学校の体育館がどうなっているかです。どのラインが一番上に来てるんだろうなぁ。
取材協力:青野スポーツ施設株式会社
今年の春、娘が小学校を卒業して中学校に入学した。
卒業式も入学式もそれぞれ体育館で行われる。厳かな雰囲気のなか、パイプ椅子に座ってふと思った。
そういえば床に引いてあるライン。何色がなんのコートなんだろう?
運動が苦手なので体育が嫌いだった。当然、体育館にもいい思い出がない。
だが、大人になってから訪れる体育館はなんか好きだ。だだっぴろい空間。背筋が伸びるほどの高さの天井。そしてそこに挟まっているバレーボール。
主観から客観になることで体育館について冷静になれる。体育館は遠きにありて思うものなのかもしれない。
あらためて体育館の床を見ると、色とりどりのラインが引いてある。
そういえばバレーとかバスケとか、このラインに沿ってコートを設けていた。でもごちゃごちゃでよくわからない。なにがなんのラインなんだろう。
子供のころから「なんかたくさん線があるなぁ」と思ってけど、疑問を放置したまま大人になってしまった。こうなったら疑問を回収しよう。それが大人の役目だ。
取材に同行した古賀さんも僕も、全くスポーツに明るくない。なのでこれから先、スポーツ経験者のみなさんにとっては「そらそやで」という内容に「へ~!」と言っている可能性が大いにある。先にお断りしておきたい。
さて、永尾さんは最初に図面を見せてくれた。都内のある小学校の体育館で、床の改修工事を行ったときのもの。「コートライン図」という、まさに今回の疑問に直球の図面である。
そうだったそうだった。これくらい密集してるんだった。なんだか騙し絵みたいだ。「動物が一匹隠れています」と言われたら真剣に探すだろう。
こうしたラインって、青野スポーツ施設さんが決めるんですか?
永尾さん:私たちが決めることはほぼないですね。このケースは役所から「こういうラインにしたい」と指定されたものです。色やラインを塗る順番も決まっているんですよ。
ラインの上に他のラインがかぶると、その部分が途切れてしまう。かぶった部分が増えれば、コートが見えにくい。
逆に言えば、一番上にあるラインは誰にも邪魔されないので、コートが見えやすい。
そんなわけで、最も使うコートのラインを一番上に、そんなに使わないコートのラインを一番下にするよう、あらかじめ決めているそうなのだ。知らなかった!
体育館のラインを観察すると、その施設がどのスポーツを最も重要視しているかわかるのだ。また新たな視点を手に入れてしまった。
言われてみれば1つの体育館に5個も6個もコートがあるのだから、重なりに気を使わねばならぬは当然だ。ギュウギュウですもんね。
ちなみに、最大で何種類のコートまで描けるんですか?
永尾さん:そもそもラインの塗料自体が8種類くらいなんですね。赤、青、緑、黄色、水色、白のほかに……黒と……オレンジか灰色だったような。普段描くのは多くて6種類ほどなので、そこまではめったに使いませんね。
緑と黄色を混ぜてオリジナルの黄緑とかできないかな、と思ったが、製品として色が決まっているので現場で作ったりはしないとのこと。そりゃそうですよね。
永尾さん:ラインは専門の職人さんが描いています。当たり前ですけど、上手なんですよ。円の部分も大きなコンパスみたいな道具できれいに描くんです。僕らには絶対真似できないですね。
重なりや色のほかにも、まだ気にせねばならないことがある。「ルール」だ。
それぞれのスポーツには協会や連盟があり、ルールをきちんと決めている。そこには「コートの寸法」や「ラインの太さ」まで規定があり、体育館のラインもその規定を遵守せねばならない。
テニス、ハンドボール、フットサル、ドッチボールまであった。バレーボールひとつとっても「6人制」と「9人制」と「ソフトバレー」で全部コートがわかれる。体育館で行うスポーツってそんなに種類があるのか。
永尾さん:ルール変更で、コートのサイズが変わることもあるんですよ。たとえば、バスケットボールのコートが何年か前に形が変わりましたね。「○年○月からこのルールに変更」って期限が決まっているんで、このときは「ラインを直したい」という依頼が一斉に来ました。
待てよ。「ラインを直したい」って言われても、そんなに簡単に変えられるものなのだろうか。
だってさっき、職人さんが丁寧に塗料を塗っていたじゃないですか。あれってベリベリ剥がれるものじゃないですよね?
永尾さん:表面を削って描き直すんです。そもそも、リニューアル工事でも床の研磨を行うんですよ。割れたり欠けたりした床板を取り替えるんですが、そのままでは新旧の床板で色が異なりますよね。そこで床全体を研磨して一度きれいにならすんです。磨くと同時にラインも消えてしまうんで、改めて描き直します。
床のリニューアル中は体育館が使えなくなるので、工事は夏休みや冬休みに集中するとのこと。また、学校関連の工事はお役所仕事でもあるので、年度末も忙しいらしい。さらにゴールデンウィークなどの連休は企業が保有するスポーツ施設から依頼もある。いやはや大変だ。
聞けば、青野スポーツ施設さんは、体育館よりもグラウンド整備の事例が多いらしい。最近は人工芝のグラウンドも増えているという。
そういえば人工芝のグラウンドにも白いラインが引いてある。あれも塗っているのかな、と思ったら、ラインの部分だけ「白い人工芝」を植えているのだった。
永尾さん:緑の人工芝のあいだに、白の人工芝をラインになるように置くんです。めったにないですけど、ルールが変わって「10cmズラす」みたいなことになったら、人工芝を切って貼ってをまたやりなおすので……大変でしょうね。
想像するだけで気が遠くなる。「明日から陸上のトラックは渦巻き型になります」みたいにならないことを祈りたい。
体育館のラインに秘められた事情を知ると、もう「なんだかたくさんラインがあるなぁ」みたいな思いにならない。一本一本ちゃんと理由があるのだ。噛みしめよう。
いま一番気になるのは、うちの子どもたちの通う小中学校の体育館がどうなっているかです。どのラインが一番上に来てるんだろうなぁ。
取材協力:青野スポーツ施設株式会社
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