実は教育的だった
これは2016年に開催したヘボコン世界大会の映像だ。
ここでも紹介があるとおりヘボコンは海外でも多数開催されていて、じつはその半分くらいが、教育目的の開催なのだ。場所は学校や科学館など。科学教育の現場で、「子供でもできて、楽しめるエンジニアリング(工学)」として重宝されている。
日本では創始者である僕がもっぱら冗談のショーとして開催してきたが、今回は縁あってお招きいただき、初めて教育目的で小学校の授業としてやってみることになった。その経緯はまたのちほどくわしく。
小学校の圧倒的なよさ
やってきたのは杉並区立和田小学校。この学校の4年2組の総合学習の授業で、ヘボコンをやる。
授業は午後からなのだが、準備などもあって午前中に学校へ到着。
昇降口に立つと、見学者(保護者の見学可だった)向けにこのような看板が立っていた。
わかる。保護者に「ヘボコン」を説明するための労力と、一見誤解されがちな「ヘボい」のワードを教育現場に持ち込むきわどさ。それを運用上ギリギリのところで回避していくとこうなる。
和田小は僕にとっては母校でもなんでもないのだが、それにしたって小学校というのはめちゃくちゃに「よさ」のある場所だった。歴史のある学校なので学校内のいたるものが歴代の卒業記念品であり、そういえば学校というのはこうやって、卒業記念から壁のへこみにいたるまで、歴代の卒業生の足跡がごろごろと転がっている場所だった。
あの頃との違いといえば、OHPがプロジェクターになったくらいである。
そして授業では、もうひとつ、この部屋も使う。
こっちはさすがにいろいろと変わっていて、僕の時代はパソコンがデスクトップPCだったが、いまでは全機タブレットPCである。
こんな感じで授業準備もそこそこに、校内のいろんなところを見せてもらったのだった。
給食に極まる
記事の執筆にあたって、授業を手伝ってくれたもう一人のヘボコン担当・古賀に写真を送ってもらったところ、ものすごい接写の写真が入っていたので貼ってみた。いもごはんに興奮しているのだ。
古賀本人の表情はあいにくおさえていないが、それ抜きにしても伝わってくる高揚感。
大人になってから食べる給食、やはり、感極まるものがあるのだ。
そしてそんな給食タイム、さらに興奮する事態があった。
給食といえば牛乳、牛乳といえば飲み終わった後にパックをたたんで返却するあの独特のマナーである。あれを外国人に教えるという経験、経験者は本職の教師の方でもそれほど多くないに違いない。人生の実績解除だ。
ちなみに突然登場したこの2人は、Micro:bit教育財団のCEO・ガレスさん(右)と、アジア統括のワリスさん(左)。本日のスペシャルゲストである。
マイクロビットとは
micro:bitというのは世界中で使われている教育用マイコンボードの名前で、教育用としては定番の部品だ。最初は英国のBBCが作って国内の学校に配布していたのだけど、その後、財団が設立されて、今では世界中を対象にIT教育活動やその支援を展開している。その代表者が来日するというので(今回、部品提供もしていただいた switch education の招聘で)、この数日間にいくつかのイベントが組まれた。そのうちの一つが、ヘボコンの授業だったわけである。恐れ多い…!
そういうわけで、今回はmicro:bitを使ってロボットを作る。本当のヘボコンならハイテクノロジーペナルティもの(マイコンなど高度な技術を使うことは禁止されている)だが、今回は日本の未来への投資ということで、大目に見てもらおう。
うまくプログラミングすることで、micro:bitの表面についているLEDで文字や表情を表示したり、サーボモーターで棒を振ったりできる。プログラム次第で振り方もいろいろカスタマイズできて、工夫しがいがあるようになっている。(よし、「プログラミング教育」の名目はクリア!)
といっても授業では、そこから始めると2時間のコマ数ではやりきれないので、プログラミングのところはあらかじめ別の時間にやっておいてもらった。
ちなみにその授業をやってくれたのが、今回の授業に僕を呼んでくれた阿部さん。NHKの教育番組「Why!?プログラミング」のプログラミング監修を務めるほか、以前一緒にワークショップをやらせてもらったこともある。(→悪の電子工作を子供に教える)
子供たちも前のめり
さて前置きが長くなった。給食を食べ終えて教室に移動すると、すでに子供たちはヘボコンに向けてスタンバイ万全であった。
これらを組み合わせて、最強の戦闘用ロボットを作るのが目的である。
まずは座学から
そして、チャイムが鳴り、いよいよ授業が始まる!
まず最初に僕が今回使う部品(電車、micro:bit)の説明をして、そしてそれでいかに武装するかというストラテジーを教えた。
そしてノウハウを十分に蓄えたところで、いよいよ班に分かれて、制作タイムに突入。
すでにあることの難しさ
とはいえ、講義を実践に移すのはなかなか難しい。
今回のポイントは、授業が始まった時点で、「ロボットがかなりできている」ところであった。
なんでも、前回の阿部先生の授業からずいぶん子供たちはヘボコンのことを楽しみにしていて、待ちきれずにかなり作ってしまったそうなのだ。
しかしこれらは電車やmicro:bitを積んでいない、ただの紙製。しかもそれらを積むことの想定すらされてないのだ。いざ授業が始まって部品を積んでみるとロボットたちはたいていうまく動けず、というかそもそも積む場所がない場合も多く、結果的に大半の班で大幅な設計の見直しを迫られることになる。
このワチャワチャ具合が現場で見ているとめちゃくちゃにおもしろい。これぞヘボコンの醍醐味であろう。しかしながらいざ授業という場でこれが起きてみると、こうやって試行錯誤していくこと自体が教育であって、なるほどヘボコンとは教育だったのかもしれない……。などという気になってくるのが不思議である。
モヤ~っとできてくる
そうこうしているうちに、混沌の海からなんとなく原初のロボットの形が見えてきた。
小学生のグループ制作は不思議だ。班でしっかりと話し合って協議のうえで進めているという感じではないし、誰かがリーダーシップをとってバーッと仕上げるでもない。みんなただワイワイ言い合ったり、ワチャワチャしたり、かと思えば勝手にひとりで何かを作ったりしているうちに、なんとなくモヤ~っと「班の作品」が浮かび上がってくる。
小学生なりのプロトタイピング
そんな中、いっこだけ、ロボットを作ってもらう際に注意してもらったことがある。それは「作りこまない」ことだ。
作るうえで工夫したり凝ったりはもちろんしてほしいんだけど、それに夢中になってしまうあまり時間ギリギリでようやく作り終わる、というのが放っておいた時の子供のペースだ。そして「できた!」と思っていざ動かしてみると、ぜんぜん前に進まない。こんなことになりがちだ。
そうじゃなくて、ちょっと作って動かす。ダメだったら改良して、また動かす。1回で完成を狙わないで、改良の積み重ねで進めていけば、時間のない中でもなんとなく動くものができていくのだった。
試作品を積み重ねる、いわばプロトタイピングだ。
いやまて。本来であれば、全然動かさずに「こう動くはず」だけで完全に作りこんでいざ動かすと全く動かないようなロボット、それらはヘボコン的には大変いとおしいのだ。しかし今回ばかりは、子供たちに動くものを作らせてあげたい、学びを与えたい、という欲がそれに打ち勝ってしまった…!学校に潜む魔物の仕業である。
そしてついにトーナメント
さてそうこうしているうちに、時間も少なくなってきた。「はい、時間切れ―」「まだできてない~」「じゃああと5分!」を繰り返すこと2回。このやりとりが「学校!」という感じでテンション上がった。
そしてついに試合である。
以下、6体のロボットたちによる、全5試合の様子を簡単にご紹介したい。手前のロボが先に紹介する方です。ロボット相撲なので、相手を押し出したり倒したりしたら勝ち。
優勝は「ヘボイロボット」。「初速で攻めて判定勝ちに持ち込む」作戦が功を奏しての優勝。
じつは初戦の途中までmicro:bitで動くしっぽを付けていたのだが、戦況を見てmicro:bitごともぎ取るという荒業を披露。結果的に軽量化され、初速の強化につながった。micro:bitを捨てたことが優勝につながったという事実、ゲストのMicro:bit財団のおふたりの心中は察するに余りある。
そしてヘボコンにおいて最も名誉あるのは、優勝よりも最ヘボ賞!今回は僕が選定ということで、このロボを選ばせてもらった。
変な名前で慕われる嬉しさ
というわけで、初めて小学校で授業をした話だった。
授業のはじめには「ヘボコンマスター」(ヘボコンを始めた当初に僕が「ポケモンマスター」をもじって考えた肩書だ)なんて珍妙な自己紹介で登場、誰だこの猫背のおっさんはという感じなのだが、それでも子供たちはピュアに慕ってくれて、制作中になにか困ったことがあると「マスター!」とかいって聞きに来るのだ。
それで例えばモーターの取り付け位置を相談してくるのだが、そもそも取り付ける先の機体が触った瞬間に崩れそうな感じなので、モーターの取り付けどころではない。そういう一問一答で済まないところをどうしたらいいか一緒に考えていく面白さがあった。
あと単純に、自分の考えたイベントがこうやって子供に未来を与えている(のかどうか実際わからないけど、なんかそういう感じになっている)のが良い。自分にも未来のためにできることがあったのか、と思う。
実は4年生は3クラスあるということで、あと2クラス分の授業を1月にやることになっている。
とはいえヘボコンなのであんまりシリアスになりすぎず、楽しんでやっていくぞ!という気持ちである。
あと、このあとMicro:bit財団から、和田小にmicro:bitがたくさん贈呈されたそうです。きっとヘボコンに感動したに違いないな。