捨てられた椅子に座り続ける男・スミマサノリ
今回の主役は、当サイトを昔から知っているならご存じの方も多い、スミマサノリさん(以降・住さん)だ。
住さんは今はあまり書かなくなっているが、このデイリーポータルZでライターとしてとても活躍しており、私はライターになる前、読者でありファンだった。
住さんはヘンテコな記事(記事一覧はこちら)を書く大先輩なのである。とても尊敬している。
※デイリーポータルZでは「住正徳」で書いていて、クリエイターや俳優として活動する際は「スミマサノリ」と使い分けているそうです。
レシートで川柳を詠んじゃうあたりも住さんらしい。捨てられた椅子の写真収集もそうだが、日常にちょっとした楽しみを入れ込んじゃうプロである。
「コンビニのレシートで川柳を詠む」
ちなみに今はデイリーポータルZのYouTubeチャンネル「プープーTV」などに出演中だ。ほか、ドラマに出たりラジオのパーソナリティをしたり、いろいろ活躍されている方である。
普通はそんなに見つけられない「捨てられた椅子」
捨て椅子写真では、住さんのポージングや表情も面白いのだが、椅子のバリエーションの豊富さ、表情がたまらない。私も捨てられた椅子を見つけたら真似して写真を撮り、住さんに報告していた。
一言で言ってしまえばゴミに座るだけの行為なのだが、これが、まるで宝物を見つけたかのように、発見すると嬉しいのだ。
お、今日はこんな椅子か、という椅子への興味もあるし、これから無くなるものへのはかなさなども感じる。ゴミが宝物に思えるなんて、素晴らしいことじゃないか。
インスタの更新が異常な早さで少し怖く感じるように
私も街歩きが大好きで、いつもキョロキョロしている方だ。
たとえば、今ではとても珍しいものとなってしまった「お酒の自販機」や、変わった三角コーンの写真を集めたり、まあとにかく街を歩きながら出会う偶然性の楽しさは本当に、とても共感している。
しかし、住さんのインスタグラムを改めて眺めていると、捨てられた椅子の写真の数が異常に多い…、それにペースも異常に早いな…、と徐々に恐怖心が芽生え始めた。
住さんのインスタグラムはこちら。
年末、取材の依頼をすると住さんは快くOKしてくれた。
このときは1000脚まで残り100程あったので、まだまだ先の話だろう、と思っていたが、インスタグラムにはどんどこ住さんの捨て椅子シリーズがアップされ、あっという間にその日が近づいてきてしまった。
1日で一気に数脚見つけてしまうなど、ものすごいスピードで更新していくため、私を呼ぶ前に到達してしまうのでは、という不安がつのった。
しかしちょうど1週間前、メッセージがきた。「今日4つ見つけてしまい、997まできました。今週中に行けちゃいそうです」と。1日に4つって!私が何年かのうちに見つけた捨て椅子の数と一緒だ。
そして、私はふだん会社員をしているため土日しか取材に行けない。
土曜日まであと3日もあるぞ。
住さんは、椅子に動かされている
このやりとりで、住さんに対しての恐怖心がはっきりとなったのを感じた。
私は先述したように街でキョロキョロしているタイプだが、そんなに捨てられた椅子は見かけるものではないからだ。
住さんは、完全に椅子に動かされている。
本人は自分が主導権をにぎってこの活動をしているつもりのようなのだが、私から見たら逆だ。
動けない椅子たちに、完全に呼ばれてしまっているのだ。
私も偶然性を愛する人間として、もし土曜日が来る前に捨てられた椅子に出会ってしまったなら、それは仕方がないから、最悪1000脚目に立ち会えないことを覚悟した。
ただ、あくまで私の要望として「住さん、なるべく出歩かないでください。もし外出するときは目を細めて歩いてください」と伝えておいた。
住さんも「ちょうど作業がたてこんでるから引きこもります」と返信してくれた。
そのためこの3日間は、住さんから緊急招集がかからないことを祈りながら過ごした。
そして3日後、緊急招集はないままなんとかその日を迎えることができた。
キリ番に撮影する男・中村さん
そして2022年3月5日(土)の朝9時。
椅子に憑りつかれた男・住さんと、カメラが趣味のお友達・中村さんと集合した。
中村さんは180万円もするカメラを買っちゃうほどの人である。
100単位のキリ番のとき(都合がどうしてもつかない時以外は)、住さんと椅子の記念の姿をバシっと写真におさめている。
お二人は、外見はとてもダンディだなあと思うし、落ち着いた雰囲気の素敵な方々だ。想像にはなるが、仕事人として普段は立派な立場の人たちだろう。
でもこれからやることは「ゴミに座る人と、それを撮る人」である。
中村さんは、住さんの捨てられた椅子への熱意を聞き(後述するが、住さんが調子に乗って捨て椅子に「諸行無常を感じる」的なことをいう言葉)、なぜだか自分も使命感を感じて、それ以来撮り続けることになったのだそうだ。
つまり捨てられた椅子に憑りつかれた男に憑りつかれてしまった男なんである。
「今日は2時間以上歩くことになるかもしれないし、見つけられないかもしれませんが大丈夫ですか?」と聞かれたが、こちらとしては望むところである。
歩くのは大好きだし、その間にたくさん聞きたいことがあるのだ。
それではいざ、捨て椅子1000脚目探しスタート!
信号待ち抜かしたら見つけるまで5分
「小堺さんさすが、(運)持ってますね~!」と住さんが笑いながら言う。
いやいやいやいや!
確かに私は運頼みの企画が多くて、自分はこういう時ついてる方だと思うし、今日も見つけられる自信はどこかにあった。
でもこんなに早く見つかるのは…なんかちがう。こわい!
驚きすぎて動けない私を置いて、ズンズンすすむとりつかれた男たち。
「1000脚目は豪華なのいきたかった気もするけど、結局こういうのがリアルでいいですね」「かわいいですね」と嬉しそうに椅子を撫でていた。
まだまだ現役として使える、しっかりとした椅子だった。座るところはフカフカだし、折りたためられるし、持ち帰りたいくらいだった。
では始めますか、と上着を脱ぐ住さんと、撮影のスタンバイをする中村さん。
はしゃぐでもなく、淡々と撮影するお二人。
人が来ると「すみません、どうぞ通ってください」と会釈をする。
やっていることは置いておいて、さすが大人の身のこなしだ。
でも分かる、すごく楽しそうなのが。
私からのお祝いサプライズ
一通り撮影を終えたようだったので、今度は私の出番である。
前日の真夜中に思いついて急遽ドンキで買ってきたプレゼントがあるのだ。
この写真だけでもお酒呑めますよね。
この椅子の持ち主がどういういきさつでこの椅子を買い、どんな時に座り、どんな人たちの役に立ったのだろう。
勝手な想像でしかないのに、危うく涙が出そうである。
最後にシャンパン型のクラッカーで盛大にお祝いしよう。
御覧のとおり、動画撮影は失敗した。
最初私がうっかり住さんにクラッカーを向けると「こわいこわい!」と言うのでずらした結果、飛び出たキラキラが完全にフレームアウトしてしまったのだ。
次回の2000脚のお祝いの時は成功するように練習しとこう。
見つけるのに5分、撮影に40分
結局撮影に40分もかけていた。
とはいえまだ朝10時。
いつも撮影のあとに喫茶店で写真選びをするというのでついていった。
ではここからは、これまで撮ってきた思い出の椅子写真や、中村さんが180万のカメラで撮った写真を見ながら住さんにインタビューしよう。
捨て椅子インタビュー
小堺:1000脚のなかで、どれが一番良かったとかって選べます?
住さん:そうなると、やっぱり1脚目が思い出深いですね。
住さん:この時はまだ、集めようとは思ってなかったんですよね。実際2脚目に座ったのは半年後でしたし。
小堺:まだ普通の人の感覚だったんですね。そういえば、私もたまーに道に椅子が置いてあるのを見つけると写真を撮ることはありました。本来は家の中にある椅子が外にあると、それだけで絵になるというか・・・だから意外と道端で見つけた椅子の写真を撮る人はいると思うんです。でも、「座って撮ってみよう」という発想が全くなくて。
住さん:確かにそうですよね、ゴミだから汚いのかなというイメージもあるでしょうし。でも、毎回思うんですけど、ほとんどがキレイなものなんですよ。壊れてないし、まだまだ使えるものばかり。座れないレベルのものは1~2脚だけでした。
小堺:やっぱり引っ越しを機会に変えるんですかね。個人だけでなくオフィスとか。
住さん:もちろんそれもあるだろうけど、ここ最近増えてるんですよ。コロナで在宅時間が長くなって、より座り心地の良い椅子にみんな変えてるんじゃないかなって。
小堺:なるほど、、捨て椅子でそういう所も見えてくるんですね。
住さん:でもこれが海外となるとまた違うんですよ。コロナが流行る前ですけど、海外で出会った捨てられた椅子はボロボロなのばかりで。
小堺:本当に役目を終えた椅子が捨てられるんですね。
小堺:この写真、現地の人っぽくなってていいですね。
住さん:そうなんです、海外のも集めたいですね。実際、台湾の方からも捨てられた椅子の情報が送られてきたりしてて。海外にまた気軽に行けるようになったら行きたいですね。
小堺:いろんな国の捨てられた椅子、興味深いです!マッピングしたり、どの時間に発見したとか、見つけられた数とか、統計もとっていってほしい。もう民俗学ですね(適当に言ってます)。
小堺:これは私の勝手な想像なんですけどね。住さんって、人たらしで女好きじゃないですか。(否定はしない住さん。)で、捨てられた椅子に座る行為って、もしかしたら女好きに少し通ずるもの感じてたりしませんか? いろんな女性と会いたい気持ち=いろんな椅子に会いたい気持ちが似てる、みたいな。
住さん:たしかに…!若い頃は女性に向いていた興味が、いま椅子に向かっていますよね。男(持ち主)に捨てられた女性(椅子)を最後は俺が幸せにする。お前はいい女だった…みたいな。最後のお役目です。
小堺:でも、写真撮ったらそれで終わりでやっぱりその椅子は捨てられるんでよね。なんかそれも切ないけれども笑。でも、最後の思い出にはなりますね。
(もしかしたら住さんには成仏したい女性(椅子)たちが憑りついているのかも…と腑に落ちた)
小堺:そういえば、見つけるのって早朝だけじゃないんですね!回収される前だろうからと、6時集合とか覚悟してました。
住さん:朝見つけることが多いけど、昼とか夕方とか、時間はまちまちです。回収日より早めに出しちゃう人も多いみたいで。夜はやっぱり少ないし暗くて見つけにくいし、難易度が高いです。
あと、この活動を始めてからよく歩くようになりましたね。車とかより歩くスピードが一番見つけやすい。バスから見つけちゃうことがよくあるので、いつも次のバス停で降りて戻っています。
小堺:捨て椅子に1000脚座ってみた上で、何を思います?
住さん:いつも使っていた人や、そのときの風景を想像して楽しんでるわけなんですが。
たとえば、イタズラ書きしてあるのを見て子供の成長を想像したり、カップルが別れちゃったのかな、と想像してしまうのもあったり。お風呂で使う椅子は、これに誰かが裸で座ったんだよな、と思ったり。
一度、カップルが捨てられたソファに座って楽しそうにお酒を飲んでいるのを見たこともあります。その時は、いなくなるまで待ってたんですけどね。
そういう思い出を作ってくれる椅子が最後はゴミになって壊されてしまう。諸行無常ですよね。
小堺:そういえば、捨て椅子がきっかけで東京都を動かしたことありましたよね!
住さん:そうそう。ツイッターの反響がすごくて、渋谷のバス停に新しい椅子が設置されるまでになりました。
他にも捨て椅子についての話がたくさん聞けた。
・最高記録は1日7脚。
・捨て椅子は木の折りたたみ椅子が多い
・キリ番はなぜかソファが多い
・見つけるにあたって曜日は関係ない(※地域によるかも)。
・カラスになりたいと思うことがある。ゴミ捨て場で椅子をすぐ見つけられるから。
・散歩が増えた。2時間歩けばだいたい捨て椅子と会う。
・目の前で回収されることもある。ドナドナが流れる。
・雨で濡れてたりするとコンビニでタオル買ってきて拭く。
・ゴミに座ってくるのだから奥さんはきっと嫌がってる。
・以前ギネスに申請したが却下された。でも1000いったしもう一回申請してみる。
・「捨てられた椅子に座る男」役で『姉ちゃんの恋人』というドラマに出たことがある。共演した小池栄子さんのマネージャーさんが真似して写真を撮るようになったが22脚で更新がストップしていて、心配している。等々。
そしてそして、実は1000脚を記念して、2022年4月14日(良い椅子の日、らしい)から写真展をやるそうだ。
ぜひ、写真展で住さんに話を聞いてみてほしい。
あなたも憑りつかれてしまうかもしれないので気を付けて!
「捨てられた椅子に座るシリーズ 写真展」
小堺:では最後に。今後の目標はどうしましょうか。
住さん:体が動く限り続けようと思います。椅子のために健康でいるようにします!
小堺:(やっぱり椅子に動かされてる…ゾッ!)
という感じで、住さんの供養の旅は今後も続いていく。
祝いであり、呪いである
最初はお祝いする気持ちで同行依頼をしたのだが、住さんに起こる偶然の数々を目の当たりにするにつれ、なにか説明できない、不思議なものを見ているような感覚になってしまった。
しかし、中村さんが引き込まれたのと同様、もはや私も捨て椅子のとりこになっている1人だ。
3人で話が盛り上がりすぎて、そのうち国民栄誉賞もらえますよね!とか、捨て椅子博物館を作ろう、とか、ついには世界的な話まで及んだりもした。
しかし盛り上がる度に「でも、ただゴミに座ってるだけなんだよね」と、たちもどるのだけど。
椅子にやたらと情緒を感じてしまうのも含め、すべては想像、すべては勝手な妄想だ。でもそれが楽しいし、実際に何かが、周りの人までもが動きだしてしまうのが面白い。
椅子はただ動かずに、そこにあるだけなのに。