石川 大樹
「デイリーポータルZ」編集/ライター。電子工作でオリジナルの処刑器具を作ったり、辺境の国の変な音楽を集めたりしています。「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者。1980年岐阜県生まれ。
本当に生き生きした自撮りができる自撮り棒
自撮りの難しさとして、「どんな顔をしていいかわからない」という点があると思う。
自撮りに慣れている人を見てすごいなと思うのは、その表情の作り方だ。
僕も長いライター業が長いので、今お読みいただいているような記事に載せるための自撮りはたくさんしてきた。でもそれは、「工作がうまくいかなくて困っている顔」や、「意外な展開で驚いている顔」など、ストーリーの流れがある自撮りなのだ。
しかしSNSに載せる自撮りは流れもなく、その写真だけで完結。そういうとき、どんな表情で写ればいいのか、僕はよくわからない。
どっちもなんだか不自然というか、ライブ感がないのだ。
なんかこう、人生の楽しい瞬間を切り取りました!みたいな、生き生きとした自撮りが撮りたい。
撮れる工作を作ります。
人が生き生きする瞬間とは
工作の基本コンセプトはこうだ。
うれしいことを起こす ⇒ その瞬間にシャッターが切れる
そんな装置を作れば、ライブ感のある、生き生きした表情の写真が撮れるはずだ。
じゃあどうやってうれしいことを起こしたらいいだろう?いろいろ考えた結果、これに至った。
装置でプラスの喜びを作り出すのは難しい。たとえば「お菓子が出てくる装置」を作ったとして、お菓子を準備するのも手間だし、そもそも自分が入れたお菓子が出てきてうれしいのか、という問題もある。
しかし、マイナスから解放された喜びであればゼロコストで実現できる。上の写真の、この笑顔を見てほしい。
持っているのはアームバーという商品で、曲げることで腕の筋肉が鍛えられるトレーニング器具。商品説明には、その負荷20kgとある。死ぬほどつらくはないが、そこそこつらい。
このカジュアルなつらみ、自撮りのカジュアル感にぴったりではないか。(こじつけ)
設計
まず装置の仕様を決める。
・アームバーを曲げた瞬間からカウントダウンがはじまり、10秒間曲げたままでいなければならない。10秒たつとブザーが鳴ってゴール。
・8秒たった時点でいちど写真を撮影。つらい表情が撮れる。
・10秒ちょっと経った時点で写真を撮影。開放感あふれる表情が撮れる。
うれしい写真のほかに、せっかくなので苦しい表情も撮ることにした。2枚あることで、そこにストーリーが生まれるだろう。
製作
右上で手に持っているスイッチを押すと、5つのLEDが順番に点灯する。3つついた時と、5つついた直後に、スマホの画面でシャッターが押されているのがわかるだろうか。
スイッチはアームバーが曲がっているかどうかの判定用だ。グリップについたスイッチを、曲げてきた反対側のグリップで押すことで「曲がっている」ことが判定される。
ふだん見慣れている自撮り棒とずいぶんちがう気がするが、実際「棒」なんだから自撮り棒と呼んでも差し支えないだろう。ないですよね?
使ってみる
ではさっそく、実際に使ってみよう。このアームバー、先にも触れたが、わりとカジュアルな負荷である。どこまで良い表情が撮れるだろうか?
10、9、8、7、6、……あれ、これはきつい……
ウァッ!と思わず声が出てしまった。
単体で曲げたときは、そこまでつらくなかったこのアームバー。しかしスマホと組み合わせたことによって、姿勢を変えて、体からちょっと離して曲げる必要が出てきた。そうしないと顔がうまく映らないからだ。
説明書にあった一文を思い出す。「負荷が弱い場合は、体から離してお使いください。」
胸の前で曲げていた時と全然違うのだ。開始4秒ですでに、全身がプルプル…どころかガクガク震えはじめる。こんなに本気でトレーニングするつもりはなかったのに…!
そして撮れた写真がこちら。
笑顔というより必死感がにじみ出た顔になってしまった。嬉しいどころではない。死ぬかと思ったけど、間一髪で命拾いした時の顔である。ヒグマから逃げ切ったときの顔といってもよい。
なんか思ってたのとは違うが、このライブ感あらため「生きている」感こそ、いままでの自撮りに欠けていたものではないだろうか。自撮りがネクストステージにアセンションした瞬間である。
活用編
実際に外に出て自撮りしてみた。
よく見かける自撮りとは一味違う。ホットな新スポットに対して、自分の顔の主張が強すぎるのだ。しかしこれこそが、SNSに刻み付けたい「俺の生きた証」なのである。
せっかくなので他の人にも試してもらった。10秒経過後のショットだけまとめてご紹介しよう。
みんな大切な仲間たちである。
実際にヒグマに追われたわけではないとわかっていても、これらの顔を見ると「ほんとうに、生きて帰ってきてくれてよかった…。」という気持ちになった。
涙が出そうである。
みんなの生還顔が見たい
笑った表情には笑顔、怒った表情には怒り顔、といったように表情には名前がついている。
しかしこういった「命拾いしたような表情」には名前がまだないと思う。
「生還顔」と命名したい。
これからの自撮りは「生還顔」がくる。
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編集部・古賀がとにかくメルヘンな自撮りを追求します