テーマがあるマーケット
以前、バンコク郊外に、廃バスを利用したバスのマーケットがあると聞き、半日ほどかけて行った所、マーケットが夜逃げ(比喩です)をしていてもぬけの殻だったことがあった。
その時の顛末はこちらを御覧いただきたいが、件のマーケットは、廃バスを店舗や食事用の席に利用したバスをテーマにしたマーケットだった。
前回、廃バスマーケットを紹介してくれた、バンコク在住の若生りんかさんが、最近「日本」をテーマにしたマーケットが、郊外に立て続けにできたという話を教えてくれた。
いったいどんな所なのか、早速行ってみた。
「イチバステーション」
まず訪れたのが、バンコク中心部から北東に20キロほど離れたカンナーヤーオ区にあるイチバステーション。
日本人である自分が、異国に行って、異国にとっては異国である日本の雰囲気を再現した場所に行く。自分がどこにいるのかわからなくなってくるのが楽しい。
歩行者用信号を見てみる。この、どこか違和感のある日本。このむずがゆくなるおもしろさ。こういうのを見たいんです。
この信号機、形や文字はほぼ完璧だろう。一昔まえの電球式のレンズを表現しているのもわかる。しかし、これを見た日本人は、違和感を感じるはず。そう、白すぎるのだ。
日本の信号を支える腕や支柱は、もうすこし灰色で、くすんでいることがほとんどだということに、あらためて思い至る。
電柱の形も、裾の広がった独特な形状をしているのもなかなかユニークだ。
日本人として、こういった、小さなズレや違和感をみつけるのが妙にたのしい。
タイ語だらけの中で「止まれ」の表記を見かけると、なんだかホッとするが、これにも違和感があるのが愛おしい。
路面標識の「止まれ」は、こういったゴシック体で表記されたものは、少ないと思う。実際はもっとカクカクしており、路面標識をペイントする機械で書きやすい形になっている。
横断歩道も良くできている。が、微妙な違和感は禁じ得ない。
まず、自転車横断帯の自転車の向きが90度傾いている。あと、横断歩道はサイドの縦線が無いタイプのものが今は主流だろう。
よく見ると、自転車の絵も丁寧すぎる。ペダルまで書き込まれた自転車は日本ではなかなか見かけない。
なお、自転車横断帯に関しては、日本では警察庁が2011年ごろから不要な自転車横断帯は撤去するように通達を出して以降、全国的に減っているらしい。
たしかに、近所の自転車横断帯があった交差点、今ストリートビューで確認してみたらきれいに消えていた。
タイのマーケットで、日本の交通行政の一端を知る。
まだある、日本風の風景を演出する小道具
基本的にこのマーケットは地元のタイ人のひとたちが、SNSに投稿する、映える写真を撮りに来るスポットとして人気のようだ。
特に、写真を撮る人が多かったのがこのエリア。
おそらく、バス停をイメージした場所だと思われる。
自動販売機の書割りに突然あらわれる金八先生。おそらく、このおじさんが、武田鉄矢であることをタイの人達は知らないだろう。
路線図部分はバンコクの路線図だが「東京オペラシテ備南」の東京なのか、岡山なのかわからない感じがたまらない。右側のポスター左下は絵本のバスのページがそのままなのもいい。
どうやら、日本のバスのパンフレットや、サイン表示をいろんなところからひっぱってきて、印刷し掲示しているようだ。
京都市バスの205系統といえば、観光客がめちゃくちゃ乗ってる環状線のやつじゃなかろうか。
こちらは28系統らしい。西本願寺の願の字だけ楽しそうな書体になってるのがたまらないし、その上の読めない漢字がまざってるのもいい。
運行系統図をみると、小山市と栃木市を結ぶバス路線らしいが、元ネタがよくわからず。でも、この看板はかなりリアルで感心した。
この看板も良く出来てるようにみえるが、輛の字あたりに、急に正字が出てしまう繁體中文フォント味がみえてしまう。
バス好きなので、うっかりバス停の鑑賞で時間をとりすぎてしまった。
駐車場にタイムズの看板そのまま使ってるのは、すごくセンスがよい。パッと見た感じ、難波あたりのタイムズにしかみえない。えべっさん筋、どこにあるのかわからないけれど。
余談だが、台北にはマジでタイムズの駐車場があり、あの看板もそのまま台北仕様になっていたのを見たことがあるけれど、完全に銀座あたりのタイムズ感が出ていた。
タイムズこそ、日本の都市の原風景なのかもしれない。
やはり、日本=アニメ・マンガらしい
外国の人が日本をイメージするときになにを思い浮かべるのか。おそらく、桜、富士山、歌舞伎、相撲みたいな、古典的なステレオタイプ以外に、今は漫画アニメというものも多いだろう。
あまり詳しくないけれど『頭文字D』というやつですよねこれ。で、これは漫画のワンシーンだけではない。
実写版のロケ地になった藤原豆腐店の店舗を模した店舗がある。これ、中でなにか販売しているというわけではないので、背景として純粋にこのセットを作ったようにみえる。
なお、群馬県渋川市にあったこのロケ地はすでに取り壊され、現存しないらしい。
ガンダムの首級……誰だ討ち取ったのは。
その前で、地元のミュージシャンが歌を歌っているのも、何がなんだかわからなくてよい。
まだ作りかけっぽい
このマーケット、まだいろいろなところが工事中で、奥の方へいくと、閑散とした空きスペースがある。
よく見ると「ウォーキングマーケット」という表記の看板が見えた。どうやらここは、イチバマーケットとしてオープンする前には「ウォーキングマーケット」というマーケットだったようだ。
東京消防庁の出初式のポスターみたい(分かりづらい)だけど、なにやらピンク色のモノレールが描かれているのが気になる。
実は、このイチバマーケットの入口のすぐ前に、モノレールの駅が開業予定である。
もう、高架のレールも駅もほぼ完成しており、ただモノレールの列車が走っていないだけという状態である。この駅は、当初2022年には開業するはずだったようだが、遅れて2023年に開業予定となっている。
バンコク在住の若生さんの見立てによると、モノレール路線の開業をあて込んで「ウォーキングマーケット」を開業したものの、コロナ禍の影響とモノレール路線の開業の遅れにより、運営会社が変わったかなにかで、全く別コンセプトの「イチバマーケット」が新しく始まったのではないか……。ということであった。
バンコクのマーケットは、意外とサクッと閉業してしまうこともよくある。こういうマーケットも、いつまでもあるとは思わないほうがいいかもしれない。あるうちに行っておいたほうがよい。
いつまでも、あると思うな、親とバンコクのマーケット。
原宿タイランド
さて、続いて訪れたのはバンコク中心部から東に40キロほど行ったところにある「原宿タイランド」だ。
かなりデカいだるまがお出迎え。
鳥居の壁画、人力車、提灯と、気合の入れようが伝わってくる。
思わず記念写真撮影したくなる巨大な壁画がたくさんある。
このさい、絵のクオリティを云々することは野暮なのでいわない。とにかく、タイの人たちの日本に対するイメージは、さすがに「新幹線といえば0系」みたいなステレオタイプではないということがわかって安心する。
日本のようで日本っぽくないところ
原宿タイランドは、長屋風の店舗が映画のセットのように立て込んであり、その長屋ひとつひとつで、飲食店が営業をしている。
日本をテーマにしたマーケットだということだが、飲食店のラインナップは日本料理の店に限らない。
タピオカミルクティーのお店らしいが「ノビチャ」という店らしい。
『ドラえもん』は、タイでも人気があるらしいけれど、こっちの方のキャラをモチーフにするお店はなかなか衝撃だ。いや、わからない、ただの偶然かもしれない。髪型違うし。
原宿タイランドにあるすべての長屋に店が入っているかというと、そういうわけでもなく、全くテナントの入っていないガランとした一角もある。
突如現れる、赤い電話ボックス。いったいなぜ? という疑問がわく。
頑張って和風に仕上げているけれども、細部で息切れして雑になってしまっているところが、なかなか味わい深い。
出入り口を丸く切り取った門は、基本的に中華庭園などでしか見たことがないので、瓦屋根の門でこのデザインは違和感があるが、これはこれとして「外国人の考える和風建築」のひとつの特徴なのだろう。
原宿タイランドには、神社も存在する。
礼拝の仕方がタイ語で説明してあるところなど、なかなか頑張っているのだが、祀ってあるものが、神仏混淆というか、神仏習合というか、いろいろ一緒くたになっており、なかなかカオスだ。
まず、奥に鎮座ましますのは観音様だろう。両脇には狐風の招き猫と小さい招き猫たくさん。そして、お地蔵さまに神棚。とりあえず、ありがたそうなものを祀ってある、ご利益はありそうだ。
そして、階段の脇には過剰な量の狛犬、というか獅子像だろうか。階段一段ごとに獅子像があると、いっきに媽祖廟の雰囲気が出てきてしまう。
でも、タイの人が考える「日本の神社」のイメージはこういうことなのだろう。
日本風にさらに近づけたい場合は、獅子像を二つだけ残して撤去し、しめ縄を追加するといいかもしれないが、それをいうのは野暮というものだろう。
違いを見つけるということは、自分を知ること
日本の景色を再現したことを売りにしたテーマパークや商業施設は、中国にいくつかできたという話がある。(中国の方はこちらの記事『中国の地方都市に日本語だらけの店があった』をご覧ください)「日本を再現した」という商業施設は、アジア各国でのトレンドなのかもしれない。
ただ、どうしてもリアルな姿を知っている日本人がそういった場所に行くと、その違和感や間違いに目が行きがちになってしまう。
しかし、外国人が持っている、曖昧なままの日本のイメージを見つめることにより、改めて、なにが日本らしくてなにが日本っぽくないのかを考えるきっかけにはなる。
違いを認識するということは、より自分を客観的にみるということにほかならない。
いろいろ小難しいことを言ったが、水際対策が緩和され、気軽な旅行がまた楽しめるようになりそうで、うれしいということです。