倫理にもとる生ビール
アメリカといえばクラフトビール大国である。彼の国には、ある種の執念があるように感じる。「うまいビールを、いつでもどこでも、なんとしてでも飲みたい」という執念だ。太平洋のむこうからやってきたこのガジェットからは、そういう執念を通り越してもはや狂気すら感じる。
逆円錐型の黒いハンドルに、うねる金色の蛇口。
底部付近にはタンク内のガス圧を示す小さな計器。
多少なりともお酒をたしなむ人はピンとくることでしょう。これはつまり、ビールのサーバーです。
普通、お店にあるそれは、かなりゴツい見た目で冷蔵庫と一体化した重量級の設備ですが、それをぎゅーっとコンパクトにして、持ち運び用のハンドルまでつけてしまったのがこの「uKeg(ユーケグ)」なのです。
小さくても機能はビアサーバーそのもの。真空断熱構造でしっかりビールの冷たさをキープし、炭酸ガスによるきめ細やかな泡をこんもりとたたえたビールを提供してくれる。
アメリカ発のuKegは、2019年にクラウドファンディングの形態で日本上陸を果たした。ビール好きとして、はじめてその存在を知ったときはもちろん強烈に物欲を掻き立てられた。しかしそれ以上に「こんなことをして許されるのだろうか」という畏れの感情が湧きあがった。
サーバーからジョッキに並々と注ぐビール、いわゆる"生ビール"が楽しめるのは飲食店の専売特許みたいなものだ。
そんな高潔で明確な倫理観により、uKegのことは大変気になりつつもあえて距離を置いていたのだけど、なんと酒飲み友達でもある会社の先輩が「おれ持ってるよ」とあっさり言う。え、ちょっと。それなら話は別だ。一度見せてくださいよ。お願いしますよ。
(ちなみにデイリーにはこういう奇特なひともいて最高ですね)
一点豪華主義のきわみピクニック
すばらしく気持ちのいい秋晴れのある日。くだんの先輩をピクニックに連れ出した。
アウトドア用のチェアが2脚、ローテーブル、総菜や乾きものに食器類、お手拭きなどの衛生アイテム、さらには虫除けグッズまで。ピクニックに必要な一式をこちらで用意する代わりに、先輩は約束通りuKegを持ってきてくれた。
カバンからぬるっと現れたuKegは鈍く光り、どっしりと存在感を放つ。かっこよすぎて、この登場シーンでほんのり酔えそうである。
せっかくなので、トリセツに則って先輩にuKegの使い方を簡単にスリーステップで紹介してもらう。
えへへへへへ、と口元がひたすらにだらしない。
いただきます。
うーーーん、泡はたしかにきめ細かくてうまい。缶ビールをラフに注いでも絶対こうはならないぞという口当たりの良さだ。
加えて、ビジュアルの威力がすごい。こちらが用意した椅子もテーブルも安物だし、食べ物だってそのへんの総菜屋で買ってきたものばかり。全体的にチープな印象は拭えない。ただその中でuKegだけが圧倒的な高級感をまとい、このピクニックにラグジュアリー感をもたらしてくれる。
よく目を凝らしてみると、なんかどうもuKegの半径50cmくらいだけ、グランピング(豪華なキャンプ)のオーラに包まれているような気がする。
ちなみに今回は「目の前でビールを注ぎ入れるとこをみたい」という要望に応えてもらうために中身は缶ビールですが、uKegが本来想定している使い方はクラフトビールの醸造所や、テイクアウトをやっているバーに持って行って詰めてもらうスタイル。今日みたいにアウトドア用のガジェットとしてカジュアルに楽しむのももちろん素晴らしいのだが、家の冷蔵庫にそのままuKegを放り込んでおいて、新鮮なクラフトビールを好きなときに楽しむこともできるというわけだ。
後輩ムーブがはかどる、はかどる
気候のいい時期のピクニックはただでさえ素晴らしいレジャーだけど、今日は明らかに楽しさの度合いが違う。
ビールを注ぐたび、金色と白色の作品を作っているようで楽しい。きれいに7:3で注げたときは楽しい。泡ばっかりになっても「何やってんすかー」と楽しい。本当に、しみじみと楽しい。なんだろうかこの楽しさは。uKegの存在感がデカすぎて、本当は2人なのに3人で飲んでいるかのごとき楽しさなのだ。
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この日。目の前の広場では、運営テントが立つほど大きな規模のゲートボール大会が行われていた。
ふと。uKegは、音楽フェスに持っていったらきっと楽しいだろう。スポーツイベントでも最高だろうな。我々もときおり、目の前で行われるさまざまな催しものにあわせて少しずつ場所を移動していった。
そろそろカネの話に移ろうじゃないか
ピクニック中、会話に一瞬の沈黙が訪れるたびに繰り返される、「いいな、uKeg」「じゃあ買いなよ」のやりとり。何回目かのやりとりで、ついつい出来心で聞いてしまった。「これ、いくらするんでしたっけ」。
「3万9600円」
知っていた。そうなのだ。はじめてuKegのことを知ったときにもこの金額に打ちのめされたのだ。狂気のビールガジェットは、値段もけっこう狂っている。
「まあ確かに値段は高い。使うたびにガスカートリッジを消費する。あと片づけもちゃんとしないとカビが生えてだめになる」
これだけ聞くと意外と不便だなあとは思うけど、そういう損得勘定を差し置いても手元に置いておきたいものっていいなとも思う。酒器ってそういうものなんだよな。
ちなみに同じメーカーが出している最新モデルは結構お求めやすい価格です。先輩のやつのほうが圧倒的にかっこいいし評判いいけどなー、どうしようかなー。