もう一軒、「PAIYUN」でもパニプリを
楽しかった「おおきに」を出て、徒歩数分。九条の「キララ商店街」沿いにある「PAIYUN」というインド・ネパールレストランへやってきた。桃子さんはここにもパニプリを食べに来たことがあるという。
カレーやビリヤニなど代表的なものをはじめ、豊富なメニューが並ぶ中、隅っこの方にパニプリを発見。
早速注文してみると、ここでも「辛さはどうしますか?」と聞かれた。我々は人数が多く、パニプリを二皿食べることにして、一皿は辛めに、もう一皿は辛さ控えめにしてもらった。
ネパールビールを飲みながら待つことしばし。二つのお皿が運ばれてきた。
向かって右の方は小ネギが散らしてあって、それが「辛い方」の目印らしい。見ての通り、こちらのお店では、ソースはボトルでなく、カップに入っていて、それをスプーンですくって“プリ”の中に注ぐスタイルである。
一口で食べてみる。ここのパニプリも具だくさんなのでビシャーとくる感じではないが、さっき一度食べたはずなのに不思議な食感にびっくりする。そして、味がまた結構違う!
ソースの風味は、さっきの「おおきに」は酸味が強調されていたけど、こっちではスパイスの香りの方が強い気がする。そして具材にナッツなども入っているせいか、噛み応えが複雑で面白い。そしてたしかに、後からヒリヒリと辛さがくる。
「豆の風味が強いですね」「さっきよりぼんやりした不思議な味」「ジャガイモ、玉ねぎ、にんじん、ナッツと、あとなんかスナック菓子も入ってません?」「こっちの方が好きかも!」など、様々な声が飛び交う食卓。
ここでもお店の方にパニプリについて聞いた。
――このパニプリはどうやって作りますか?
「ジャガイモとか野菜、マサラ(ミックススパイス)とか入れて、こっちのスープの方は、水とスパイス、レモンとか入れて、色々混ぜます」
――お店によって味も違うんでしょうか。
「そうですね。野菜も色々、あとは、ドライフルーツとか、ダルモス(ネパールのスナック菓子)とかピーナッツとか混ぜて、パニプリに入れて、スープを入れて食べたら美味しいです。ネパールではもっと辛くすることもある。パニプリは、ネパールの人がめっちゃ食べる。私たちも大好き」
と教えてくれたお店の方が、厨房から色々持ってきて見せてくださった。
「パニプリマサラ」(私が服部天神で行ったスパイスショップでもそれに類する商品が売られていた)や、「チャットパテマサラ」を、スープの味付けや、”プリ”に入れる具材の風味付けに使っているそう。このお店では、「ワイワイ123ヌードル」という袋麺を砕いたものも入れているという。
なるほど……。サラダ感覚でスナック感覚で、そういうものをサクサクの丸いプリに詰め、スパイスと酸味のきいた液体であえて湿らせて食べる。それがパニプリなのだな。アレンジも味わいもきっと作り手によって違うんだろうな。
今回、二つのお店を紹介してくれた桃子さんに改めてパニプリへの思いを語ってもらった。
「最初は別に美味しいとも思わなくて、とにかくビシャビシャッとしたなって(笑)でもその3日後ぐらいに『パニプリ食べたい』という衝動にかられたんです。この汁も、最初は別に美味しいとは思わなかったんです。どんなものか知ってから食べるとそうでもないと思うんですけど、『なんだこの冷たい水は?』みたいな感じで。っていうか最初はこの汁をそんなに入れるものだというのも知らなくて、ちょっとだけかけて味付けするためのものなのかな?と思ったらお店の人が『違う、もっとビシャビシャにするんだよ』って身振りで教えてくれて、それでビシャビシャにして食べたから驚いたんですよね。汁をいっぱい入れて一口で食べる、味というよりはそのビシャーを体験するのがたぶん大事なんです」
言われてみれば、この体験そのものの楽しさも含めて、パニプリだという気がする。もちろん大阪・九条以外にも、日本各地のインド・ネパール料理店で提供されているものらしいので、これからあちこちで食べてみようと思う。
インドではこんな風にパニプリが売られている!
楽しいパニプリツアーが終わって、翌日、「MoMoBooks」の松井さんからメッセージが送られてきた。
「MoMoBooks」と関わりのある、宮本隆史さんという方から、本場インドのパニプリ事情について情報を送ってもらったというのだ。
宮本隆史さんは、大阪大学外国語学部でウルドゥー語と南アジア史を教えている方で、専門は「近代インドの罪と罰の歴史」。イギリスによる植民地時代のインドの監獄と流刑に関する研究をしているとのこと。
インドに詳しい宮本隆史さんによる解説を引用させていただこう。まず、パニプリの正式名称は「パーニー・プーリー」なのだという。
「パーニー・プーリーは、北インドの代表的なストリート・スナックのひとつです。家で作られることはまずありません。パーニーは「水」、プーリーは油で揚げたローティー(ベーキング・パウダーを入れないパン)です。通常のプーリーは直径10-20センチくらいで家庭で作られますが、パーニー・プーリーのプーリーはそれよりずっと小さくてカリカリに揚げられます。パーニーには、さまざまなスパイス、レモン、チャトニー(マンゴー、ミント、タマリンドなどをすりつぶして塩やスパイスなどを加えて作るペースト。日本では「チャツネ」という表記で流布してしまいました)などで、色と味がつけられます」
「パーニー・プーリーは、『ゴール・ガッパー』という名前でも呼ばれます。ゴールは『丸い』という意味、ガッパーの意味はよくわからないのですが、おそらくは『パクパク食べる』という意味の『ガパクナー』という動詞からきているのではないかと聞きました。わたしはこちらの名前の方が雰囲気があって好きです」
なるほど、「パクパク食べる丸いもの」みたいな、中身の詳細ではなく形状と食べ方が名前になっているのが面白い。
「パーニー・プーリー屋さんは道端にお店を開きます。お客はまず、葉っぱを小さな皿の形にして乾燥させた、ドーナーという器を渡されます。ゴール・ガッパー屋さんが丸いプーリーに親指で穴を開け、中にスパイスで味付けしたジャガイモやひよこ豆で作ったポテサラ状のものを入れます。そして、いくつかパーニーの種類があるお店では、どのパーニーがいいか聞いてくれます。好みのパーニーの入った壺(最近ではプラスティックの容器のことも多いですが)の中に、プーリーをひとくぐりさせて、お客のドーナーに載せてくれます。お客はそれをひとくちで食べます。このひと口でムシャッと食べる感じには、ゴール・ガッパーの名の音が似合います。あとは、満足するまでこの繰り返しです。暑くて食欲のない北インドの酷暑期(5-6月)は、ゴール・ガッパーくらいなら食べられる気がするし、食べればスパイス、ライム、ミントの味が気分を爽やかにしてくれて良いものです」
これも面白い。食欲がない時でも水分補給、栄養補給という感覚で、これぐらいなら食べられるというものらしい。フレーバーが色々選べるというのも屋台フードっぽくていいな。
「これは屋台で道端にお店を開くタイプのパーニー・プーリー屋さんです。自分のお店がなくても開けるので、元手がないひとでも始めやすいのだと思います」
ちなみに、この写真、屋台に赤い旗がかかっているが、こんなことが書かれているという。
「左の旗から順に。
・濾過水を使っています
・辛口パーニー
・ライムのパーニー
・タマリンドの甘口パーニー
・ヒーングのパーニー (ヒーング:オオウイキョウという植物の汁から取れるスパイス)
・ドーナーはゴミ箱に捨ててください (ドーナー:葉っぱを小さな皿の形にして乾燥させた器。写真では紙とホイルで作られています)」
甘口もあるのか。そして綺麗な濾過水を使っていることは売りになるのだな。
「お客さんがいないときはこんなかんじでのんびりです」
「少し成功して、他のスナックも扱うようになったら、ガラスケースを導入したり」
「駆け出しの頃はこんなに小さく始めます。右手に持っているのはスタンドです」
と、こうして現地の様子を教えていただくと、パニプリ(と、この原稿内ではそっちの名をメインに使わせていただきましたが)が街の中のちょっとしたフードとして親しまれ、またこうしてインド・ネパール料理店の広がりとともに日本に入ってきた経緯が伝わってくる。
このようにして今、私はパニプリのことが気になって仕方ないのである。これからも気楽に探究していこうと思います!
パニプリツアーに同行してくれた松井さん、桃子さん、得能さん、秦さん、kaniさん、橋尾さん、そしてインドでの販売のされ方について解説してくださった宮本隆史さん、ご協力ありがとうございました!

