特集 2022年7月29日

ベルリンで公共交通機関としての手漕ぎボートに乗る

ベルリンには、トラムや地下鉄、バスに加えて、公共交通機関として船に乗ることができるそうだ。しかも路線は6本もある。

地下鉄に乗る時と同じチケットで船の旅ができるなんて、ロマンがあるじゃないか。乗ってみたら、想像を超えるおもしろさだった。

1986年東京生まれ。ベルリン在住のイラストレーター兼日英翻訳者。サウジアラビアに住んでいたことがある。好きなものは米と言語。

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電車と同じチケットで船に乗れる

私の住むドイツの首都ベルリンには、電車、バス、トラムなどの公共交通機関がある。

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街中を走る黄色いトラム。

ベルリン市内の交通機関の大半は、ベルリン市交通局(通称 BVG)によって運営されている。

地下鉄の駅で見つけたソーシャルディスタンスをポニーのサイズで表した案内。

交通機関の料金は一律なので、ベルリン市内であれば片道3ユーロ(約420円)で2時間の間、いろんな乗り物を乗り継いで移動することができる。

ベルリンの電車の路線図。市内であれば端から端まで移動しても均一料金だ。

電車の乗り継ぎなどを調べる際には BVG のアプリを使っているのだが、前から気になっていることがあった。

検索オプションを開くと、トラムやバスなどの移動手段に混ざって、船のオプションがあるのだ。

なんとなく気にはなっていたのだが、実際に乗る機会は今までなかった。乗り場も都心からかなり離れているようで、通りすがりについで乗ってみるということもなかったのである。

BVG のウェブサイトを見てみると、ベルリンには6の路線があり、年中無休のものと夏限定のものがあることが分かった。

夏の期間のみの路線は観光用と思われるが、年中無休の路線には学校の休みによって時刻表が変わるものもあったので、通勤・通学にも使われているようだ。

これが離島の話であれば理解できるのだが、内陸の都市ベルリンの公共交通機関としての船って、一体どんな船で、どんな場所にあるんだろう。

よし、長年の疑問を解くためにも、乗ってみようじゃないか。

腰を軽くする「9ユーロチケット」

もう何年も気になっていたのに、なんで今更?と思うかもしれないが、実はその理由は「9ユーロチケット」にある。

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腰が軽くなる魔法の切符、「9ユーロチケット」。

この夏ドイツでは、たったの9ユーロ(約1300円)でドイツ全土の公共交通機関が乗り放題になる「9ユーロチケット」の特別キャンペーンが行われていて、今ならタダみたいな値段でいくらでも船に乗ることができるのだ。

「長年の疑問を解くためにも」なんてかっこつけたが、単純に私が「お得」に弱いだけの話である。

とにかく、船に乗るなら今がチャンスなのだ。早速出かけることにした。

西ベルリンの優雅なリゾート地、ヴァンゼー

まずはベルリンの南西エリアにある船に乗ってみることにした。

船着場は中心部から25キロほどの、旧西ベルリンのリゾート的存在であるヴァンゼー湖にある。

聞くところ、船には自転車を乗せることもできるそうなので、自転車も持っていくことにした。 

本来はヴァンゼーまで自転車を電車に乗せて行ってしまえば楽なのだが、先ほど話に出た9ユーロチケットのおかげで、どこも電車が激混みしているのだ。

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先月9ユーロチケットの元を取るためにとんでもない混雑を経験して以来、電車に対して臆病になってしまった。

平日とは言え、夏休み真っ盛りだし、そんな中電車に自転車を乗せて移動する気力はなかった。

というわけで、自力で自転車で行くことにした。 

往復で50キロの移動だ。気の弱さを体力でどうにかしようとする癖、やめたい。

9ユーロチケットで公共交通機関をフル活用したくて船に乗りに行くのに、電車に乗りたくないために自転車で移動するのはなんだか矛盾している気もする。

せっせとペダルを漕ぐこと1時間半、船着場の最寄り駅であるヴァンゼー駅についた。

ベルリンの高級住宅地として知られるヴァンゼーだが、ナチス政権がホロコーストを計画するために行ったヴァンゼー会議の舞台としての悲しい歴史も持つ。

このヴァンゼー駅のすぐ近くに船乗り場があるはずだ。湖に向かって少し進んでみると、

あ、もしかしてあれじゃないか!

湖のほとりに、それらしき船着場があった。 

小さくで分かりにくいが、入り口にちゃんと黄色い BVG のロゴがある。
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そしてタイミングよく船が来た。あれだ!

ちなみにこの BVG の船、英語では「フェリー」と呼ばれている(ドイツ語では Fähre、フェーレ)。

日本語で「フェリー」というと車が乗せられる船を差すことが多いように思う。BVG の船は「水上バス」と呼んだほうがいいかもしれないが、一貫性のためにこの記事では「フェリー」と呼ぶことにする。

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観光船乗り場っぽいけど、地下鉄と同じ券売機がある。間違いなく公共交通機関だ。

フェリーは1時間に1本しかないのだが、タイミングよく出発に間に合うことができた。さっそく自転車と一緒に乗り込むぞ。

フェリーには60台まで自転車を乗せられるそう。自転車を乗せる場合は2.10ユーロ(約290円)の自転車専用チケットが必要になる。
日本語で言うフェリーよりは小さいが、思ったより大きい船だ。船は桟橋に垂直に停まって、横の入り口から乗り込むスタイルだった。

自転車を60台も一体どうやって乗せるんだろうと思っていたが、船の片方には立派な自転車置き場があり、楽々と自転車を停めることができた。

編集担当の古賀さんに見せたら「湖を行く駐輪場だ!」と言っていた。まったくその通りだ。
船のもう片方は座席エリア。
真ん中の入り口エリアは開放されたままで出港した。

それにしても、窮屈なバスや薄暗い地下鉄とは比べ物にならない優雅さだ。同じ公共交通機関とは思えない。

対岸に着くまでの15分間、入り口エリアから外を眺める。心地良いそよ風。湖の香り。最高である。
茶色の建物は、ヴァンゼーの湖水浴場。ビーチの白い砂は、バルト海岸から貨物列車で運んできたそうだ。
白いヨットが何艘も通り過ぎて行く。公共交通機関に乗ってるはずなに、ホリデー気分が半端ない。

対岸を行き来するだけのフェリーなので途中に駅はなく、景色に見惚れているうちに目的地に到着した。

ああ、楽しかった。一日中行ったり来たりしたいぐらいである。

対岸のクラードウ駅に到着。さすが高級リゾート地、船着場にヨットが沢山停まっている。
今度はクラードウ側から乗客が乗り込む。幼稚園や学校の遠足グループもいた。
こちら側の船乗り場はバス停っぽさがあった。公共交通機関らしさが出ていてて良い。

気分はバカンス

ここからは自転車で大回りをして帰るだけなのだが、小腹が空いたので甘いものでも食べてから戻ることにした。 

船着場前はビアガーテンやアイスクリーム屋さんで賑わっているのだが
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5分ほど自転車を走らせると静かな並木道に出る。
その先には1800年に建てられた邸宅を改造したカフェがあった。
ケーキの脇にフォークが刺さって出てくるのはドイツならではだが、理由はわからない。

お店の人に勧められたケーキはクリームがびっしり入っていて甘かったが、自転車を漕いで疲れていたのもありペロリと食べられた。

さっきまでパソコンの前にいたはずなのに、気がついたら船に乗って湖のほとりでもりもりケーキを食べている。不思議な気分だ。

なんだ、この非日常的な光景は。

思いがけなく、ほとんどお金をかけずにホリデー気分を味わえてしまった。

そんな夏のバカンスを可能にしてくれる公共フェリー、すんごくいいじゃないか。 

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東側のフェリーにも乗ってみる

公共フェリーの味を占めたので、別の日に夫を誘って東側のフェリーをはしごすることにした。 

6本あるフェリー路線のうち5本が旧東ベルリン側にある。
できるだけフレキシブルに回れるように、今回も自転車で行くことに。

最初に到着したフェリー乗り場は公園の片隅にあり、川の両岸を行き来する渡し船のようなものだった。

こちらも時刻表のポールと雨よけの屋根がバス停らしい。
桟橋の先まで行くと、対岸にフェリーが停まっているのが見える。

ヴァンゼーのフェリーに比べると小さいが、ほぼソーラーパワーのみで動いているらしい。すごい。

船にはもちろん黄色い BVG のロゴが。
こちらの船も自転車を乗せられるが、7台で結構いっぱいになった。年中無休タイプのこのフェリーには、観光客に混じって地元民と思われる人や犬も乗っていた。
券売機はないが、チケットが必要であれば船長さんが売ってくれるシステム。
紙のチケットを持っている人はこの刻印機にガチャンと通す。これもトラムや電車と同じシステムだ。
小さな屋内の座席エリアもある。
余談だが、次のフェリーに向かう前にケーキを食べたらまたフォークが横に刺さっていた。ケーキの脇にフォークを刺す文化は西ベルリンも東ベルリンも同じなようだ。

通学用のフェリー 

次に訪れたフェリー乗り場は住宅地の一角にあった。学校がある期間は10分ごとに運行しているらしく、通学にもよく使われている様子だった。

あれ、行き止まりかなと思ったらフェリー乗り場だった。
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近所の人らしき人たちが井戸端会議をしていた。
先ほどのフェリーと同じくソーラーパワーで動くタイプの船だ。
反対側も住宅地。短い距離なので数分で向こう岸に着いた。

地元の人が毎日使っているようなローカルなフェリーも、ヴァンゼーの豪華な雰囲気と違ってまた良い。進むスピードが電車などと比べてゆっくりなのも心地よい。

自分にとってはあまり馴染みのない移動手段なので、買い物や通学で乗ったり、船を気軽に利用する生活にはなんだか憧れる。

手漕ぎボートのフェリー

もう大体ベルリンのフェリー事情が分かって来たな〜と思ったが、旧東ベルリンの夏のリゾート、ミュゲルゼー湖付近にもフェリーがあるらしいので、もう少し足を伸ばしてみることにした。

ベルリン中心部から離れるにつれ、風景がどんどん変わっていく。そのうち、市内とは思えないぐらいのどかな景色になっていった。

これでもまだベルリン市内。
道の名前が「フェリー通り」なので間違いないはずなのだが
こんなところにフェリーがあるんだろうか。

と思っていたら道が川に突き当たり、フェリー乗り場らしきものが見えた。

あった、フェリー乗り場だ!
えっ、あれっ
手漕ぎボート……?

これは何かの冗談なのだろうか。見るからに今まで乗ってきたフェリーとは全く別物だ。だって手漕ぎボートだもん。

「君はフェリーじゃないよ」と言いたいが、手漕ぎボートの巨大な「F」の看板が「いいえ、私はフェリーです」と主張している。

疲れてたのかもしれないが、呆気にとられて笑いが止まらなくなった。

手漕ぎフェリーも9ユーロチケットで乗れる

このなんとも不思議な手漕ぎフェリーに乗ってみたいのだが、一つ問題がある。

自転車は乗せられないのだ。

ボートのサイズを見れば当たり前だ。仕方がないので自転車はこちら岸に停めてフェリーに乗ってみることにした。

あとは肝心の船長さんを探さねばならない。フェリー乗り場の隣に小さな小屋があったので覗いてみると、船長らしきお兄さんが座っていた。

そういうとお兄さんは手際良く船を出してくれた。対岸までは40メートルほどしかなく、3、4回ボートを漕いだら着いてしまうような距離だった。

これが公共フェリーだなんて信じられなくて、笑顔が止まらない。

あ、そういえば運賃のことを聞いていなかった。 本当にこのボート、BVG のチケットで乗れるんだろうか。

うん、やっぱり公共フェリーだ。そんなこんなしているうちに一瞬で対岸に着いてしまった。 

泳いでも数分で行き来できる距離だもんね。

まるでおとぎ話の村(でもベルリン市内)

せっかくこっち側まで来たのだからちょっと辺りを散策してみることにした。

帰りはどうすれば良いんですか、とお兄さんに聞くと「桟橋で待っててくれれば迎えに来るよ」と言った。

船着場から数メートル進むと、

こんなにかわいいお家や
無人販売所や(やってなかったけど)
のどかな石畳の道。フェリーに乗ってタイムスリップしてしまったのか。

一体私たちはどこに来てしまったんだろう。もはやドイツの首都とは思えないおとぎ話のような風景が広がっている。

すべてがあまりにも予想外すぎて、さっきから笑いが止まらないんだが。

桟橋の近くには魚の燻製やサンドイッチを売るお店もあったので、見てみることに。

藁葺き屋根がかわいいお店。
こうやって吊るしてあると買いたくなってしまうのだが、おいしい魚の燻製にはなかなか当たらない。
なので安定の魚肉ハンバーグのサンドイッチを食べる。

サンドイッチも食べたことだし、向こう岸に戻るとするか。お兄さんに言われた通り、桟橋に立って待っていると、

迎えに来てくれた!
乗客は私たちしかいなかったので、貸し切りボートみたいに利用して申し訳なかった。

お兄さんに聞くところ、このフェリーは夏限定な上、週末のみ運行する特別な観光フェリーらしい。彼はこの仕事を始めて5年になるそうだが、1日平均して100人から150人ほどの乗客を運んでいるそう。

自転車も乗せれるタイプのフェリーが運行していた頃は1日に250人もの乗客を運んだこともあったが、最近手漕ぎフェリーに変わったそうだ。

まだ色々話を聞きたかったが、40メートルの船の旅はすぐ終わってしまった。

夏のうちに、また誰かを連れてこのフェリーに乗りに来よう。


煙のあるところには火がある、フェリーがあるところには面白いものがある

公共フェリーに乗りまくるために2日間で約100キロも自転車で移動するという、世にもとんちんかんなことをしたが、悔いはない。おかげで行ったことのない場所にたくさん行けたし、ちょっとしたホリデー気分も味わえた。

あと、フェリーがあるところには何か面白いものがあるということもわかったので、ほかの街でも公共フェリーがあれば積極的に乗ってみようと思う。

今月も腰を軽くしてくれた9ユーロチケットに感謝である。

帰りはさすがに疲れたので電車で帰った。駅にあった昔ながらの発車標がかっこよかった。
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