特集 2022年6月30日

たった9ユーロでドイツ縦断(とまでは行かない)の旅に出てみた

今月、ドイツ国内の公共交通機関が1か月間乗り放題になる「9ユーロチケット」とう超太っ腹なチケットが発売された。

せっかくなので、9ユーロでベルリンから南ドイツまで行ってきた。

1986年東京生まれ。ベルリン在住のイラストレーター兼日英翻訳者。サウジアラビアに住んでいたことがある。好きなものは米と言語。

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夢の「9ユーロチケット」

私の住むドイツでは、今「9ユーロチケット」という期間限定の特別チケットが話題を呼んでいる。

アプリでも買うことができる9ユーロチケット。

「9ユーロチケット」とは、燃料や物価の値上がりに対するドイツ政府の対策の一つで、より多くの人に列車やバスなどを手頃な値段で利用してもらおうというものである。

このキャンペーンは今年の6・7・8月の3か月間にわたって行われるのだが、ひと月たったの9ユーロ(約1300円)でドイツ全土の公共交通機関が乗り放題になる(高速列車は除く)という大変太っ腹なチケットなのだ。

地下鉄の切符一枚でも3ユーロ(約430円)するので、電車に3回乗るだけで元が取れてしまう値段なのに、1か月間ずっとベルリン市内の電車や地下鉄、トラムなどはもちろん、州をまたぐ中距離列車にも好きなだけ乗ることができるのだ。

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地下鉄の駅の9ユーロチケットの広告。うたい文句は「前代未聞の太っ腹ぶり」。いや、間違いない。

9ユーロで南ドイツへ

そんな夢みたいなチケットを活用しない手はないが、最近は自転車ばかり乗っていて、地下鉄さえも乗る機会がない生活をしていた。

せっかくのチケットを使う機会がなくて悔しいな……と思っていた矢先、6月の半ばに南ドイツにあるエアランゲンという街で行われるコミック・フェスティバルに行くことになった。

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2年に一度開かれるドイツ最大のマンガメッセ、「コミック・サロン」。

ベルリンからエアランゲンまではおよそ450km。東京〜京都間ぐらいの距離だろうか。ドイツ鉄道のICEという特急列車に乗れば、乗り換えなしで3時間で着く距離だ。

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白いボディに赤いラインが入ったのがICE。

ベルリンからエアランゲンまでICEで行くと、早割でも片道50ユーロ(約7000円)ほどかかるが、中距離列車を使って数回乗り換えれば、今回の9ユーロチケットで行けてしまうのだ。

調べてみると、2回乗り換えれば、7時間弱でエアランゲンに行けるルートがあった。

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ちょっと長旅にはなるが、朝9時に出れば午後4時までにはエアランゲンに到着できる予定だ。そして何より、たったの9ユーロで行けてしまうということがめちゃくちゃ魅力的ではないか。

よし!9ユーロチケット、元を取ってやろうじゃないか!

トラブルで有名なドイツ鉄道

と決めたのは良いが、気がかりなことがある。

本当に列車をスムーズに乗り継いでエアランゲンまで辿り着けるのだろうか?

というのも、ドイツ鉄道は遅延やキャンセルなどのトラブルが多いことで有名なのだ。

日本の電車に慣れていると時間通りに到着することが当たり前に感じるが、私がドイツで電車に乗る時はつい

と祈ってしまうぐらい、トラブルが絶えないのだ。

別に祈ったって仕方がないのだが、ドイツ鉄道でさんざんトラブルを味わってきた末についてしまった癖なのである。

私が極度の心配性なので、もしかしたら自分がトラブルに過敏なだけかとも思い、ドイツ人の夫の両親にも聞いてみたが、

だと言う。ドイツ鉄道に不満を感じる人は私だけではないようだ。

そんなドイツ鉄道だが、今回の9ユーロキャンペーンで利用者が急激に増え、いつもに増して大混雑や大幅な遅延が起こっていることが今ドイツ中で話題になっているのだ。

なので「超お得だからたくさん利用したい!」と思う同時に「絶対トラブルがあるから乗りたくない!」という矛盾する気持ちを抱えながら、9ユーロチケットの度に出ることにした。

今回は、その一日の出来事を振り返りながら、ドイツ鉄道と9ユーロチケットを利用する際のポイントをいくつかピックアップしていきたいと思う。

当日の朝

当日は、途中で大幅な遅れがあっても暗くなる前にはエアランゲンに着くように、朝の列車に乗ることにした。

どうせ混雑するだろうから、荷物はリュックとウエストポーチだけという身軽な格好。そして乗りかえ時間も短いので、お昼を食いっぱぐれないようにおにぎりと水筒を持参する。 

さあ、冒険に出るんだぞ〜と自分に言い聞かせるも、もともと移動日に極度のストレスを感じるタイプなので、緊張で心も体もバッキバキである。

夫に「ほら、笑って!」と言われて作った精一杯の笑顔。顔の筋肉すべてが笑顔を拒否していた。

出かける際、玄関で見送ってくれた夫が

と気合を入れてくれた。

ポイントその1

  • ドイツ鉄道に期待をしない
  • できれば荷物は少なめ
  • 列車の旅は時にバトルと化すので、体調を整え、気合を入れる

いざベルリン中央駅へ

列車に乗るために戦いたくないなぁ、と思いながら中央駅へ向かう。

トラムで中央駅に向かう。普通のトラムなども9ユーロチケットで乗れるので便利だ。

ベルリン中央駅からはまず、デッサウ行きの列車に乗る。

ベルリン中央駅に着いた。
屋根もガラスでできていて透明感がある駅だ。
目当ての列車のホームに到着。今のところは混雑している様子はない。

ホームに着いてホッとしたが、油断はならない。

ドイツでは出発直前のキャンセルやホーム変更なども頻繁にあることなので、ディスプレイをチラチラ確認しながら列車を待つ。

乗るのは、デッサウ方面へ向かう「リージョナル・エクスプレス(RE)」、通称「レギオ」だ。
向かいのホームの衝立のエスカレーターの絵が面白かった(ちなみにエスカレーターの工事ではなかった)。

ポイントその2

  • 駅のディスプレイやアプリを常にチェック、アナウンスにも注意する。周りの人が動き出したら要注意
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起点駅から乗ればよかった

そのうち、デッサウ行きの列車が到着した。

レギオの列車はこういう赤いものが多い気がする。

日本のホームと違ってドイツの駅ではドアの位置が表記されていないので、みんな適当なところで待つ。ドアが目の前に来てくれればラッキーだが、私はいつもハズれるので期待はしない。

列車はすでに満席で、中央駅で人が乗った時点では満員電車とまでは行かない混み具合だったが、この時点で「もしかしたら7時間ずっと立ちっぱなしになるかも」という不吉な予感がした。

体力が持つかどうか心配だ。もう少し早起きして起点駅から乗るべきだったが、仕方がない。

ポイントその3

  • 市内に列車の起点駅がある場合、可能な限りスタート地点に近いポイントで乗るようにする

 1本目:ベルリンからロスラウまで

中央駅を出発後は停車するたびに乗客は増え続け、途中で30人ほどの幼稚園の遠足グループまで乗ってきた。

が、中央駅から45分ほど先の駅で、幼稚園児たちを含むほとんどの人が列車を降りたのだ。後で調べたら今日はフラワーショーが行われていたみたいだ。

おかげでその駅から先はずっと座れたので、たちっぱなしから解放された。ありがたい。

ベルリンの郊外はずっと平らな土地が続く。

ポイントその4

  • できれば大きなイベントがある日や時間帯は避ける
  • サッカーの試合の日はファンが大勢乗るので、死んでも避ける

2本目:ロスラウからライプツィヒ

座れてからというものは快適で、景色を眺めたり隣の人と話をしたりして過ごした。

田舎町の小さな無人駅がかわいい。

隣に座っていたお姉さんは、田舎の古い駅舎は売りに出されていることが多いのだと教えてくれた。

実際に彼女も駅舎に数か月住んでいたことがあるという。なんてロマンチックなんだ!と思ったが、毎朝4時台に駅のアナウンスに起こされてよく寝れなかったそうなので、やっぱりいいかな、とも思った。

それから1時間弱でロスラウという小さな駅に着いた。ここで旧東ドイツの都市ライプツィヒへ向かう列車に乗り換える。

一緒に乗っていた人のほとんどがここで降りた。この時点ではまだ自転車も乗せてもらえていたが、混雑が増した時は自転車の乗車は拒否されていた。

10分ほどして、本日2本目の列車が到着した。

果たして乗れるのだろうか。

ポイントその5

  • 混雑すると自転車の乗車を拒否されることがあるので、9ユーロキャンペーン中は自転車での列車旅行は避けた方が無難である

一等車に乗り込む 

一本目と同様、車内はすでに混雑していた。

オロオロしていると、先ほどの隣に座っていたお姉さんが「一等車の方が空いてるから、そっちに行こう!」と言った。

本来は一等車に乗るためには専用のチケットを買う必要があるのだが、車内をこれ以上密にするよりはいいだろう!と思ってつられて一等車に向かった。

ガラスの向こうが二等車、こちら側が一等車。

チケット無しで一等車側に座ってしまってドキドキしたが、そのうち他の乗客も流れ込んできて一等車も満員になったので、車掌さんが来たら事情を話して許してもらおうと思った。

が、車掌さんが来ることはなかった。

説明しそびれたが、ドイツの駅には改札口というものが無いので、チケットは車内でチェックされるシステムになっている。

だが9ユーロチケットの大混雑の中で一人ひとりチケットを確認してまわるのはムダと諦めているのか、後にも先にも乗車券をチェックされることは一度もなかった。

という訳で、ちょっとズルイがライプツィヒまでゆったりと一等車で過ごさせてもらった。

工業地域として知られるザクセン=アンハルト州に突入。工場らしき建物が多かった。
途中で停まった産業都市ビターフェルドの駅。バスに「溶接士募集中!」の広告。
そしてやっと次の乗りかえ地点、ライプツィヒだ!
ライプツィヒ中央駅の手前の景色がすごく好き。
旧東ドイツの都市の中で東ベルリンの次に人口が多いライプツィヒは、若者やアーティストにも人気の街である。

ポイントその6

  • 本来は専用チケットがないと一等車には乗れないので、ご注意を!

3本目:ライプツィヒからエアランゲン

電車も特に遅れることも無く、信じられないぐらいスムーズに終点ライプツィヒに着いた。

ライプツィヒのホームでは、すでに沢山の人が待っていた。

この列車は私たちが降りた後にまたベルリン方面に折り返すらしく、ホームは反対方向に向かう人で混み合っていた。

待っている人たちがドア付近に殺到する。
修学旅行っぽいグループ。ベルリンに行くのだろうか。

私も写真を撮っている場合じゃない。次の列車のホームを探さねば。

次の列車はライプツィヒが起点なのだが、ここで座れないとエアランゲンまで4時間ぶっ続け立って過ごす可能性が高くなるので、早く席を確保することが大事なのだが、

あああっ!もう列車が到着してる!

急いで列車に乗り込むが、すでに満席の様子。出遅れたか……と諦めかけたところ、一つだけ席が空いてるのを見つけた。

す、座れた!奇跡的にラスト一席をゲットした。これで4時間立ちっぱなしで過ごさなくてすむと思うと猛烈にありがたい。

あとはとにかく乗っていれば着くはずである。(途中でトラブルがなければ。)

ライプツィヒを出発した時点では、まだそこまで混んではいなかった。

ポイントその7

  • どんな時でもホームには早めに行こう
  • ドイツ鉄道に期待をしない(油断しない)
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トイレに行きたい 

ライプツィヒを出発した後も、列車には停車するごとに乗客がどんどん乗り込み、車内はかなり混雑してきた。

この時点で家を出てから4時間ほどが経過していて、そろそろトイレに行きたくなってきた。列車内にトイレはあるのだが、車内のどこにあるか分からない上、この混雑した車内でトイレを探しに行く勇気と気力は私にはなかった。

気を紛らすために写真を撮ったりしてみる。

エアランゲンまであと3時間。限界が来たら思い切ってトイレに行こうと心に決めて我慢することにした。

ポイントその8

  • 混雑した列車の中ではトイレに行きにくいので、行けるときに行っておく

ちなみに、ドイツでは大きな駅ではトイレにお金がかかったり、小さな駅にはトイレがなかったり(!)するので、本来はできるだけ列車内で行っておくと安心である。

州ごとに違う祝日

エアランゲンまでもう少し。7時間の列車の旅も終わりが近づいてきて、希望が見えてきた。

ベルリン付近の平らな景色とは違って、山が多い。
窓からちょっとしか見えないが、南ドイツだ〜!と興奮する。

しかしバイエルン州に突入すると共に急激に混雑するようになり、東京の満員電車顔負けの混み具合になってきた。

それもそのはず。バイエルン州ではその日は祝日だったので、移動する人がいつもに増して多かったのだ。

ぎゅうぎゅう詰めで立っている人たちには申し訳なかったが、ライプツィヒで席をゲットできて運が良かった、とつくづく思った。

ポイントその9

  • ドイツでは州によって祝日や夏休みが異なるので、州をまたぐ場合は祝日をチェックする

ついにエアランゲンに到着 

ベルリン中央駅を出発して7時間後、やっと目的地エアランゲンに到着した。

はるばるきたぜ、エアランゲン!
しかもほぼ時間通り!まったく期待をしないおかげで時間通りに着くとすごく嬉しい。

私が降りた列車は、エアランゲンでもさらに多くの人が乗り込み(乗り切れない人も多くいた)、引き続き満員電車状態でニュルンベルク方面へ向かって行った。

ドアぎりぎりまで人が入っている。周りの人は乗車を諦めた人たち。

列車を降りてヘナヘナとベンチに座り、しばしホームで放心状態になった。 

や、やっと解放された……

やはり7時間も混雑した列車に乗るのはキツい。

今回は運よくほとんど座ってくることができたが、これで座れなかったら体力が持たなかったかもしれない。元気がない人にはあまりおすすめできない旅であった。

がんばったご褒美に途中で食べることができなかったおにぎりを4つ一気に食べた。幸せ。​​​

でもなんだかんだ言って、列車の一人旅はワクワクするものである。

交通費を節約できた分だけ、マンガを買ってやろうと思った。

コミック・サロンにいたR2D2がかわいくて癒された。

最高だけど、もうやりたくない

誰でも気軽に公共交通機関を使えるようにハードルを下げるという意味では、9ユーロチケットは最高な試みだ。

東京に住んでいた頃、交通費を節約するために遠出を避けていたことの頃を考えると、「このチケットさえあればどこへでも行ける!」という開放感は感動的である。

ただ平日でこれだけの混みようなので、週末や連休の9ユーロチケットを使った長距離の移動はあまりおすすめできないが、時間と元気があり余っている人はチャレンジしてみてもいいかもしれない。

でも、私はもうやらなくてもいいかな。

帰りの特急列車は空いていて快適だった。
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