勉強、いまからしたほうがいいかもしれない
大人になってから触れる勉強というのは、おもしろいと思えることが多い。
いま思うと、もっと授業を真面目に聞いていればよかったとか、もっと先生に質問すればよかった、といった後悔の念がおおきい。
だれか、大人向けの授業をやってくれないだろうか。めちゃめちゃ良い生徒になる自信あるんだが。
社会科の資料集が異常に好きで、おりにふれて買っている。
すでに、中学校を卒業して30年ちかくたつが、たまに購入してはながめ、彼方に過ぎ去りつつある学生時代の勉強を懐かしんでいる。
マイフェバリットな社会科資料集と、そんな資料集をはじめ、学習参考書を専門に扱う取次の配送センターをみせてもらったので、そのことを書きたいと思う。
社会科が好きすぎて、社会科の授業がたのしみでしょうがなかった。社会科の授業でやることだったら、地理も歴史も公民も全部好きだった。
とはいえ、成績が良かったかというとそれは別の話で、中の中ぐらいがせいぜいだった。「好き」と「できる」は別物だなと、認識したのもそのころである。
それはさておき、社会科、特に歴史の教科書と一緒に配られる資料集が大好きで、授業中によくながめていた。この資料集は、教科書とは違い、一般の書店で売られていることに大人になってからはじめて気がついた。
しかも、複数の出版社から、さらに複数の種類が出ていることにも気づき「へー、いろんな種類があるんだな」と感心してから、買い集めるまでそんなに時間はかからなかった。
ただ、あくまで趣味の範囲で数年おきにいくつか買い集める程度なので、網羅しているわけでもなく、歴史、とくに世界史の資料集がやたら多いという、かたよりがあるものの、そこそこの量がたまってきたので、グッとくる部分を紹介したい。
どの歴史資料集にも、ほぼ必ず載っている図がある。「対象年表」といわれる図版だ。
どんな国がいつ勃興し、滅亡し、なんという国に変遷していったのかがひと目でわかる図で、資料集によって「諸国年代対象略表」とか「諸国興亡表」または「世界史対象年表」などと言われている。
これをながめては、新だとか、奴隷王朝といった、滅亡した国に思いを馳せてうっとりしていたわけだが、これだけ種類があると、それぞれいろいろと違いがあるのだなということにも気づく。
縦にするのか、横にするのかでデザインの差異があるうえに、よく見ると、ローマ帝国を分割するのか、しないのかの違いなどもあり、みていておもしろい。
全体的に、20世紀に入ってから、国が細かく分かれるのがおもしろい。そのころ「国民国家」という考え方に基づいて色んな国が独立していったのがビジュアルでわかる。
歴史は、授業中の豆知識が楽しかった記憶がある。
例えば「セポイの反乱」で「反乱のきっかけは、ヒンズー教やイスラム教の兵士が、牛や豚の油が塗られている弾薬を噛み切ってから使うのに反発したから」というような、確かにそんな話、先生が授業中にしてたな。というかすかな記憶を思い出させてくれる。
他にも、ディズニーランドのシンデレラ城のモデルになったドイツのノイシュバンシュタイン城は、熱狂的なワーグナー推しの王、ルードヴィッヒ2世が、ワーグナーの楽劇の世界観を再現するために作った、など、知ってると世界史がちょっとおもしろく思えるような小話が随所に挿入してある。
最近の資料集は、興味を引きやすいエピソードがこういった読み物になっているものが多く、普通に読んでおもしろい。
教科書に載っている写真や図版というのは、感受性が高い時期に触れるものなので、記憶のひだに強く残ることが多い。正岡子規の横顔や食物連鎖の図なんてのも、言われればすぐに思い出せるのではないか。
気になる画像は資料集にもけっこうある。たとえばシュメール人。
シュメール人の目のデカさは昔から気になっているのだが、資料集のシュメール人はのきなみ目がデカい。
残念ながら、シュメール人の像はなぜ目がでかいのか? について解説している資料集はないのだが。
ウィーン会議の図版も、資料集ごとに見比べるとおもしろい。
カッコいい絵画の図版を載せている資料集もあれば、「踊ってたのね」ということがよく分かる風刺画の方を載せている資料集も多い。
最近の資料集だと、踊っている人がそれぞれ誰かを丁寧に解説している。
戦争に勝った国が集まって踊っている……とおもうと、よりいっそう可笑しみが深まる。
他にも、絶対役には立たないけれど、知っているとたのしい情報が載っている。
例えばミイラの作り方。この知識が実際に役立つことはないだろうし、おそらくテストにも出ないことがらだけど、知っていれば人生にコクが出る知識である。
ルノワール自身が、ネット記事ばりに「ルノワールです」と、自己紹介しつつ自分の絵画の歴史的背景をクイズで出題する世界観である。冷静に考えるとヤバい。
アベラールとエロイーズの話、恥ずかしながら、知らなかった。中世ヨーロッパにはすでにこういう「世界の中心で、愛をさけぶ」みたいな話があったんだと、認識を新たにしたうえに、人生にコクが追加された。
旅行ガイドブックかと思われるようなページがあると思うと、異民族の文字一覧がある。このバラエティぶり。めちゃくちゃたのしい。こんな本、なかなかない。
これらの社会科歴史資料集は、おおむね700円から、高くても800円ほどである。
われわれ大人は、強制的に知識を試され、その後の人生を左右するようなランク付けをされるといった受験からは解放されている。
受験をしなくてもよい。というストレスフリーの状態で、いまいちど、勉強したことをふりかえってみると、勉強は実はおもしろい話でいっぱいだったのではないか。ということに気づく。
子供のころの狭い見識では理解できなかった、世の中のしくみやなりたちが、酸いも甘いも噛み分けることができるいまならわかる。ということもある。
そんな、実はおもしろい勉強を、もういちどふりかえることができる本が、書店で数百円で手に入るとは、なんて豊かな文化なんだ、と感心せざるをえない。
豊かな文化の象徴ともいえる社会科の資料集は、なぜ書店で簡単に手に入るのか。それは、学習用の書籍を専門に取り扱う業者がいるからだ。
「日教販」という名称をみたことはないだろうか。よく学校の職員室に「日教販」と書かれたダンボール箱があったことを覚えているひとも多いかもしれない。
「そういう会社があるんだろうな」程度の認識でやり過ごしていたかもしれないが、この日教販が、豊かな文化の底を、ひっそりと支えているといっても過言ではない。
日教販とはいったい何なのか? その謎を解くべく、埼玉県戸田市の日教販にやってきた。
日教販販売促進部の永井さん、同じくデジタル事業部の高橋さんにお話をうかがった。
――大変失礼ながら……「日教販」は、学校の職員室とかでお見かけしたことはあるんですが……具体的な業務内容は把握しておらず……。どんなお仕事をされておられるのか。そこからお伺いしてよろしいでしょうか。
日教販・永井さん「はい、弊社は教科書、学習参考書、学術書、辞典など、教育用図書専門の取次ということですね」
――取次……ということは、トーハンだとか、日販といった会社と同じ業務内容というわけですね。
一般的に、出版社と書店は直接取り引きしているわけではなく「取次」という流通業者を介して書籍のやり取りをしている。わかりやすく図解すると下のようになる。
取次を通すことによって、書店や出版社は、それぞれ膨大な数の取引先と直接やり取りしなくても済む。
学習参考書や辞書などは、トーハンや日販といった大手でも取り扱いはするが、種類や在庫量がそんなに多くない、しかし、学習参考書専門の日教販は、ちょっとどうかしているぐらいの商品数と在庫量があり、書店などから注文があれば即日、遅くても翌日には発送できるという。
ちょっとどうかしている在庫の倉庫を見せてもらった。
この戸田のセンターには、教科書以外の学習参考書や教育関連書籍が、常時40万冊〜50万冊。アイテム数では2万アイテムの書籍が準備され、出荷を待っている。
全国の書店や学校などから、注文がきたら、人が注文通りにアイテムをピッキング(選び抜き)して行く。
ピッキングされた商品は、注文ごとに箱にまとめられる。
箱にまとめられた商品は、トラックヤードに運ばれ、ダンボールで梱包され、出荷される。
繰り返すが、倉庫には、学習参考書はもちろん、教育用の書籍の在庫が、うなりをあげるほど存在している。
教育用の書籍なので、もちろん国語辞典を含む辞書も存在している。
ぼくの家にも、国語辞典が150冊ほどあるので、辞書が大量にある風景は見慣れているけれど、ここは、同じ辞書の在庫が大量にあり、ふるえがとまらない。
以前、記事でも取り上げた「角川国語辞典」の在庫もあった。
印刷工場や製本所を見学することはよくあるけれど、取次の倉庫、というのはなかなかない。
注文を受ける、ピッキングする、出荷するといった工程のほとんどが機械を通しておこなわれており、人為的なミスが発生しないよう工夫されているんだな。ということはよくわかった。
事務所には、書店の棚を再現した一角があり、そこに日教販で取り扱っている学習参考書が陳列されている。
この棚は、書店から譲り受けて作ったそうで、学習参考書コーナーの書店での展開のしかたなどを研究しているという。
永井さん「書店では、学習参考書のコーナーは必ず一定の場所が確保されているんですが、そこに、売れ筋の商品を入れようとすると、単語帳ばかりになってしまうんです」
――単語帳って、やっぱりいちばん売れるんですか?
永井さん「売れますね、でも学習参考書のコーナーがそればかりだと困ってしまいますから、書店で、こういう学習参考書を置いておけば間違いないですよという、ラインナップを弊社では準備しているんです、その見本のようなものですね」
――単語帳が売れるということは、やはり大学受験用のものが多いわけですか。
⾼橋さん「そうですね、⾼校⽣向けのものが中心ですね……学習参考書は⻑いスパンで売れ続けるものが多いので、意外と古いものもあります、たとえば、旺⽂社の単語集なんかは最古の英単語集ではないかと、いわれてますね」
――本当だ、初版発行が1942年になってますね。改訂は行われているけれど、たしかに古い。
――1942年って、昭和17年、戦時中じゃないですか、すごいな。
「赤尾の豆単」と呼ばれたこの単語集は、戦中から戦後の受験生に広く愛用された学習参考書界のスタンダードでベストセラーの単語集らしい。
⾼橋さん「単語帳の⼀番最初の単語がAbandon(アバンダン)でいきなり…、なんていわれたんです」
――にもかかわらず、いまだに売られ続けているというのはすごいですね。あと、どうでもいいんですが、値段が安すぎませんか? 551円(税込み)って。牛丼大盛りぐらいの値段じゃないですか。
今の時代、500円台の本って学習参考書以外含めてなかなかない。雑誌でも千円近くするものもザラなのに、551円はすごい。
――社会科の資料集が異常に好きで、趣味で買うことが多いんですが、それも、フルカラーで図版がたっぷり入ってるのにどれも1000円しないんですよ。参考書の値段の安さはすごいですね。
高橋さん「社会科の資料集などは、おそらく写真の使用料などもけっこうすると思うんですが、たしかに安いですね」
――おそらく、学校で教科書を配られるさいに、学校で一括購入したりするでしょうから、それで値段を安く設定できているのかな。
高橋さん「そういう理由もあると思います、出版社はそうとう努力してますね」
――小学生用の参考書、これすごいですね。
高橋さん「メゾピアノの学習参考書ですね」
――メゾピアノって、なんですか。
古賀さん「子供向けのファッションブランドですね……あー、かわいぃー」
――中身はちゃんとしてる、でも単元名の「大地の変化」のあとにハートマークがついちゃうのとか、おもしろいですね。
――せめて勉強することが「たのしい」と思ってくれれば、いいんですけど、なかなかそういうわけにはいかないんですよね。だから、あの手この手で子供に興味を持ってもらおうと努力しているのが涙ぐましいですよね
永井さん「少し前なんですが、弊社で『オトナ学参(学習参考書)』というキャンペーンを行っていたんです」
永井さん「オトナが読んで面白い学習参考書を選んで置いてもらったりしたんです。今は別のキャンペーンになってますが」
――あ、これはまさに、ぼくが常々考えていることですまさに。勉強って、大人になった今の方が理解しやすいし、受験というハードルがないぶん、気楽におもしろいと思えること多いですよね。
永井さん「そうなんです。でも、書店で学習参考書のコーナーにまで、なかなか足を運んでもらえないんです。そこで、棚の上に貼り付けるポップを作ったりして、いろいろとアピールはしているところなんです」
――確かに、勉強って大人になったら他人事だから、わざわざ学習参考書のコーナー見ようって思わないですからね……。
古賀さん「国語便覧ありますね!」
古賀さん「国語便覧、好きだったんですよー」
――国語の社会科資料集みたいなやつですね。意外と種類出てますね。
古賀さん「この作家一覧とか見ると、アガりますね……朝井リョウさんとかまで載ってるんだ、すごい」
――国語便覧も、カラーと値段の安さをめちゃめちゃうったえてますね。営業努力がすごい……あー、これほしい、買いたいな。
永井さん「すみません、ここ、販売はしてないんですよ」
――えー、こんなに書店みたいなのに!
永井さん「すみません!」
――帰りに本屋で買います……。
大人になってから触れる勉強というのは、おもしろいと思えることが多い。
いま思うと、もっと授業を真面目に聞いていればよかったとか、もっと先生に質問すればよかった、といった後悔の念がおおきい。
だれか、大人向けの授業をやってくれないだろうか。めちゃめちゃ良い生徒になる自信あるんだが。
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