特集 2018年12月19日

まるで新語のタイムカプセルや〜『角川国語辞典』を読む

角川国語辞典を読みたい

国語辞典にどんな新語が採用されるのか、が注目されることがふえた。

たとえば、昨年出版された『広辞苑 第七版』には「スマホ」だとか「朝ドラ」みたいな新語が載ったとニュースになったし、今秋出版された『三省堂現代新国語辞典 第六版』では、「草(笑う意味の)」や「沼(趣味にハマるという意味の)」といった言葉が採録されてネットやマスコミで騒がれた。

そんな国語辞典の新語だが、ここに熟成されたウィスキーのようなビンテージ感あふれる独特な新語を載せている孤高の国語辞典がある。『角川国語辞典』だ。

鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。

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発売以来、ほぼ内容が変化していない国語辞典

国語辞典は数年おきに改訂が行われ、新しく使われ始めた言葉や俗語、あたらしい用法などが常に書き加えられて行く。さらに、小型辞書などは、紙幅の制限もあるため、使われなくなった言葉などは削除され、つねに新陳代謝を繰り返している。

しかし、『角川国語辞典』は、1969年の発売以来、大きな改訂は行われておらず、こまかな修正のみで、現在も販売されている。

そのため、こんな項目がある。

 

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ハレー彗星
ハレーすいせい【ハレーすい星[ハレー☓彗星】ハレースイセー名[天]約七十六年ごとに現れる、長い尾を引いた大すい星。次は一九八六年。ほうきぼし。

ぼくの持っている角川国語辞典は、2014年に出版されたものなので、すでに1986年から25年以上経っているが、「次は一九八六年」のままである。

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ハレー彗星(C)NASA/W. Liller


このように、この国語辞典は、内容が古いのにもかかわらず、そのまま今でも販売されている。書店では最近あまり見かけなくなったが、Amazonではふつうに買える。

しかし、内容が古いからといって、まったくダメな辞書かというとそんなこともないと思うのだ。内容が古いままなので、1970年頃の世相をうかがい知ることができるということにほかならない。

特に、巻末にまとめられた新語、略語一覧はかなり味わい深い項目が多い。

 

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悪書追放
悪書追放 低俗出版物の追放をいう。婦人団体など読者側ばかりでなく販売関係者の間でも悪書追放運動が広がっている。

 

あの白いポストが全国的に設置されたのもこの時期のことだろう。「読者側ばかりでなく、販売関係者の間でも(略)広がっている」と書かれているけれど、これは1963年に設立された自主規制団体の「出版倫理協議会」のことだろうか。

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白いポスト(Wikipediaより)


説明がぎこちない

当時使われ始めた新語だけに、説明がちょっとばかりぎこちないものもある。

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マイ・カー族
マイ・カー族 通勤・行楽・旅行に、自分の車をみずから運転して楽しむ種族。

マイとカーの間にあるナカグロのぎこちなさもなかなかだが、「種族」ときた。いや、間違ってないと思うんです、間違ってはない。けれどもこの語感に感じるぎこちなさはなんなのか。

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ポップアート
ポップ・アート pop art《ポピュラーアートまたはポップコーンアートからという》アメリカ前衛芸術運動の1。あきかん・あきびんなどを素材とし、反芸術の立場に立つ急進的な芸術。

あきかん・あきびん。急にゴミの日っぽさが出てきてしまった。何をみてこの語釈を書いたのかが気になる。アンディ・ウォーホルだろうか。

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あきかん・あきびんのゴミ箱
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しごき
 
しごき 《動詞「しごく」から》運動部・山岳部などで先輩が後輩を手荒く鍛えること。

なぜわざわざ「山岳部」が入っているのかわからないので、ちょっと怖いが、《動詞「しごく」から》というところはなんかエロい感じがする。怖いのかエロいのかはっきりしてほしい。


うっかり話題の言葉が

 

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地面師

 

地面師 他人の土地を、当人が知らないうちに第三者に売り渡してしまう詐欺師。

積水ハウスが55億円を騙し取られた事件で突如クローズアップされた「地面師」という言葉。1960年代にはすでにあったようだ。カミンスカス容疑者。声に出して言いたい語感である。あわてなーいあわてない。カミンスカス、カミンスカス。

 

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エクスポ‘70
エクスポ‘70 EXPO’70 Japan World Exposition Osaka 1970 1970年、大阪で開催の日本万国博覧会のこと。

くしくも2025年に大阪で開催されることが決まった万国博覧会。エキスポではなく、エクスポという表記のしかたが新鮮。

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大阪万博のシンボル『太陽の塔』

聞いたこと無い言い方

40年以上前の言葉なので、今の言葉とは違った言い方をする言葉も多く載っている。

 

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ビューフォン
ビューフォン viewphone お互いに相手の顔を見ながら話すことのできる電話。テレビ電話など。

ビューフォン。こんな言い方があったのかという驚きで目が覚める。しかしよく考えると、テレビ電話という言い方も最近はそんなにしない気がする。ビデオチャットとかフェイスタイムとかいうのだろうか。

 

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マルチョイ試験
マルチョイ試験《マルチョイは Multiple Choiceの略》進学テストなどで、問題に対していくつか答えが書いてあり、その正しいものに◯印をつけたり、間違っているものに✕印をつけたりさせる試験方法

ぼくは聞いたことがない言い方だったが、年配の人だと「確かにそう言ってた」というひとも多いかもしれない。マルチョイ。タイの人の名前っぽさがある。

青少年の非行問題に詳しい

「角川国語辞典」は、なぜか青少年の非行問題に対する問題意識が高い。という点も垣間見える。

 

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かみなり族
かみなり族 オートバイを猛烈な速度で走らせる青年。マフラー(消音器)をはずしてわざと音を大きくし乱暴な運転をすることなどからいう。

かみなり族。マイカー族もそうだが、太陽族とかみゆき族みたいに、若者の生態に族をつけて理解しようするパターンがよくあった。しかし、この頃はまだ暴走族という用語は一般的でなかったか、なかったのかのいずれかだろう。

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雷神(C)俵屋宗達

 

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GHQ運動
GHQ運動 go home quickly 仕事が終わったら早く家庭に帰ろうという運動。青少年の不良化防止、家族のだんらんに役だてようとするもの。

GHQ運動、いまざっと検索してみても、進駐軍のGHQしか出てこない。さらに検索したところ、キヤノンがそういう運動やっていたとか、吉田茂が憲法草案をおしつけてきたGHQに対して「とっとと帰りやがれ(go home quickly)」の意味で言ったとか、よくわからない情報がいくつか出てきた。いずれにせよ、一般的に流行ったというほどではないようだ。

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 BBS運動
BBS運動 Big Brothers and Sisters Movement不良化のおそれのある少年・少女の兄となり姉となって、かれらを善導しようという運動。

BBS、掲示板のことではない。ビッグブラザー、シスターでBBS。BBS運動は、いまでも日本BBS連盟という団体が活動を行っているようだ。

 

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番長グループ
番長グループ 非行少年のグループ。リーダーを番長と呼ぶところから。

なぜこれを採録したのか謎。この時代「番長」は新語のような響きをもっていたのだろうか。


科学技術が味わい深い

いまから40年以上前なので、科学技術もまったく違っていておもしろい。

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インターホン
インターフォン interphone 交換台の不要な軽便高声電話。

軽便高声電話というのがよくわからなかったが、軍用の携帯電話のようだ。交換台が不要という点が強調されているのが面白い。

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ファクシミリ
ファクシミリ facsimile マイクロウェーブによる新聞の遠隔電送装置。新聞1ページの紙型をそっくり遠隔地に電送して印刷する方法。

今や絶滅寸前のFAXだが、ファクシミリとして新語に登場している。マイクロウェーブ、と言われると、電子レンジを思い出してしまうが、電波のことなので、間違いではない。

 

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みどりの窓口
みどりの窓口 国鉄主要駅にある特急券・寝台券・乗車券発売窓口。マイクロウェーブなどを利用し、電子計算機を用いて予約発売する方式。

また出たマイクロウェーブ! マイクロウェーブ好きだな。パソコンではなく、電子計算機と書いているところも味わい深くてよい。

オカルト好き

ちょっとオカルティックな話が好きなのも「角川国語辞典」の特徴である。

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イェティ
イェティ yeti 雪男。1921年ヒマラヤ登山隊が足跡を発見。

イェティですよ、イェティ。雪男なら、他の辞書にも載っていることが多いけれど、イェティはなかなかない。

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人間蒸発
人間蒸発 なんの予告も動機もなくゆくえ不明になること。社会の機構が極度に複雑化し人間疎外を引き起こし、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積して生ずる一種の飢餓状態がその原因と言われる。日本では毎年5000〜7000人が失踪宣告をうけ、戸籍から抹殺されている。

怖いよ!


内容が古いからこその楽しさ

「角川国語辞典」は、残念ながら載っている情報が古い。だからこその内容の面白さがある。
そんな昔の情報がたくさんつまった本を今でも本屋やAmazonで購入できるというのは、なかなかできない。
すでに国語辞典を持っていたとしても、二冊目、三冊目の辞書として買うのも十分ありだとおもう。
記事内で引用している国語辞典はすべて『角川国語辞典』です。

 

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