内容が古いからこその楽しさ
そんな昔の情報がたくさんつまった本を今でも本屋やAmazonで購入できるというのは、なかなかできない。
すでに国語辞典を持っていたとしても、二冊目、三冊目の辞書として買うのも十分ありだとおもう。
国語辞典にどんな新語が採用されるのか、が注目されることがふえた。
たとえば、昨年出版された『広辞苑 第七版』には「スマホ」だとか「朝ドラ」みたいな新語が載ったとニュースになったし、今秋出版された『三省堂現代新国語辞典 第六版』では、「草(笑う意味の)」や「沼(趣味にハマるという意味の)」といった言葉が採録されてネットやマスコミで騒がれた。
そんな国語辞典の新語だが、ここに熟成されたウィスキーのようなビンテージ感あふれる独特な新語を載せている孤高の国語辞典がある。『角川国語辞典』だ。
国語辞典は数年おきに改訂が行われ、新しく使われ始めた言葉や俗語、あたらしい用法などが常に書き加えられて行く。さらに、小型辞書などは、紙幅の制限もあるため、使われなくなった言葉などは削除され、つねに新陳代謝を繰り返している。
しかし、『角川国語辞典』は、1969年の発売以来、大きな改訂は行われておらず、こまかな修正のみで、現在も販売されている。
そのため、こんな項目がある。
ぼくの持っている角川国語辞典は、2014年に出版されたものなので、すでに1986年から25年以上経っているが、「次は一九八六年」のままである。
このように、この国語辞典は、内容が古いのにもかかわらず、そのまま今でも販売されている。書店では最近あまり見かけなくなったが、Amazonではふつうに買える。
しかし、内容が古いからといって、まったくダメな辞書かというとそんなこともないと思うのだ。内容が古いままなので、1970年頃の世相をうかがい知ることができるということにほかならない。
特に、巻末にまとめられた新語、略語一覧はかなり味わい深い項目が多い。
あの白いポストが全国的に設置されたのもこの時期のことだろう。「読者側ばかりでなく、販売関係者の間でも(略)広がっている」と書かれているけれど、これは1963年に設立された自主規制団体の「出版倫理協議会」のことだろうか。
当時使われ始めた新語だけに、説明がちょっとばかりぎこちないものもある。
マイとカーの間にあるナカグロのぎこちなさもなかなかだが、「種族」ときた。いや、間違ってないと思うんです、間違ってはない。けれどもこの語感に感じるぎこちなさはなんなのか。
あきかん・あきびん。急にゴミの日っぽさが出てきてしまった。何をみてこの語釈を書いたのかが気になる。アンディ・ウォーホルだろうか。
なぜわざわざ「山岳部」が入っているのかわからないので、ちょっと怖いが、《動詞「しごく」から》というところはなんかエロい感じがする。怖いのかエロいのかはっきりしてほしい。
積水ハウスが55億円を騙し取られた事件で突如クローズアップされた「地面師」という言葉。1960年代にはすでにあったようだ。カミンスカス容疑者。声に出して言いたい語感である。あわてなーいあわてない。カミンスカス、カミンスカス。
くしくも2025年に大阪で開催されることが決まった万国博覧会。エキスポではなく、エクスポという表記のしかたが新鮮。
40年以上前の言葉なので、今の言葉とは違った言い方をする言葉も多く載っている。
ビューフォン。こんな言い方があったのかという驚きで目が覚める。しかしよく考えると、テレビ電話という言い方も最近はそんなにしない気がする。ビデオチャットとかフェイスタイムとかいうのだろうか。
ぼくは聞いたことがない言い方だったが、年配の人だと「確かにそう言ってた」というひとも多いかもしれない。マルチョイ。タイの人の名前っぽさがある。
「角川国語辞典」は、なぜか青少年の非行問題に対する問題意識が高い。という点も垣間見える。
かみなり族。マイカー族もそうだが、太陽族とかみゆき族みたいに、若者の生態に族をつけて理解しようするパターンがよくあった。しかし、この頃はまだ暴走族という用語は一般的でなかったか、なかったのかのいずれかだろう。
GHQ運動、いまざっと検索してみても、進駐軍のGHQしか出てこない。さらに検索したところ、キヤノンがそういう運動やっていたとか、吉田茂が憲法草案をおしつけてきたGHQに対して「とっとと帰りやがれ(go home quickly)」の意味で言ったとか、よくわからない情報がいくつか出てきた。いずれにせよ、一般的に流行ったというほどではないようだ。
BBS、掲示板のことではない。ビッグブラザー、シスターでBBS。BBS運動は、いまでも日本BBS連盟という団体が活動を行っているようだ。
なぜこれを採録したのか謎。この時代「番長」は新語のような響きをもっていたのだろうか。
いまから40年以上前なので、科学技術もまったく違っていておもしろい。
軽便高声電話というのがよくわからなかったが、軍用の携帯電話のようだ。交換台が不要という点が強調されているのが面白い。
今や絶滅寸前のFAXだが、ファクシミリとして新語に登場している。マイクロウェーブ、と言われると、電子レンジを思い出してしまうが、電波のことなので、間違いではない。
また出たマイクロウェーブ! マイクロウェーブ好きだな。パソコンではなく、電子計算機と書いているところも味わい深くてよい。
ちょっとオカルティックな話が好きなのも「角川国語辞典」の特徴である。
イェティですよ、イェティ。雪男なら、他の辞書にも載っていることが多いけれど、イェティはなかなかない。
怖いよ!
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