特集 2025年7月15日

「並べる」という悦楽

物を綺麗に並べる。たったそれだけで気持ち良いのです。

2025年。インターネットが辿り着いた境地です。

1980年、東京生まれ。片手袋研究家。町中で見かける片方だけの手袋を研究し続けた結果、この世の中のことがすべて分からなくなってしまった。著書に『片手袋研究入門』(実業之日本社)。

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折り紙を並べてみる

ここに何の変哲もない折り紙がある。

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ちょっと小さ目のやつです
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これを並べてみる。色の配置などはとりあえず気にしない
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良いな…

今度は同系色の色だけ並べてみる。

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凄く良いな…

差し色を入れてみたらどうだろう?

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めっちゃ良いな…

真上だけでなく斜めからも写真を撮ってみよう。

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どぉなっちゃってんだよ…

丁寧に並べられた折り紙を見てるだけで、なんと気持ちの良いことか。新しい娯楽「並べる」の誕生である。

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ある日の撮影で

以前『お菓子の箱に入ってるミニカタログが大好きだ!』という記事を書いた。撮影当日、ミニカタログの良さを林編集長やべつやくさんに説明しようと机に並べた瞬間、キラキラとまばゆい光が放たれた。

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この光景を見た2人は、一言も説明してないのに「ああ、これは良いものだ!」と理解してくれた

後日、企画会議でこの時の話題が出て、我々はひとつの仮説を立てた。それは「人間は“並んでいるもの”に対してではなく、“並んでいるという状態”に快感を覚えるのではないか?」というものだ。つまり、並んでさえいればなんだって気持ち良いんじゃなかろうか?

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例えば完成間近のビル。窓ガラスに注意喚起の紙が規則正しく張り出されていた
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そしてギャラリーのバックヤードに丸めて用意してあった、展示に使う粘着剤

思い返してみると、窓ガラスの張り紙も粘着剤も見ているだけで確かに気持ち良かった。これは大発見だぞ。

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もう頑張らなくていい

そうして我々は、様々なものを並べてみることにした。

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撮影スタジオにあった食器も良いね~
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ハート形のグミはどうだ?
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文句なし!

遠い国まで行って見る絶景。炎天下で長時間並んで食べるラーメン。極限までサウナで我慢した後の水風呂。快感とはある程度の我慢や努力を経てようやく得られるものだと思っていたが、ただ並べるだけで良かったのだ。

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快感の無限ループ

しかも「並べる」は視覚的心地良さだけで終わらない。一定のリズムで繰り返す単調な作業にも、ランナーズハイ的な快楽が宿る。

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細いマカロニを並べているうちに、日々の心配事も忘れ無我の境地に入る心地良さ
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で、並べ終わったものを見てまた気持ち良い

賽の河原では石を積み上げても鬼がやってきて崩してしまうので、また一から始めなければならないという。それは苦行の例えとされているけど、このマカロニを鬼が崩したら私は満面の笑みを浮かべ「ありがとうございまっす!」と礼を言うだろう。だってまた並べられるんだから。快感の無限ループ。青ざめる赤鬼。

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それは苦行じゃなくてご褒美です
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プチトマトの衝撃

撮影スタジオ近くのスーパーで適当に買ったプチトマトによって、この日最高の瞬間が訪れる。

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ヘタが上になるよう慎重にひとつずつ並べていく
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母さん、僕は遂にやりました。空から見てくれていますか?(母は生きてます)
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スマホやPC画面で見てる皆さんにも、この圧倒的気持ち良さが伝わってますよね?

オマージュに伏線回収。あらゆる娯楽がハイコンテクスト化していく現代において、「並べる」の禅のように研ぎ澄まされた簡潔さは革命的だ。

『並べるという魔法』みたいな新書が爆売れ、渡米してネットフリックスでリアリティショー開始、後に映画化。「並べる」は「Naraberu」になり、アカデミー賞で涙のスピーチ。そんな未来がはっきり見える。

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今までやってきたことは何だったのか?

だが、そこに若干の虚しさも覚える。プチトマト並べただけでこんなに気持ち良いなら、文庫本一冊読み終わるまで歩きながら読書したりiPhoneを車に轢かれたりしながら必死こいて書いてた今までの記事は何だったんだ?

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すべて無駄な努力だったのか?

そんな時、「これも並べましょう」と林さんが謎の物体でパンパンになった袋を取り出した。

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何かの部品のようだ

これは一体何なのか?林さんに尋ねると、長い長い解説が始まった。

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要するにGoProに三脚やマイクを取りつける際のジョイントパーツらしい

私とべつやくさんは「既に持ってるの忘れて同じパーツ買っちゃって!注意しなきゃ駄目ですよ~」と笑う気満々だったのに、説明を聞くとそれぞれ違う役割をちゃんと持っているので怖くなった。

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この3つ殆ど同じに見えますよね?でも信じられないことに微妙に用途が違うんですよ…

「こんなにパーツが必要だなんて、GoProって逆に不便じゃないですか?」。段々問い質すような口調になってしまうが、林さんは「このパーツを駆使すれば、こんなこともできるんですよ!」と自信満々だ。

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デジカメにジンバルカメラとスマホとGoProを取り付けられるというのだが…絶対意味ないだろ
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だが、このキメラのようなカメラを向けられた私とべつやくさんは、死ぬほど笑っていた

「並べる」の禅のような心地良さにすっかり心を持っていかれてしまった私は、あやうく今後『空の青さの美しさ』とか『川の水の冷たさ』とかいう透明な記事ばかり書くところだった。

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つまんなそうだな…

林さんのGoProパーツがなかったら、もう私は元の世界に戻ってこられなかったかもしれない。それくらい「並べる」には悪魔的魅力がある。皆さんも用法用量を守って正しくお並べください。

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シンプルさと複雑さ、これからも両輪でやっていこうと思います

さらに新しい娯楽

撮影終了後、並べたチョコのお菓子を3人で食べながら雑談していた。

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なんだ、この時間。めちゃくちゃ楽しいじゃないか。まったく新しい娯楽「Oyatsu」が生まれた瞬間である。 

編集部からのみどころを読む

編集部からのみどころ
凝る方向にいくだけのデイリーポータルZに一石を投じる記事でした。なんでもいいから並べれば良かった。 並べたマカロニの美しさ。
でもそれを崩されて「ありがとうございます!」って言われて青ざめる赤鬼には共感しました。
GoProのパーツを入れた袋がだんだんパンパンになっていくので、おかしいなとは思っていましたが爆笑されて目が覚めました。(林)

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