「『そうへいじる』って知ってる?」からすべてが始まった
6月のある日、息子が急に聞いてきた。
「お母さん、『そうへいじる』って知ってる?」
「は?そうへいじる??知らない」
「えー、三重の郷土料理って書いてあるけど。お母さん知らないんだね」
この“ちょっと見下した感じ”が小学生の標準装備なのだろうか。
私は三重県出身である。なのに“知らない三重”を突きつけられた。
献立表には、日本各地や世界の郷土料理を取り入れる取り組み書かれており、給食好きの子どもはこれを真剣に読んでいる。
まさか、献立表で母のアイデンティティが問われるとは思っていなかった。
三重出身の友人に聞いてみる
焦って、三重出身愛知県在住の友人M子(20年来の友人)にLINEした。
「ねえねえ、『そうへいじる』って知ってる?」
しかし返ってきた答えは、
「初めて聞いたよ」
……だった。
よかった……!私の無知ということではなさそうだ。
さらに「菰野町(こものちょう)の郷土料理らしいから、近い出身のY子(共通の友人)なら知ってるかも」と情報まで足してくれる。20年来の友人の優しさだ。
Y子とも20年来の友人だが、LINEがなかった時代の友達で、未だに文通で連絡を取っている。
さっそく次のような文章を書いた。
「ひさしぶり、元気ですか?ところで、そうへいじるって知っていますか?」
差し出し人のテンションが迷子である。
ポストに投函したが、返事が来るかは神のみぞ知る。
「そうへいじる」は「僧兵汁」だった
調べてみると、「そうへいじる」は「僧兵汁」。
漢字にした途端に急に物騒になった。
三重県に住んでいたが、僧兵について考えたことは一度もない。
三重県のみならず、日本に住んでいて、僧兵について考えたことがある人が何人くらいいるのだろうか・・。
僧兵ってこんなのだ。たぶん。
武装して戦ったお坊さん。
これではよくわからないのでもう少し調べてみた。
- 主に平安時代の終わり頃から戦国時代にかけて活躍した。中世の寺は、祈りの場であると同時に、土地や人を抱える大きな勢力でもあった。自分たちを守るために武器を持つようになった。
- 三重県はが当時、京都と東国を結ぶ交通の要所だった。
- 現在の三重県菰野町(こものちょう)、鈴鹿山脈の山中に三岳寺(さんがくじ)という寺があった。戦国時代には多くの僧兵を抱える強い寺院だった。
- これに目をつけたのが、天下統一を進めていた織田信長である。信長にとって、言うことを聞かず、しかも武装している寺は非常にやっかいな存在だった。
- そこで信長は、三岳寺を攻め、焼き討ちにしたとされている。比叡山焼き討ちと同じく、僧兵勢力を徹底的に排除する流れの中での出来事だ。三岳寺はこの攻撃で衰退し、僧兵の時代も終わりに向かっていった。
さらに、僧兵汁について調べてみると、次のことがわかってきた。
- 三重県菰野町・三岳寺の僧兵由来
- みそ仕立てのスタミナ汁
- 猪や鹿の肉、にんにく、季節の野菜が入る
- 僧兵の滋養強壮食
- 今も祭りや旅館、給食で提供されている
なるほど。要するに、にんにく入り味噌汁の豪華版みたいなものか。
うちは味噌汁を高頻度で作る家なので、これは作れるぞ、と軽いノリで挑戦してみた。
作ってみたらなにかが違った
とりあえずニンニクをスライスしたものを
普通の味噌汁を作るときに、
どん。
と入れて、長めに火を通した。
軽い気持ちで作ったが、普段ほとんど食事を残さない息子が味噌汁を残していた。
「いつもと何かが違う」ことだけは伝わったらしい。
今度はちゃんとレシピを調べた。
「八丈島会」「三重県給食」など複数のレシピがインターネット上で公開されていたが、
- にんにくを入れる
- 赤みそ+白みそを混ぜる
- 鶏ガラを入れる
が共通点だった。
赤みそと白みそを混ぜるだけで、なんとなく“丁寧なくらし”をしている気持ちになる。気のせいなのだが、気持ちが上がる。
できあがった「そうへいじる(のつもりのもの)」は、私は「うまい!」と思ったのだが、
「今日のこれは何?豚汁なの?」
という、家族からの微妙な感想が返ってきた。
惜しい。

