「機械式」と「電子式」
訪れたのは東京都目黒区にある日工精機株式会社。目黒川が目の前を流れており、桜の季節は会社にいながらお花見ができるそう。新緑もいいですね。
一定のリズムで針が振れる、あの四角錐の形をしたメトロノームは「機械式メトロノーム」という。
日工精機は機械式メトロノームの製造販売に特化した会社であり、日本で唯一、国内の自社工場で機械式メトロノームを生産する会社。
つまり「日本製」機械式メトロノームを作っているのは、日工精機だけなのだ。オンリーワン。
楽器演奏についてはド素人なので、改めて「メトロノームとは」というところから営業課課長のAさんにお話をうかがう。
Aさん メトロノームは、楽器を練習する際にテンポを確認したり、テンポに合わせて演奏したりするのに使う道具です。種類としては、こういった昔ながらの機械式と、電子式のものがあります。最近だとスマホアプリもありますね。
そうそう、「機械式」があるということは「電子式」もあるのだ。
息子は中学生のとき吹奏楽部で、電子式のチューナー&メトロノームを持っていた。持っていたというか親が買ったのだけど。
電子式のメトロノームは、スタートボタンを押すと「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」と設定したテンポで音が鳴る。液晶画面にもメトロノームが再現されていて、テンポに合わせて針が振れる。
Aさんによると、やはり電子式のものが一番使われているという。
しかし機械式のニーズが途絶えたわけではない。複数人で練習するときはテンポを合わせるのに便利だし、「物理的な動き」が大事という人もいるのだ。
Aさん 指導される先生によっては、実際に大きく振れる動きを見ることで、目と耳でテンポを捉えることを重視される方がいるんです。また、ピアノを演奏される方には、目の端で動きを感じながら演奏したいという方もいらっしゃいます。
電子式の「ピッ」だけでは、テンポが「点」でしか捉えられない。機械式のカッカッという動きを目で追うことで、テンポを「線」で捉えられるようになり、音が取りやすくなるのだとか。それではご覧ください。メトロノームの動きです。
あの音はどこから鳴っているのか?
機械式メトロノームの針の部分、正確には「振り竿」という。振り竿についている重りが「遊錘(ゆうすい)」だ。遊びのある錘(おもり)。かっこいいネーミング。
機械式メトロノームを動かすときは、ゼンマイを巻き、遊錘を上下に動かしてテンポを設定する。あとは振り竿のロックを外せば、カッカッカッカッとリズムを刻み続ける。
メトロノームにはテンポを示す目盛りがついている。数字は「一分間に何回音を刻むか」を示しており、日工精機のスタンダードタイプだと一番遅いテンポが「40」、一番速いテンポが「208」。
試しに208で動かしたら速すぎてアワアワしてしまった。
この音を刻むときの「カッカッ」という音はどこから出ているのか? そして、いつまでも同じテンポで振り子が振れ続けるのはなぜなのか?
ゼンマイを巻くと、その動力がギアAに伝わる。ギアAはギアBのシャフトと噛み合っているので、ギアBを回そうとする。
でもギアBはすぐに回らない。ギアBの歯車は、振り竿とつながっている「爪」と呼ばれるパーツによって止められている。
振り竿とともに爪が右に傾くと、傾ききったところでギアBを止めていた爪が外れる。このとき「カッ!」と音が鳴り、ギアBの歯がひとつぶん回る。
この「歯がひとつぶん回る」とき、ギアBが爪をちょっと押し出す。ここでギアBから爪へ、爪から振り竿へ、振り子をアシストする力が加わるのだ。
力が加わった振り竿は、今度は左にめいっぱい傾き、再びギアBを止めていた爪が外れて「カッ!」と鳴る。この繰り返し。
……ちょっとややこしいけど、「振り子が振り切る少し手前で、ちょっとだけ力が加わる」くらいに考えてもらったらいい。2人でバレーボールのパスを回しているような感じ。ボールが手から離れるときに「カッ!」と鳴る。
「2枚の歯車と1つの爪という機構は当社のオリジナルです」とAさんは話す。
Aさん 当社の機械式メトロノームは、振り竿の振り幅が80度以上と広いのも特徴のひとつです。ゼンマイの力を受けていない区間が長いので、より自然の振り子運動に近く、なめらかな動きになります。ゼンマイの力は、あくまでちょっと押すだけなんです。
文字が大きいものから本体が大きいものまで
さて、冒頭にご覧いただいたように、日工精機にはメトロノームのラインナップがたくさんある。まずは定番の「スタンダード」。
Aさん スタンダードは1964年から出している商品です。メカや細部はアップデートしていますが、形はずっとこれですね。四角っぽいデザインを出したこともあるんですが、結局この形に戻ってくるんですよ。
個人的に「助かる~」と思ったのが「文字の大きなメトロノーム」。
もうですね、世代的に小さい文字を読むのが大変なんですよ。目がショボショボしちゃって。
Aさん ですよね。うちの社員がメガネを外して目盛りを読んでいるのを見て、「見えにくいんだろうな」と思って私が企画しました(笑)。意外と学生さんにも「見やすい」と好評なんですよ。
「ニッチな商品はだいたい私です」と笑うAさんは、目が不自由な方向けの「点字メトロノーム」や、弱視の方向けの「文字のはっきりしたメトロノーム」も作った。
電子式メトロノームは液晶やボタンで設定するため、目が不自由だと操作がしづらい。機械式なら形で認識できるため好評なのだそうだ。
さらに、日工精機では木製のメトロノームも製造している。これも自社工場だ。ということは、プラスチックも木も一社でやってるってことですか。
Aさん そうですね。木製のケースは、仕入れた板材を切り出し、組み付けて、塗装までやっています。塗装は塗って磨いてを繰り返し、13工程を経て仕上げているんですよ。
で……どうしても気になるのが、さっきからずっと後ろに見えているデッカいものなんですが……。
複数のメトロノームが合体してこの姿になったのでは、と思えるほどデカい。なんですかこれは。
Aさん ジャンボサイズのメトロノームで、発売から30年以上になります。中学や高校の吹奏楽部でかなり普及していますね。遠くからでも振り竿の動きが見えるので、大人数で演奏するときに合わせやすいんです。音もサイズに比例して大きいですよ。
吹奏楽部の話が出ましたけど、やっぱりメトロノームの繁忙期って新学期だったりするんですか?
Aさん そうですね。吹奏楽部でパートが決まり始めると、学生の皆さんが買われますし。ただ、最近は仮入部の期間が長くなっているみたいで、売上が上がるのが後ろ倒しになってるんですよ。
中学高校の仮入部の期間が売上に影響する……! 新1年生が入部するかどうか慎重に決めているとき、日工精機の方々もその動向を固唾を飲んで見守っているのだった。


