そこはメトロノームの中だった
メトロノームの話を聞いていたら、そこは既にメトロノームの中であった。我々はすっかり取り込まれていたのだ。なんの寓話だろう。
今も機械式メトロノームは年間○万台というレベルで売れており、アジアやオセアニアなど十数カ国にも輸出しているという。一定のリズムを刻み続けるように、世界に機械式メトロノームを求める人が常にいる。
取材協力:日工精機株式会社
さらに、日工精機のメトロノームには高級路線もある。ちょっとご覧ください、この漆の輝き。
宮城県の伝統工芸品「玉虫塗」をあしらった「玉虫塗メトロノーム」である。僕、宮城出身なのでこの感じに馴染みがありますよ!
Aさん そうなんですか! 私も小2まで仙台に住んでたんです。せっかくなら漆器関連の会社さんと一緒にやれたらと思って企画しました。退職祝いなどの贈答用で買われることが多いですね。過去には、海外の要人のお土産にも採用していただいたケースもあります。
これもAさんの企画である。なんて企画の幅が広いんだ。メトロノーム界の名プロデューサーではないか。
そして「宮城と言えば……」と、Aさんが取り出したのがこちら。
Aさん 宮城の方なら、この矢羽根材に見覚えがありますよね? あそこの板材を仕入れてるんですよ。津山町にある……。
井上「もくもくランドですよね!!!!」
同行していた編集部の橋田さんが「急になに?」と怪訝な顔をする。
説明しよう。「もくもくランド」とは、宮城県登米市(旧 本吉郡津山町)にある「道の駅 津山 もくもくランド」のことである。
宮城県登米市では、杉の間伐材を継ぎ合わせた「杉矢羽集成材」による木工芸品が作られている。もくもくハウスでは、地元の職人が作った食器や名刺入れ、キーホルダー、玩具などが、これでもかと売られているのだ(オンラインショップもある)
もくもくランドには子どものころ何度か行ったことがある。木が斜めに組み合わされている姿がかっこよくて、それで小さな小物が作られたりしているとかわいくて、もくもくランドで売ってるものはみんな魅力的に見えたんだよな……。
このままでは取材が進まない。一旦もくもくランドから離れよう。
そうそう、ここまでたくさんメトロノームを見せていただいたけども、そもそもなぜ日工精機がメトロノーム専業の会社になったのかという話である。
聞けば、もともとは精密機器の機械部品を作る会社として1953年に設立されたらしい。
Aさん プレス加工や旋盤加工が得意で、タイプライターやブレーカー、自動販売機などの機械部品を作っていたみたいですね。
しかし時は流れ、世の中では部品の電子化が進み、機械部品の需要が落ちてきた。いろいろな事業が縮小していくなか、最後まで残ったのが……メトロノームだったのだという。
そもそもメトロノームを作ったきっかけは、他社からの「メトロノームを作れないか」という相談からだった。今ある自社の技術で作れそう、となって開発したのが木製のメトロノーム。
その後、1964年からプラスチック製も作り始める。自社ブランド展開に加え、楽器メーカーのOEMも請け負った。
そして70年代、「一家に一台ピアノを買う」という時代がやってくる。追い風じゃないですか! 楽器店で飛ぶように売れたのでは?
Aさん いえ、当時メトロノームは楽器店で買うものではなく、「おまけ」としてもらうものだったんです。お店でピアノを買うと、椅子・ピアノカバー・メトロノームなどがサービス品としてセットでついてきたんですね。
「おまけ」とはいえ、一家に一台ピアノが普及したということは、ついでにメトロノームも普及したということ。市民権を得た日工精機のメトロノームは、その後思わぬ展開を迎えることになる。
Aさん 一般家庭で使われるようになったあと、精度や耐久性といった品質が認められ、楽器店にも置いてもらえるようになりました。最終的にはブランドとして認知され、学校でも使われるようになったんです。
教育現場が先じゃないんだ! まさか草の根から広がっていったとは……。
「おまけ」からスタートして、確かな品質を武器に、市場を開拓していく。まさに実力で大成したタイプだったのだ。
それにしても、時代が機械から電子に移り変わるなかで、「機械式」で生き残るってすごいことである。電子式メトロノームを作ろうという話はなかったんですか?
Aさん 実はありました。70年代後半から開発を始めて、80年代初頭に他社に先駆けて販売しているんです。ただ、異業種からの参入や部品価格の下落もあり、「これはすぐに価格競争になる」と判断してパッと撤退したみたいで。
過去の苦い経験からすれば、「機械式メトロノームもいずれ電子式に置き換わるだろう」と考えるのも自然な流れだ。新製品開発に向けて投資だってしただろう。
それなのに、「やっぱりやめよう」と判断ができるのってすごいこと。ちゃんと機械式の需要を見定めていたということですよね。
日工精機のメトロノームは耐久性の高さから、親子三世代にわたって使われていたりするらしい。お客さまの声で、印象に残っているものはありますか?
Aさん 寝る前にメトロノームの音を聞かれる方から、「眠りにつくためにもっと遅いテンポのものがほしい」というお問合せをいただいたことがあります。でも実は、遅いテンポのものを作るほうが技術的に難しいんですよ……。
テンポ40はこれくらい遅いです。
Aさん コンクリートを混ぜるのに使っているという話もありましたね。一定のリズムで混ぜると固まりやすいそうで。あとは理科の実験で「振り子の同期現象」というものがあって、テレビ大阪の『120秒の科学』という番組に協力したこともあります。
どういう仕組みで振り子が同期するのかは各自で調べてくださいね。
さて、たっぷりお話をうかがって、取材も終わりに差し掛かろうというころ。Aさんは「もうひとつ小ネタがありまして……」と切り出した。スティーブ・ジョブズなら”One more thing...”という場面である。
Aさん 実はこのビル、メトロノームを意識してまして、正面から見ると四角錐っぽく見えるんですよ。
えっ! そうなんですか!
Aさん ビルを建てるとき、いろいろ制限があって屋根を斜めに切ったので、「どうせなら上に三角形をつけよう」と(笑)
取材後、Aさんとともに外に出る。「対岸から撮ったほうが分かりますよ」というアドバイスに従って撮影したのが、記事冒頭の写真である。
メトロノームの話を聞いていたら、そこは既にメトロノームの中であった。我々はすっかり取り込まれていたのだ。なんの寓話だろう。
今も機械式メトロノームは年間○万台というレベルで売れており、アジアやオセアニアなど十数カ国にも輸出しているという。一定のリズムを刻み続けるように、世界に機械式メトロノームを求める人が常にいる。
取材協力:日工精機株式会社
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