静岡には「8の字」というお菓子がある
静岡には100年もの歴史を持つ「8の字」という名前の銘菓がある。
今回8の字巻きをテーマに父に取材することを聞いた母が買っておいてくれた。
あとから知ったが、銘菓8の字巻きは8の字巻きコンテストの参加賞にもなっている。
結果的に母から参加賞をもらえてうれしかった。
【 取材協力 】有限会社 チーム・サクラ
ケーブルの巻き方の一種「8の字巻き」。
音響マンや照明マン、カメラマンなどが撤収時行うプロ仕様の巻き方だが、音響マンの父の影響で、子どもの頃から自宅の家電も8の字巻きで収納してきた。
大人になった今、改めて8の字巻きを学び直したい。
わたしの父は音響マン。
コンサートやイベント、結婚披露宴など、さまざまな会場でお客さんに音を届けている。
父は音響マン歴41年。わたしが生まれた時すでに音響の仕事をしていたので、音響という言葉は子どもの頃から馴染みのある言葉だった。
しかし、3年前に書いた記事『音響マンが教えるマイクのベストな持ち方は「松山千春」』で音響の仕事について改めて父に話を聞いたところ、知っているつもりで知らなかったことがたくさん出てきた。
このように『業界では当たり前だけど、一般人は知らないこと』をプロから直接聞けるのはとてもワクワクする。
ほかにもないかと探っていたところ、今回のテーマ『8の字巻き』にたどり着いた。
8の字巻きの話に入る前に、音響マンはコンサートやイベントでどのような仕事をしているのか、ざっと紹介したい。
まず、ホールで行われるイベントでは、客席後方、もしくは調整室と呼ばれる音響・照明専用の部屋にいることが多い。
もちろん特等席に座っているだけではなく、コンサートでは音のバランスを整えたり、お客さんに心地のいい音を届けたりしている。
ちなみに、屋外イベントではステージ脇のテント、結婚披露宴では司会者の横などにいる。
お客さんから見える音響マンの姿や仕事内容はこんな感じだが、お客さんが会場に入る前、本番を迎えるにあたりさまざまな準備が行われている。
かかる時間は本番より準備の方が圧倒的に長いし、準備をしっかりやっておけば本番はプランに沿って行うだけ、という意味でウエイトも重いと父は話す。
主な作業はこんな感じ。
会場やイベントの要件によって変わってくるが、例えば午前準備・リハーサルからの午後イチ本番という現場の場合、これらの作業をたったの2〜3時間でこなさなければならない。
わたしもミュージカルや音楽をやっていて本番前の空気感は何度も味わっているが、時間がタイトになればなるほど緊張感が増す。そしてバタバタとしているうちに気づけば客入れの時間になり、「いよいよ本番か…」などと改めてドキドキする時間もなく本番を迎える。
出演者でさえこんな感覚なのだから、音響マンはじめスタッフはさぞかしシビアな時間だろう。
そのシビアな時間をよりスピーディーに、より効率よくこなすため重要となる作業が、今回のテーマ『8の字巻き』だ。
8の字巻きとは、ケーブルの巻き方のひとつ。その名の通り、8の字を描くようにケーブルを巻いていく。
音響マンは本番前短時間に多くの作業をこなしている。その中にマイクを繋いだり、スピーカーを繋いだり、ケーブルを引く場面がたくさん出てくる。そんな時ケーブルが絡まってしまったら、大きなロスタイムになってしまう。
このようなハプニングを防ぐため必要なのが、8の字巻きだ。
8の字巻きで巻いておけばスムーズにケーブルを引けるし、ヨレることなくまっすぐ伸ばせる。さらに、ケーブルに負担がかかりにくいかたちで収納してあるので、気がついたら中で断線していた!という心配もほぼない。
8の字巻きはケーブルをきれいにまとめるだけでなく、次の現場も考えられた大切な作業なのだ。
父は仕事で使うケーブルだけでなく、家にある家電のケーブルもすべて8の字巻きで巻いていた。
父が8の字巻きで巻けば、ほかの家族も有無を言わせず8の字巻きで巻かなければならない。わたしも子どもの頃から教えられ、言われるがままそれっぽく巻いていた。
きちんと8の字巻きで巻かれたケーブルは次に巻く時も比較的きれいに巻けるが、家には父以外に母・わたし・弟の3人もいるため、皆各々の8の字巻きを行い、結果8の字巻きとは言い難い仕上がりになっていた記憶がある。
特に毎日使うドライヤーは散々で、巻き方が違うと都度指導が入り、子どもながらに「めんどくさ〜〜〜!!!」と思っていた。
その指導のおかげで、今ではすっかり8の字巻きで巻けるようになっているわけでもなく、実家でドライヤーを使う時はいまだに自己流の8の字巻きを披露している。
父はさぞストレスだろう。
こういった経緯から「8の字巻きをしっかり覚えなおしたい」という個人的な希望もあり今回の企画を立ち上げたが、そもそも一般の人たちに8の字巻きがどれだけ認知されているのだろうか。
勢いよくネタ出ししたはいいものの不安に駆られ、「8の字巻き」で検索してみた。
すると…
なんと8の字巻きを競技としたコンテストまで開催されていたのだ。
8の字巻きがここまで胸熱なコンテンツだったとは知らなかった…!!
一般の人たちにどれだけ認知されているかはまったくわからなかったが、8の字巻きだけで深堀りしても十分楽しめるテーマだと確信した。
全日本マイクケーブル8の字巻きコンテストは、一般社団法人 日本音響家協会東日本支部が主管となり開催しているコンテストで、8の字巻きの「速さ・確実さ・美しさ・作業姿」を採点対象に順位が決まる。
プロの音響技術者を目指す若者のコミュニケーションの場となることを目指しているため、プロの音響マン以外も参加できる。
優勝賞金はなんと10万円!!太っ腹!!
秒速で掲載OKをいただいたコンテストの様子動画がこちら↓
いや予選から巻くの速〜!!
動画を見る前、練習して出れば記事のネタになるし、あわよくば10万円ももらえちゃうかもしれないし、次やる時は出ちゃおっかな〜なんて思っていた自分をひっぱたきたい。
これはプロでなくても現場を積んでいなければ恥をかくやつだ…客席で大人しく見ていよう。
コンテストにこそ出ないものの、8の字巻きを覚えなおしたいという気持ちは変わらない。父に協力を仰いだら、快く受けてくれた。
5年前の夏、『これぞ自然の神秘!!ポットホールに大感激』という記事の撮影で城ヶ崎海岸に行った時も、険しい岩場を登るにも関わらずパンプスを履いていってしまった過去がある。
わたしは基本的に足先まで気がいかないらしい。いい気づきを得た。
足元はサンダルのまま、まずは子どもの頃あんなに教わった8の字巻きがいまだにできないことを父に告白。内心怒られるのではないかとドキドキしていたが、父は丁寧にいちから教えてくれた。
【 8の字巻きの手順 】
① 「キャノン」と呼ばれる端子の部分を手に持つ
② 自然に輪を作る
③ よじりながら、自然な円になるよう手のひらを返し輪を作る
④ ②〜③を繰り返し、キャノンの位置が近いところで紐で結ぶ
巻いたケーブルの円のサイズは会社やチームによって多少異なる。
普段あまり現場を共にしない会社やチームのケーブルを巻く時は、巻く前に使っていないケーブルを見て、察して巻くそうだ。細かな気遣い…
逆によく一緒になるスタッフとは8の字巻きのセンスも揃ってくる。部活みたいなエピソードでほっこりした。
現場でもよく使われる10mマイクケーブルを父が巻くと、11秒で巻き終わった。
同じ条件でわたしがやると
1分13秒もかかってしまった。父より1分以上も遅い!!
教わった巻き方を頭で考えながら巻いたら想像以上に時間がかかってしまった。そして途中うまく巻けなくなるとめちゃくちゃ焦る。
父いわく、新入りは一番はじめにこの8の字巻きを覚え、片付けで貢献するのがプロ音響マンへの第一歩。8の字巻きを覚えないと次に進めないとのこと。
ただでさえピリついている現場で先輩がいる前でやるのだ。どう考えても焦るだろう。一度間違えるとどつぼにはまりそうだし、考えるだけで汗が噴き出てきた。
しかしコンテストの採点対象にもあったように、速さだけでなく確実さや仕上がりの美しさも重要な要素だ。
わたしの8の字巻きはスピードこそ遅かったものの、「きれいに巻けている」という評価をもらった。ヤッター!!
調子に乗ってもう一回挑戦したら「さっきの方がよかった」と言われた。
大きな現場だと、一度に50本や60本ものケーブルをどんどん巻いていく。8の字巻きがうまい人はスッスッスッポンッという感じで、小気味よく回収していくそうだ。
スッスッスッポンッの語感に笑ってしまったが、これにはきちんとした理由がある。
8の字巻きの手順の中に「キャノン」と呼ばれる端子が出てきたが、ケーブルを回収する時、キャノンが床に当たるとカンカン音がする。キャノンはマイクやスピーカーに繋ぐ大切な部分なので、当然丁寧に扱わなければならない。
8の字巻きがうまい人は、このカンカンがまったく聞こえないのだ。よって、スッスッスッポンッという表現になる。
スッスッスッポンッは、熟練の技だ。
静岡には100年もの歴史を持つ「8の字」という名前の銘菓がある。
今回8の字巻きをテーマに父に取材することを聞いた母が買っておいてくれた。
あとから知ったが、銘菓8の字巻きは8の字巻きコンテストの参加賞にもなっている。
結果的に母から参加賞をもらえてうれしかった。
【 取材協力 】有限会社 チーム・サクラ
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