特集 2018年1月24日

音響マンが教えるマイクのベストな持ち方は「松山千春」

これであなたも一目置かれる存在に
これであなたも一目置かれる存在に
イベント会場やコンサート会場で時々見かける、マイクテスト。

ステージ上で発せられる意味不明なワード、プロにしかわからない緻密な音の調整、いかにも“業界人”っぽい姿がかっこいい。

音響マンにマイクテストを実演してもらう機会を得たので、マイクテストでは実際何を言っているのか、どんな意図があるのか、マイクの正しい持ち方などをプロ目線で解説してもらった。

これを知っていれば、堂々と舞台に立てるぞ!
1988年静岡生まれ・静岡在住。平日は制作会社勤務、休日は大体浜名湖にいる。
ダイエット目的でマラソンに挑戦するが、練習後温泉に入り、美味しいものをたらふく食べるというサイクルを繰り返しているため、半年で10kg近く太る。

前の記事:緑色にライトアップされた掛川城がすごい存在感


付き合ってくれた音響マンは父です

今回、異例の「本番無しマイクテスト」に付き合ってくれた音響マンは、わたしの父である。

音響マン歴38年。楽器店、レコーディングスタジオ、リゾート施設などさまざまな場所で音響の経験を経て、23年前に独立。音響の会社を立ち上げた。

駆け出しの頃はアマチュアバンドや売り出し中の歌手のライブ音響を、現在はホテルで行われる披露宴などのパーティー、コンサートをはじめとした舞台、企業や地域が主催するイベントの音響を主に行っている。

具体的な数字があった方が読者の皆さんに伝わりやすいと思い、これまで行ったステージの回数を聞いたら「無茶なこと聞くな…」と苦笑いだった。それだけ数をこなしているらしい。

1万回くらいだと思う(たぶん)。

機材搬入

1月某日、660席もある大きなホールを借りた。
コンサートや講演会を行うためではない。マイクテストを行うためだけである。

正直、ホールの借用申請時職員さんへの説明に困ったが、懐が深い職員さんのおかげで無事借りることができた。

ホールに着いたらまずは機材の搬入から。
マイクテストは機材無しではできない。実際は「マイクテストができない」ではなく、「本番ができない」が正しい。
ホール裏側にある機材の搬入口。「搬入口」という言葉も業界人っぽくて好き
ホール裏側にある機材の搬入口。「搬入口」という言葉も業界人っぽくて好き
えんじ色のニット帽をかぶっているのが音響マンである父。これから自持ちの機材を運び入れる
えんじ色のニット帽をかぶっているのが音響マンである父。これから自持ちの機材を運び入れる
上の写真で皆さんの気になっているところは間違いなくここだろう。
色とりどりのステッカー群
色とりどりのステッカー群
シルバーの扉に貼られたステッカー群は、Mac bookに貼られたIT・ウェブ系企業のロゴステッカーを思い起こさせる。

父のトラックに貼ってあるステッカーは、音響機材や楽器を購入した際付いてくるステッカーや、音楽イベントのグッズだそうだ。

貼る場所とステッカーが違うだけで、どの業界もやることは同じだな。
ステッカーを眺めているあいだに、あっという間にトラックから機材が運び出された。時間にして5分ほど。は、早い!
ステッカーを眺めているあいだに、あっという間にトラックから機材が運び出された。時間にして5分ほど。は、早い!
次はホールに入って機材のセッティング。

セッティング

早速、搬入口から建物の中に入ると…
じゃ~~~ん!こちらが今回借りたホール。ステージ袖からの眺め
じゃ~~~ん!こちらが今回借りたホール。ステージ袖からの眺め
ステージ中央に立てるって気持ちがいい。誰も見てないけど
ステージ中央に立てるって気持ちがいい。誰も見てないけど
わたしと父以外誰もいない静かなホールでセッティングが始まる。

まずセッティングされたのは、ステージ上で演者に音を返す“モニター”用の「エレクトロボイス」というスピーカー。
ライブやテレビでもよく見る、アレ
ライブやテレビでもよく見る、アレ
父が軽々と運んでいたのでわたしでも持てるかも?と思い試しに持たせてもらったら、
重すぎて思わず笑顔になった
重すぎて思わず笑顔になった
今回は2つしか持ち込まなかったが、実際の現場はこれが演者の数分複数個あると考えると、音響マンはかなりの体力仕事である。

しかし、このエレクトロボイス(スピーカー)は軽い方らしい。

エレクトロボイスには「ウーハー」という低音を出すスピーカーと、「ツイーター」という高音を出すスピーカーが内蔵されていて、このエレクトロボイスには12インチのウーハーが内蔵されているが、もうひとまわり大きい15インチのウーハーが内蔵されているエレクトロボイスもあり、それはこれよりもっと重いらしい。
「ツイーター」をブルーで表示したのは、あのSNSに語呂が似ているからという安直な考えのもと
「ツイーター」をブルーで表示したのは、あのSNSに語呂が似ているからという安直な考えのもと
15インチは音に迫力がほしい時に使うが、父は重いのがイヤで売ってしまったらしい。

ヤフオクやメルカリでこんなものが売れるのかと思ったら、普通に同業者に売ったとのことだった。
みるみるうちにセッティングが進む
みるみるうちにセッティングが進む
コンサートや講演会など比較的な大きな会場でイベントが開催される時、音響マンが音を出すPA卓、いわゆる司令塔のようなものは通常客席後方に設置されることが多いが、今回はマイクテストで音を調整している様子を一度に確認するため、ステージ上にPA卓を設置した。
スイッチがいっぱい…!押したくなるけど我慢
スイッチがいっぱい…!押したくなるけど我慢
先ほどステージ上に設置したスピーカーは、演者に音を返すモニター用スピーカーだった。

では、客席にいるお客さんに音を届けるためのスピーカーは…

ここで不意打ちクイズ!

下の写真の中に、お客さんに音を届けるためのスピーカーが隠れています。さてどこに、合計何か所隠れているでしょうか?
制限時間は10秒です
制限時間は10秒です
はい10秒たった!

正解は~…
左右に同じものが設置されている箇所は統合して、合計4か所、ここにありました!
左右に同じものが設置されている箇所は統合して、合計4か所、ここにありました!
① は「プロセニアムスピーカー」
(通称プロセ)

② は「サイドスピーカー」
(通称サイド)

③ は「ウォールスピーカー」
(通称ウォール)

④ は「ステージフロントスピーカー」
(通称ステフロ)

気にして見なければ気づかないあんなところやこんなところにスピーカーが隠されているのだ(名前を呼ぶ時業界人ぶれるよう、音響マン間で呼ばれる通称も掲載しておく)

「ステフロ」は特にわかりづらいだろう。わたしも教えてもらって初めて知った。

近づいてみると、確かにあった。
小さなエレクトロボイスが、忍者のようにひっそりと身を隠していた
小さなエレクトロボイスが、忍者のようにひっそりと身を隠していた
ステージ下に、これが4つほど横並びで並んでいる。

ホールによるが、あるところには天井にも「シーリングスピーカー」というスピーカーが埋め込まれているらしい。

探すためしばらく天井を眺めていたら頸椎が痛くなったので、気が向いた時ほどほどに探したい。

では、これらのホール据え付けのスピーカーはどうやって音を出すのか。ステージ上のセッティングが終わったところで場所を移動する。

憧れの「調整室」へ

ステージ袖にある「階段(E)」の扉は、長い長い裏道へのはじまりだった。
関係者以外立ち入り禁止の場所に入れる謎の優越感
関係者以外立ち入り禁止の場所に入れる謎の優越感
階段を上がると「キャットウォーク」へ続く扉が
階段を上がると「キャットウォーク」へ続く扉が
裏通路は狭い、暗い、そして冷える
裏通路は狭い、暗い、そして冷える
通路脇にはホール天井裏にあたる石膏ボード
通路脇にはホール天井裏にあたる石膏ボード
何枚もの扉を開け、しばらく歩いてたどり着いたその先にあったのは、
照明スタッフの司令塔「調光室」
照明スタッフの司令塔「調光室」
そして、調光室のさらに奥へ進むと…
着いた!!憧れの「調整室」!!
着いた!!憧れの「調整室」!!
調整室は、ホールのどこにあるかというと、
ホール後方上部のここ。開演前、ホール内を見回すと人がうごめいているあの部屋が調整室
ホール後方上部のここ。開演前、ホール内を見回すと人がうごめいているあの部屋が調整室
先ほどPA卓は「通常客席後方に設置されることが多い」と書いたが、この調整室から直に指令を出すことも多い。
客席(今回はステージ上)に設置したPA卓と調整室のPA卓はあらかじめ繋げてあるので、調整室が“本部”、客席が“出張所”といったところだろう。

調整室も窓を開ければホール内の音が聞こえるが、よりお客さんと同じ目線、同じ環境で音を聞きながら指令を出したい音響マンは、客席にPA卓を設置することが多いそう。

ライブやミュージカルを観る時客席に音響スペースがあると「いいところで観てるな~ズルい!」とか思ってしまうが、お客さんにいい音を届けるために必要なスペースなのだ。

今度客席にいる音響マンを見かけたら、温かな目で見守ろうと思う。

さて、ホール据え付けのスピーカーから音を出すための作業の続きに戻ろう。

調整室のさらに奥に「アンプ室」という部屋がある。アンプ室にはホール据え付けのスピーカーから音を出すためのアンプがたくさん並んでいる。ここから音を出すよう指令を出すのだ。
サーバーみたい
サーバーみたい
あとはPA卓で必要なつまみを上げ音が出るようセッティングしたら、ここでの作業は完了。
実際は照明の邪魔をしないよう調整室内も明かりを落とす
実際は照明の邪魔をしないよう調整室内も明かりを落とす
ちなみに調光室にも照明用の卓があったので父に「PA卓に似てるね」と言ったら、「似てるけど全然わからん」とのこと。

照明スタッフ、音響スタッフ間でも似たような話をするそうで、お互い「照明さんのは全くわからん」「それを言ったら、音響さんのも全くわからん」という会話が交わされるそうだ。

なんの譲り合いだよと思った。
こちらが音響マンは全くわからない照明用の卓「調光卓」
こちらが音響マンは全くわからない照明用の卓「調光卓」
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マイクテストスタート

セッティングが完了したらいよいよマイクテスト開始だ。

基本的な話だが、そもそもなぜマイクテストをやるのか、マイクテストではなにを調整しているのか聞いた。

まず、なぜマイクテストをやるのか?
これは想像がつく方も多いと思うが、ホールやイベント会場などそれぞれの会場で、スピーカーから出る音をフラットな状態にするために行うのが基本だ。

では、マイクテストではいったいなにを調整しているのか?
一言でいうと答えは「周波数を調整している」のだ。

わたしも今回父に聞くまではっきりわかっていなかったが、マイクテストではマイクで喋る声を聞きながら「イコライザー」という機器を通して周波数を調整し、音をクリアにする作業をしているそうだ。

時々本番中にキーン!と耳をつんざくような音が出ることがあるが、これは高周波の調整がうまくいっておらず起こる「ハウリング」という現象(音楽や舞台をやる人はよく「ハウる」「ハウッた」というので、「モニターがハウッた」などと応用して業界人ぶりたい)

こういったことが起こらないよう、周波数の調整とともに行うのがマイクテストだ。
この小さなつまみがたくさん付いている黒い機器がイコライザー。中央には調整対象となる周波数が書いてある
この小さなつまみがたくさん付いている黒い機器がイコライザー。中央には調整対象となる周波数が書いてある
マイクテストは、ステージ上では演者が立つ位置で、演者がより快適な環境で演奏できるよう、歌えるよう、モニタースピーカーから出る音を含め調整を行う。
ステージ上でマイクテスト中
ステージ上でマイクテスト中
ここだけの話、モニターに加え客席向けのスピーカーからも音が出だすと「(モニターの音が)聞こえないじゃないか!」とお怒りになる演者もいるらしい。怖い怖い。

そういったことがないように、リハーサルに入り演者がマイクを持つ前に音を調整しておくのだ。

ステージ上と同様、客席にも降りてお客さんに届ける音を調整する(通常は客席で調整後、モニターのマイクテストを行う)

今回会場となるホールは660席と比較的広いので、客席中央、左右、後方とあちこちに移動しながらマイクテストをしていた。
マイクテストをしながら客席をかける姿も劇場を支配している者のようでかっこいい
マイクテストをしながら客席をかける姿も劇場を支配している者のようでかっこいい
そして、マイクテストで発せられる謎のワードだが、代表的なところでいくと「チェック、ワンツー」がある。

これにももちろんきちんと意味があって、父いわく「チェック」では破裂音を、「ワン」では大きな音を、「ツー」では音の抜けや高音を確認しているらしい。めちゃめちゃ細かく理由があるじゃないか…!

ほかにも「ヘッ」とか「ハー」とかもよく聞くが、中には亜種もいて、「ベラベラベラベラベラベラベラベラ~~~」というインパクトの強すぎるマイクテストをする音響マンもいるらしい。

特徴があり過ぎるので、聞く人が聞くと誰かすぐにわかってしまうほどだそうだ。

今文字に起こしているだけでもおもしろい。でもきっと「チェック、ワンツー」のように深い意味があるのだろう。ごめんなさい。やっぱり、おもしろい…!
【マイクテストで発せられる謎のワード】
・チェック、ワンツー
・ヘッ
・ハー
・ベラベラベラベラ~~~

音響マンが教えるマイクの持ち方

ここまで専門的な内容をご紹介してきたが、最後に誰でも使えるノウハウをご紹介しよう。

カラオケやイベント時に役立つ、正しいマイクの持ち方だ。

ここでいう正しいとは、声がマイクにスムーズに入り、理想のかたちで音をお客さんへ届けられる状態のことをいう。

この記事のタイトルで書いたように、ずばりマイクのベストな持ち方は「松山千春」だ。

松山千春はマイクヘッドを口にくっつけ、持ち手の下の方を持って歌う。
【音響マンが教えるマイクの持ち方】
・マイクヘッドはできるだけ口に近づける
・マイクヘッドにかからないようマイクを持つ
という2大原則をベストな状態でクリアしているそうだ。父が「松山千春最高!!」とうなるほどだ。

マイクの持ち方は最高だし、出発が遅れた飛行機で歌うし、松山千春はなんて素晴らしい人なんだ。しかも機内で歌った時の写真を見たら、ちゃんと受話器型のマイクも口に近づけて歌っていた。プ、プロ過ぎる…!!
がっつり口にくっつけてOK!タモリも理想だそう
がっつり口にくっつけてOK!タモリも理想だそう
これからはみんな松山千春式(もしくはタモリ式)でお願いしたい。

ちなみに「これをやられるときつい…」というNGな持ち方も聞いた。

よく見るこれ、ダメ、ゼッタイ!
マイクヘッドに手がかかってるNGな例
マイクヘッドに手がかかってるNGな例
バンドマンにありがちなスタンドに立てた場合のNG例。マイクヘッドを手で包んじゃってるし、挑発的な顔もダメ(顔は場合による)
バンドマンにありがちなスタンドに立てた場合のNG例。マイクヘッドを手で包んじゃってるし、挑発的な顔もダメ(顔は場合による)
バンドマンだけでなく、演歌歌手の皆さんにも気をつけてもらいたいのがこちら。
間奏のお辞儀でマイクヘッドをご丁寧に包み込んでしまうNG例
間奏のお辞儀でマイクヘッドをご丁寧に包み込んでしまうNG例
お客さんに理想の音を届けるため、正しくマイクを扱えるのも素敵なアーティストの条件だろう。

アーティストの皆さん、イベントでマイクを持つ皆さん、カラオケを楽しむ皆さん、これからは松山千春でお願いします!!

一番幸せな時間

父は無事本番が終わって、お客さんも演者も満足して帰って、自分も帰路につく時が一番幸せな時間だそう。

家に着いて、お風呂に入って、晩酌することを考えながら帰るのが楽しいらしい。

わたしもそんな人生を送りたい(最後にちょっといい話になってしまった)
※今日はマイクテストしかやってないのでイメージ図です
※今日はマイクテストしかやってないのでイメージ図です

取材協力

有限会社チーム・サクラ
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