憧れの高級紅茶
マリアージュフレール。
フランス生まれの美味すぎ紅茶屋さん。最近大幅に値上げしたことでも話題になった。現在の平均価格帯は5000円くらいだろうか。
前情報無しだとギョッとする価格だ。
しかし、一口飲めば『5000円、さもありなん』と合点がいくこと間違いなしの、上等な味わいの紅茶である。
わたしにとってマリアージュフレールの紅茶とは、『祖母の家で飲める超絶美味い紅茶』という存在だった。
今でもなお、祖母の家に行くとそれとなくマリアージュフレールの紅茶を淹れてほしいとねだり、絶対に次回も飲ませてもらえるようにその都度『この紅茶は本当に美味しいよね…』と大絶賛するよう努めている。そのくらい好きだ。
わかっている。もう大人なんだから自分で買えよ、という話である。
そう、そのことに、わたしは最近気付いたのだった。
ジャムとの出会い
この前偶然、マリアージュフレール本店(銀座の路面店)の前を通りがかった。
普段だったらそんなことはしないのだが、その日はたまたま他人といっしょにいたので、気が大きくなって『エイヤ!』とドアを開けた。
買うぞ。今日が、わたしのマリアージュフレール記念日だ。
扉を開けるとそこには、壁一面のめっちゃいい紅茶。めっちゃいい紅茶を売ってそうな、執事みたいな店員さん。そしてお客様は品格漂うマダム。
想像通りの『マリアージュフレール的空間』。なんかいい匂いもした気がする。パーフェクトだ。無駄がない。
いや、無駄はある。
私だ。
この空間で唯一マリアージュフレールぽくないのは、この私…(と、同行者)。
世界観を壊してはなるまいと、再びそそくさとドアの方へ向かう。
その時、出入り口付近の棚に琥珀色の小瓶が陳列されているのを見つけた。
これは…
紅茶のジャムだ…。
お値段は約2600円。高い。いや、安い。いや、やっぱり高い…?平均価格帯が5000円の紅茶屋における、2600円のジャム…。…わからない。思わず足が止まった。
ていうか、このジャム、6種類もある。紅茶味のジャムが6種類。すごいことするな。誰も真似できない強気の商品展開。
選べない、こんなの。6種類の紅茶のジャムから、パッと1つを選んでレジへ運べるほど勇敢ではない。わたしは、後ろ髪をひかれながらも、店を後にした。
レビューを書かない客
外の空気を浴びても尚、頭の中は、ジャム、ジャム、ジャム。紅茶を買おうと息巻いていたことも忘れ、とにかくジャム。いてもたってもいられず、すぐにスマホを開いた。
「マリアージュフレール ジャム レビュー」
インターネット上に転がるマリアージュフレールのジャムのレビューを全て読み尽くす気概で検索した。
しかし、全然ないのである。具体的な口コミが。
どうやら美味しいらしい、というのはわかった。でも、わたしが見たいのは食べ比べレビューや、饒舌長文ブログなんだよ。
…もしかしたら、マリアージュフレールのジャムを食べる人って、わざわざインターネットでベラベラとレビューを書かないのかもしれない。
きっと、インターネットお喋り野郎とマリアージュフレールのジャムを嗜む人は、層が被ってないのだろう。
そんな勝手な妄想をしながら、わたしは消費者としての自分の消極的な振る舞いを恥じた。マリアージュフレールを前に、なんて浅はかなことをしてしまったのだろう。なんでもかんでもインターネットに書いてあると思うなよ。
…でも、やっぱり食べたいな、マリアージュフレールのジャム。そんで、どうせ食べるならベラベラと喋りたいな。インターネットで。
ああ、精神が全くマリアージュフレール的ではない…。でも…でも…。
そんな葛藤を抱きつつ、翌週わたしはデイリーポータルZの会議へと向かった。
もちろん、マリアージュフレールのジャムを引っ提げて。