今も昔もやってることはかわらない
小学校4年のとき、夏休みの自由研究で「日本全国の特産品、名物調べ」というやつをやったことを思い出した。
模造紙に自分で日本地図を描いて、各地の名物、特産品をイラストで描き入れてまとめたのだ。
あれから30数年、歳はすでに初老にさしかかり、髪の毛に白いものも混じるようになったが、こうやって、子供用の地図帳を買ってきては、アイコンをなめ回すようにながめる日々である。
中学校の社会科地図帳に描いてある各地の名物のアイコンがかわいいので愛(め)でたい。ひたすら愛でたい。
※この記事での引用元は以下の通りです
(東)=東京書籍『新編あたらしい社会地図』平成30年
(帝)=帝国書院『中学校社会科地図』平成30年
子供のころ「絵がいっぱいかいてあって、ながめるだけでたのしい」という理由で、地図帳ばかりながめていた。学校を卒業してずいぶんたつが、今でもたまに教科書を売っている書店に行くと、地図帳を買っている。
特に、最近の地図帳は、子供の興味をひくようにいろいろの工夫がこらしてある。例えば、各地の名物のアイコンをそれぞれ地図に配置するというのもそのひとつだろう。
『桃太郎電鉄』のマップ画面を思い出してほしい、まさにあれだ。
りんごやぶどうといった農作物から、牛や豚の畜産物、さんまやかつおの水産物、自動車や機械といった工業製品まで、どこでどんなものが作られているのかが、一目瞭然でわかるというぐあいだ。
勝手に名物アイコンと呼ぶが、この名物アイコンを一つずつ、なめ回すように地図をみるのがめっぽうたのしいのだ。
そもそも『洛中洛外図』とか『快楽の園』みたいに、俯瞰でいろんなものが、いっぺんに、ごちゃっとかいてある絵が好きなので、地図帳の名物アイコンが気になるのも当然の成り行きといえる。
この、名物アイコンが地図帳につき始めたのはいつ頃からだろうか。
ぼくが中学生の頃(30年ほどまえ)につかっていた地図帳は、歯車(工場)や、フラスコ(石油化学製品)、羊(羊毛)みたいなアイコンはあったかもしれないけれど、今ほどバリエーションは豊富でなかった気がする。
とにもかくにも、現行の地図帳の名物アイコンのきらびやかさをみていただきたい。
今、手元にある二冊の地図帳の名物アイコンを中心に見比べていきたい。
ひとまず、どちらの地図帳にもあるアイコンを見比べてみたい。
りんご。東京書籍の方は、テカリまで表現した細かい描き込み。帝国書院の方は、スッキリしたタッチのアイコン然としたかわいさがある。
ももをみると、その傾向がもっとよくわかる。帝国書院のももは、川上から流れてくるやつだ。誰がみても「もも」というもも。一方、東京書籍のももはリアリティを追求したもも。そこはかとないコケティッシュささえ感じさせる。
さつまいもである。やはり東京書籍はリアリスティック。ただ、帝国書院の方の、男のすねを感じさせるような、根がちょろっと残ったさつまいもも、リアルといえばリアルだ。
東京書籍のかつおぶしは、説明がなければバナナにしかみえない。とはいえ、帝国書院の方も説明がなければなにかわからないだろう。かつおぶしとは、わけがわからない形状をしていることに気付かされる。
あと、どうでもいいが、東京書籍の方は2個描きがちなのはなぜだろう。
てぶくろは東京書籍の方がかわいいが、帝国書院の方はミッキーマウスの手っぽさがただよう。
将棋の駒、やはり東京書籍は2つ描きがちである。2つ描かないと不安なのだろうか?
東京書籍、マリモは3つ描いてきた。
しかし、これも説明がないと何が何やらわからないアイコンかもしれない。マリモの正体不明さはよくわかる。
アイコンは、非常に小さいため、リアリティを追求して描き込みを細かくすると、逆にわけがわからなくなってしまうものもある。次のアイコンがなにかわかるだろうか?
外した付け髭ではない。もずくである。もずく、海ではこんな形してたのか……ということを知る。
リアルに描いたがゆえの、わかりにくさだ。
これまた難易度が高いといわざるをえない。模様ではない。あっさりしたアイコンが多い帝国書院にしてはめずらしくリアルなアイコンだが、まいたけである。言われれば「あぁ」となるけれど、なにも説明がない状態だと茶色のゴミにしかみえない。
リアルすぎてなにがなんだがわからないというのもあるが、あっさりしすぎてよくわからないものもある。
横線の入った四角……としか言いようがないと思うが、家電製品である。エアコンだ。
よーく観察すると、右下にコントローラーみたいなものがぶら下がっている。
名物アイコンを見ていると「そんなところでそんなもの作ってたんだ」と気づくものが多くあり、とくに帝国書院の地図は工業製品に詳しい。
東広島でスマホを製造しているなんて知らなかった。シャープの工場があるらしい。
天理市のタッチパネル工場。これもおそらくシャープだろう。今現在でも生産しているのかどうかはちょっとわかりかねます。
便器。TOTOの工場だ。前に工場を取材したことがある。いま記事を読み返してみたら「間違いない。もう陶器製便器の虜である」などと、適当なことを書いていた。
姫路に唐突にある自動販売機。調べると、たしかに自動販売機のメーカーが姫路にあるらしい。が、ジュースの自動販売機は作っているのだろうか?
はかり。明石市にはかりの工場があるなんて知らなかったが「大和製衡」というハカリのメーカーがあるらしい。となりの明石天文台、形がぜんぜん違ってておもしろい。
東京書籍の工業製品アイコンもすこしだけ見てみたい。
リアルなコピー機だ、日野市の事務機器メーカー。どこのことかはちょっとわからないけれど、日野にならなんかの工場ありそうだ。
こちらも東京書籍のアイコンだ。ぱっとみると何が何だがわからないかもしれないが、オフセット印刷機だろう。
印刷及び製本の会社は、もともと飯田橋から江戸川橋に多くあったが、今は東京郊外に工場を移転させた会社が多い。ぼくの本を印刷してくれた工場は習志野、製本してくれた会社は新座にあったことを思い出した。
帝国書院の印刷工場のアイコンでおもしろいのは、紙幣である。
紙幣って、たしかに滝野川に印刷工場あるけれど……と思ったが、よく考えるとたしかに紙幣だって工業製品だな。と思い直す。
名物アイコン、農産物や工業製品ばかりではない。天然記念物や動物のアイコンも多い。それがまたかわいいのだ。
リアリティの東京書籍、簡略化の帝国書院。というのはここでもよくわかる。
帝国書院のサル、箕面の天然記念物のサルだけは、なぜかアイコンが親子で、顔が潰れており、こわい。アイコンの差し替え忘れだろうか。
帝国書院の方は目がまんまるでかわいい。中国の絵みたい。帝国書院のアイコンの動物はみんなめがまんまるでかわいいのだ。
東京書籍では、イリオモテヤマネコとツシマヤマネコは描き分けしてないが、帝国書院のほうはちゃんと描き分けしてある。
タイさえも、かわいいのがすごい。魚類なのに。東京書籍の方のタイもなかなかいいセンいってると思うけれど、帝国書院のハンギョドン感には勝てない。色が青かったらこれ、完全にハンギョドンだ、これ。
ところで、かわいいのはなにも生き物に限らない。例えばこれ。
高崎のダルマ。「かわいい」がインフレを起こしている現代、ダルマもかわいいのカテゴリに入れてもよいのではないか。帝国書院のほうが若干トラディショナルな感じだが。
東京書籍の名物アイコンはうまそうでもある。
隅から隅まで完璧にみたわけじゃないので、断言はできないけれど、地図に載っている和菓子は、もみじまんじゅうぐらいではなかろうか。
よく「地図に載る仕事」なんてことをいうけれど、地図に載る仕事は橋とかダムを作る仕事だけじゃない、もみじまんじゅうを作る仕事だって地図に載る仕事になりえる世界がここにある。
うーめん、知らなかったので「B級グルメなんか載せちゃって」なんて思ったが、調べると江戸時代からある由緒正しいご当地グルメだった。お詫びします。
日本最古の駅弁とも言われる、峠の釜めし。完全におぎのやのそれだ。教科書にこういった特定メーカーの商品を載せちゃうのはいいのだろうかというきもしたが、教科書にドラえもんが登場する昨今、別にかまわないのかもしれない。
東京書籍の名物アイコンがすごいのは、同じそばでも、ちゃんとその形態が描き分けしてあるところだ。
出雲そばはちゃんと出雲そばの丸い容器に入っているし、わんこそばは、そばがちゃんとお椀に入っている。リアリティの東京書籍、面目躍如である。
その他にも、東京書籍のリアリティのすごさを感じさせる名物アイコンがいくつかある。
もし自分が「プラモデル」の絵を発注されたとすると、たぶん組み終わった完成品を描くだろう。しかし、東京書籍は違った。組み立てる前の箱を「プラモデル」としたのだ。
たしかに、静岡(たぶんタミヤだろう)では組み終わったプラモデルを生産しているわけではない、したがって、箱詰めされた組み立て前のプラモデルを描く、ということは「存在としてのリアルさ」を追求したわけだ。うなるしかない。
うっすらスポーツカーらしき絵がわかるのもにくい。
焼き物の描き分けもすごい。
帝国書院の方は、共通の焼き物アイコンだが、東京書籍はちゃんと有田焼、伊万里焼の専用アイコンである。
九谷焼も専用のアイコンだ。九谷焼の華麗な色使いの絵付けがちゃんと表現されている。
上のカニはどちらも東京書籍だが、カニという汎用アイコンをつかわず、ズワイガニと花咲ガニをかき分けるその心意気。さすが東京書籍である。
小学校4年のとき、夏休みの自由研究で「日本全国の特産品、名物調べ」というやつをやったことを思い出した。
模造紙に自分で日本地図を描いて、各地の名物、特産品をイラストで描き入れてまとめたのだ。
あれから30数年、歳はすでに初老にさしかかり、髪の毛に白いものも混じるようになったが、こうやって、子供用の地図帳を買ってきては、アイコンをなめ回すようにながめる日々である。
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