そもそもナタデココってなんなのか問題
いちおうの前知識として、「ナタデココはココナッツの果汁を発酵させて作ったもの」ということまでは、何かで読んだ記憶がある。あれは発酵食品なのだ。
しかし冷静に考えたら、果汁をどのように発酵させたらあの白いコリコリグニグニになるのか?という肝心の部分に関しては、まったく分からない。半端な知識は役に立たないぞ。
で、検索してみると、大ざっぱに「ナタ菌という菌でココナッツ果汁を発酵させると、表面に皮膜ができる。その皮膜こそがナタデココだ」とあった。へぇ!
ナタデココはフィリピン発祥のものだが、しかし作るのに必須のナタ菌は、なんとフィリピンが国外への輸出を禁止しているらしい。えーマジか。
検疫的な問題なのか、それとも産業保護の問題かは分からないが、ともあれこの時点で詰みは確定じゃないか。
ところが諦めずに検索を進めていくと、「え?」という情報に行き当たった。ナタ菌と、1970年代に日本で健康ブームの一環として流行った紅茶キノコが、実は同じ菌だという。
紅茶キノコをご存知ねえよという方のためにザックリ説明すると、瓶に甘くした紅茶と菌を入れて発酵させると、なにやら謎めいた塊ができる。これが紅茶キノコと呼ばれるものだ。
実際には「発酵した液体(元 紅茶)を飲むのが健康に良い」とされており、このキノコ部分は食べられていなかったようだが。僕が物心ついた頃には紅茶キノコブームが終わってたので、よく知らない。
しかし同じ菌で発酵させたものなら、そのキノコこそがナタデココ(正確にはナタデ紅茶になるのか)ということになる。
なんだ、じゃあ紅茶キノコの菌をココナッツ果汁に放り込んだらナタデココができるんじゃないのか。
ナタ菌は紅茶キノコでコンブチャだった
とはいっても紅茶キノコブームは数十年前に終了してるしなー、と思っていたが、どっこい、実は名前を変えて未だに根強く残っていた。その名も「コンブチャ」だ。紅茶?昆布茶?どっち?
どうやら欧米に紅茶キノコが持ち込まれた際に、菌の培地がトロッとしているのを見た人が「昆布のとろみだ」と誤解したところから、おかしなことになったらしい。(諸説あり)
うん、いいな。なかなか親近感の沸くうっかりエピソードである。誤解がそのまま定着しちゃって、もう取り返しの付かない感じがすごく好きだ。
さてさて、「コンブチャ」で検索すれば、菌自体はあっけないほど簡単に購入できた。さっきまで、ナタ菌入手不可能なのかよ!とガッカリしていたのが嘘のような手軽さ。
手に入ってしまえばもうこっちのもんで、これをココナッツ果汁に放り込んで待てばナタデココの完成である。楽勝。
「……と思っていた時期が、私にもありました」と続くのが記事としては面白いんだろうけど、残念ながらそこまでの振り幅は存在しない。
トップの画像でも見せちゃってるけど、ナタデココはできました。
もちろん、本当にただ果汁に放り込むだけ、とはいかないので、ちょっと過程も説明しておこう。
まず件のナタ菌(=紅茶キノコ=コンブチャ)だが、分類としては「産膜性酢酸菌」というもので、糖を分解して酢酸に変える働きをする。で、その過程でセルロース(植物繊維の元)ゲルを産むんだけど、これが溜まって膜のように固まったものが紅茶キノコ≒ナタデココ、というわけ。
ともあれ発酵には糖が必要ということで、鍋で温めたココナッツ果汁に、飲むと「わりと甘いな」と感じるぐらいまで砂糖を溶かす。これを冷ましたら、煮沸消毒して雑菌を排除した瓶に注ぎ、そこにドロッとした菌株を入れる。
そうしたら菌の呼吸を妨げないようにキッチンペーパーなどで瓶に蓋をして、26〜32℃の環境に放置しておけばOK。
今の時期、我が家の北向きの部屋はエアコンつけない状態でだいたい室温30℃前後がキープされているので、ちょうどいい感じだろう。
あと、ココナッツ果汁と一緒に写り込んでいる黒い液体(写真左側)は、コーラである。
紅茶でもココナッツ果汁でもできるなら、他の甘い汁でもできるんじゃないか?と思ったので、試しに炭酸を抜いたコカ・コーラにも菌をいれてみたのだ。
これがもし成功したら、名付けて「ナタデコカ」だな。
もちろん、単にそう言いたかっただけの悪ふざけである。
大きく育てよナタデココ
呆気ないほどに手をかけるターンが終わっちゃったので、次はただ見守るターンだ。
なんとココナッツ果汁の方は、菌を入れた翌々日には、もう表面にうっすらと膜が張り始めたではないか。
そして日を追うごとに、膜はすくすくと厚くなる。見ているこっちも「よし、いいぞ、もっと膜を張れ」と声をかけたくなる成長っぷり。なんなら朝顔の観察なんかよりも見応えがあるんじゃないか。
ちなみにコーラの方はなんの変化もなし。
発酵は順調に進んでいるようで、室内には酢酸のツンと酸っぱいような香りも漂い始めている。
異変に気付いたのは、8日目。
だいぶ厚みを増した膜の下に、なにか茶色いぷよっとした感じのものが発生している。うへぇ、なんだこれ。
見た目的には最初に入れた菌株に似ているので、おそらく悪いものではないと思う。いやな腐敗臭もしないし。
問題なのは、この茶色ぷよが片寄って発生しているため、膜自体をナナメに持ち上げちゃっているのだ。
ココナッツ果汁から離れてしまうと、膜はこれ以上成長しなくなってしまうんじゃなかろうか。
ひとまず消毒したスプーンでつついて沈めてみたが、あまり変化は無し。
自家培養ナタデココ収穫のとき来たれり
発酵開始から2週間が経過した。
例の茶色ぷよは相変わらずだが、つついて沈めてを繰り返すことで、あれからも多少は膜の厚みも増してきた。
もうちょっと見守りたいところだけど、ひとまずここで自家培養(って言い方でいいのか)のナタデココを収穫してみよう。
トングで掴んでみると、崩れたりもせず、そのままの形でずるっと引き上げられる。硬さのイメージでいうと、同じ厚みのフェルトがこんな感じじゃないかなー、というぐらいか。
これをザーッと水洗いしてやると、茶色ぷよは簡単に取れて流れてしまった。
手で持ってみると、わりと硬めのぐにっとした弾力。なかなか他に近似物が見つからないタイプの手触りである。
ちなみに板厚は約9ミリ。完成品のイメージからすると薄すぎるが、ともあれこいつを角切りにすれば、ナタデココになるはずだ。
じゃあこれを切ってみるか、と包丁をいれて驚いた。なんじゃこれ、切りにくいぞ!
繊維質の塊だからか、刃がスッと下まで通らない。なんとか切ろうと刃をゴリゴリ動かすと、切り口の繊維がホロホロと崩れつつ、ようやく両断できた。
ナタデココの食感をイカの刺身に例える人がいるが、薄いものを切っていくと、なるほど見た目もなかなかのイカである。
試しに端切れを食べてみると……おおお、ナタデココかも。
厚みがないせいかコリコリした感じは少ないが、噛むとグニッとする辺りは間違いなくナタデココだ。
そして、やたらと酸っぱい。そりゃそうか。ココナッツ果汁でできたお酸にずっと浸かってたようなものだし。
膜の成長が途中で弱まったのも、もしかしたら菌のエサになる糖があらかた消費され尽くしていたのが原因かもしれない。
うーん、最初にもうちょっと多めに砂糖を入れておいたら、さらに厚く成長したのかも。勿体ないことしたな。
酸っぱさ対策として、ひとまず水でさらしてみることに。ナタデココ自体は無味なので、中の酢酸を流し出せば大丈夫だろう。
水をたまに取り替えつつ半日ほどさらし、最後に甘めの糖液を作ってそこに一晩漬け込む。
これでいよいよ自家製ナタデココの完成である。
いざ実食!
本格的に食べてみる前に、いわゆる工場メイドの市販品ナタデココと比較してみよう。
厚さとか、切り口の繊維がほどけてるのはさておき、最大の差は白さと透明度だろう。
市販品がツヤツヤと透き通って新鮮なイカっぽいのに対して、自家製は白茶色っぽく透明感なし。くたびれたイカの切り身っぽくもあり、小柱っぽくもあり。
ココナッツ果汁と砂糖と菌の産物なのに、例えの表現がどうしても海産物に片寄るのは、妙な感じである。
ところがこれを缶詰のフルーツと合わせてガラス皿に盛ってみると、どうだろう!見事にナタデココ……には、やっぱり言うほどは見えないなー。フルーツと貝柱の合わせ盛りっぽいぞ。
ルックスに関してはもう改善方法も見つからないので、諦めるしかない。しかし肝心なのは、味と食感だろう。すでに切った際の試食である程度の目安はついているが、さてどうだ。
よし! ナタデココ! 正確に言うと、85%ぐらいナタデココ!
足りない15%は、やはりコリコリ感の弱さ。厚みもだけど、どうやらナタ菌が作るセルロースゲルの密度が足りないのが原因のようだ。まぁ、それでも充分に「ナタデココ食ってるな」という気持ちにはなるけど。
逆に、噛み終わりに来る「グニッ」というテクスチャは、市販品よりもクッキリと分かるのが面白い。
どうやらあの「グニッ」感は、塊のセルロースゲルが歯の圧力に負けてバラバラに崩壊するときの感触だったっぽいのだ。密度が低い分、その崩壊する感じが分かりやすい、ということなのかもしれない。
ともあれナタデココが自作できる、という結論は出た。ちゃんとご家庭で培養できます。
なんなら今から始めれば、夏休みの自由研究ぐらいにはなるんではなかろうか。膜が育つ観察日記もつけられるぞ。
あ、発酵ものは何が起きるか分からないので、作って食べてみるにしても、よく注意して頼みます。
自家製でできたらナタデココがいっぱい食べられるかも、というのが話の始まりだったんだけど、2週間かけてこの量なので、そこは諦めるほうがいいかも。
なにより元のコンブチャ菌株がそこそこのお値段(2瓶分で3千円ほど)するので、どう考えたって市販のナタデココを食べた方が正解である。
ただ、一回収穫したあとのココナッツ果汁改めお酢に、諦め悪く砂糖を追加してかき回しておいたところ、新たにうっすら膜が発生したのが確認できた。おお、菌まだ生きてるな。
もしかしたら、二毛作・三毛作も可能なのか。何回繰り返せば元が取れるのかは計算する気にもならないけど。