軽い気持ちで調べ始めたファルーダだが、ついどっぷりとハマってしまった。製麺機(いっぱい持っている)、澱粉(葛粉やワラビ粉を精製した)、バジルシード(バジルを育てて作った)と、私の好きな要素が詰まりまくっていたのだから仕方がない。
ファルーダの麺は冷えたゲル状物質、すなわち保冷剤なので、食べ過ぎるとお腹がすごく冷えるので気をつけよう。食べ過ぎてお腹がくるふぃ。
インド料理好きの友人から、ファルーダという存在を教えてもらった。なんでも麺状の冷たいデザートで、インドやパキスタンなどインド亜大陸の国々でよく食べられているそうだ。
麺を使った料理があまりない地域で、なぜデザートを麺にしたのか。ファルーダ、ものすごく気になる。
その辺りの食文化に詳しい人に話を聞き、実際に店で食べて、自分で作ってみたところ、様々な発見で膝を叩きまくることになった。
ファルーダについて話を伺ったのは、『「ビリヤニって何ですか?」と詳しい3人に聞いてみた』でもインタビューさせていただいた、食器や調理器具などを輸入販売する店「アジアハンター」の小林真樹さんだ。
小林:「ファルーダ、いいですね! ものすごく好きかというとそうでもないんだけど、インドにいるときは、たまに食べたりしてました。最近ビリヤニが人気じゃないですか。次はファルーダが脚光を浴びる……ことはないと思いますが、もうちょっとスポットが当たるべき料理。
元々はイランにルーツがあります。イランというかペルシア(現在のイランを表す古い呼び方)というか。現在の地図だとインドとイランの間にパキスタンが入っていますけど、インドとパキスタンが分裂したのは最近(1947年)のこと。かつてはインドとイランは隣国だった。
インド亜大陸を支配していたムガール帝国の公用語がペルシャ語だったくらいに、ペルシア側からの文化的な影響がインドには強くあった。ファルーダもペルシアの影響を受けて生まれた料理の一つ。
現在のイランには『ファルーデ』という名前で存在します。コーンスターチなどの澱粉を麺状にした冷たいお菓子です」
「原型であるイランのファルーデは甘いバラのシロップなどで食べますが、インドのファルーダはクルフィというインド式のアイスと一緒に食べる形がムガール帝国の宮廷などから広まり、クルフィファルーダと呼ばれています。他には牛乳を煮詰めて甘くしてカルダモンを効かせたラブリのファルーダとか。 この辺りが古典的。
澱粉の麺ってそれ自体は味がほとんどないので、 甘いもののクッションのような役割。日本だと白玉団子とか寒天とか。ファルーダを単体で食べると、それほどおいしく感じないと思います」
「ここからは想像の部分もあるんですけど、イギリスがインド亜大陸を支配するようになって、ムンバイ(アラビア海に面したインド西側の都市)などの貿易港や商業都市に富裕層が集まるようになった。ムンバイとイランはペルシャ湾をはさんで近いから、イラン系の移民(イラーニー)がムンバイまで商売をしにきて、飲食業もはじめた。それが70年、80年前の話です。
彼らが用意したメニューの中には、インドにあったものを自分たちなりに解釈し直した料理がいくつかあった。その中の一つがファルーダ。
元々からあったクルフィファルーダは、プレート(お皿)で出されるシンプルなものだが、イラーニーが開発したのはイギリスから入り込んできたアイスクリームをベースにして、縦長のグラスに盛り付けるパフェのような新感覚ファルーダ。
北インドは今も伝統的なものが主流で、ムンバイ以南ではトリッキーなファルーダが多い傾向です」
そもそもイラン発祥のデザートがインドでクルフィというアイスと結ばれ、それがインドへやってきたイラン人の手によってパフェ型へと進化した可能性があるとは。アメリカの寿司屋で日本人の板前がカリフォルニアロールを流行らせたみたいな話か。
発祥の地から物理的に離れるほど、料理は独自性を増す傾向にあるのだろう。インドの東側に位置するミャンマーにもファルーダは存在して、澱粉の麺ではなくタピオカやゼリーが入っているらしい。もし日本にもファルーダが根付いたら、どんな料理になるだろう。
「さらにもう一つの潮流があって、アラブなどの産油国にインドやパキスタンから出稼ぎにいったシェフが、ドバイやドーハの飲食店で生みだしたゴージャスなファルーダ。これがアラブの流行だよと逆輸入系ファルーダとして台頭しつつある。
ファルーダとはこうでないといけないという定義がないし、正当なレシピもない。独自解釈のファルーダが次々に生まれて、伝達する過程で自由に変化したから、今や麺が入っていないファルーダまで登場している。
これファルーダって呼べないでしょって思うけど、もうどうでもいい。僕もこっちのほうがおいしいじゃん、麺いらないじゃんって思ったくらい美味しかった」
「これってインド料理を象徴しているなと感じたんですよ。インド発祥の料理って実はそんなになくて、ペルシア、イギリス、ポルトガル、キリスト教文化など、外からの影響が非常に強い。伝統的なインド料理と思われているものが外国の影響下で成立して、それがインドナイズされて今や堂々たるインド料理となっている。ビリヤニ、ビンダル、ニハリ、ナンなどがそうでしょう。
ファルーダは料理だけでなく、インドの文化を象徴している事例かもしれません。吸収して自分たちなりに改造する能力が高い。ファルーダを追うことで、インド人の根本的な性格、国民性がわかってきますよ」
「ファルーダの麺は、うどんやそばみたいに乾麺が売っていないので、日本のインド料理店ではなかなか出せなかった。前に都内にあるパキスタン系のレストランで食事会をやったとき、お店の人に交渉してデザートにファルーダを無茶振りしてみたんです。あなたぐらい上手なコックならできる、麺を別のもので代用してもいいからって強引に頼んで。そうしたら、いい素材が見つかりましたと。
いざ当日、おいしいコース料理を食べて、いよいよファルーダですよと出てきたのは、うどんだった。ゆでうどんの湯がいてないやつにクルフィが乗っていた。また別の店では白滝を使ったファルーダが出てきました。こうでなければいけないという決まりはないので、これもファルーダなんでしょうね」
ファルーダがどんなデザートなのかはわかったが、製麺好きとしてはファルーダに使用する麺の作り方がとても気になる。
材料は澱粉とのことだが、私が知っている澱粉を使った麺といえば韓国や盛岡の冷麺だ。緑豆、ジャガイモ、ドングリなどの澱粉に、小麦粉や蕎麦粉を加えて生地を作り、製麺機で押し出した麺は、ご存知のようにゴムを思わせるガチガチの歯ごたえがウリである。
しかしナワブでいただいたファルーダの麺は、ホロホロと崩れる柔らかい食感なのである。だからこそクルフィと合う。
この大きな違いはどこから生まれるのか。その答えはナワブの社長である Shakir Khan さんが親切に教えてくれた。
Shakir Khan さん:「この店ではファルーダを4~5年前から出しています。生地の材料は片栗粉だけ。砂糖とかは入れません。片栗粉を水で溶いて、鍋に入れて火に掛けてよく混ぜて、塊になったら製麺機に入れて、氷水に押し出す。
パキスタンではアロールートという澱粉を使います。それだと柔らかい生地になるけれど、片栗粉だと硬くなるから押すのに力がいる。日本でファルーダの麺を作るのは大変ですよ」
なんと生地を製麺機で押し出して、氷水で冷やして固めて麺にするとは。 冷麺などは熱湯で茹でて固めるのだから、それのまったく逆である。
私は麺という形にとらわれていたが、加熱しながら生地を練る工程や澱粉のみという材料を考えると、葛切りとかわらび餅こそ近いのだ。
南インド料理のレストラン、エリックサウスのレシピ開発をしているイナダシュンスケさんにファルーダを出しているか伺ったところ、定番メニューではないけれどたまに出すこともあるそうだ。ただファルーダは自由であるが故、美味しく工夫すればするほど本質から離れる難しいメニューらしい。
ちなみにイナダさんは麺の部分に葛切りを使っていたそうだ。さすがである。
Ultimate falooda !
— イナダシュンスケ (@inadashunsuke) February 24, 2019
ミント
苺のキャラメリゼ
苺
ベリーコンフィチュール
苺と練乳のピュレ
ミルクジェラート
ラッシー
カスタードボール
葛切り
練乳 pic.twitter.com/QjmDhFaI8f
「ファルーダはパキスタンでよく食べますね。特に夏になると暑いからいっぱい食べるよ。クルフィとかアイスクリームとかラブリとか、いろんな味がある。クルフィのファルーダは、パキスタンだと略してクルファ。
日本でやっている店は少ないですね。麺を自分の店で作らないといけないから手間が掛かる。でも家で作るなら麺はなんでもいい。寒天でもできちゃうよ」
寒天で作る麺、それはトコロテンのことですね。確かに違和感はなさそうだし、簡単に作れるだろう。しかしどうせなら澱粉の生地を押し出して、本格的な自家製ファルーダを作りたい。
それにはあの製麺機が必要だよなと悩んでいたら、調理器具の輸入販売が本職である小林さんが、そっと小型の押出式製麺機を見せてくれた。これ買います!
自家製ファルーダを作る前に、小林さんから埼玉県八潮市にある「カラチの空」というパキスタン料理店にもファルーダがあると伺ったので、こちらも試してみることにした。
話しかけてくれた社長にファルーダについて調べていると相談したら、親切にこの店での作り方を教えてくれた。
社長:「ファルーダは9年くらい前から出しています。パキスタンにスタッフを行かせて、ちゃんと修業してうまく麺を作れるようになってからスタートしました。
材料はトウモロコシの澱粉、コーンスターチ。水と混ぜて、鍋で温めて押し出して氷水に入れて作ります。
日本だと本物の麺が手に入らないから、そうめんとか適当なもので作る店もあったけど、見た目だけの問題じゃないから。やっぱり食べたときに美味しいものじゃないと」
ファルーダの調査はとてもおもしろかった。何も知らずにファルーダを食べたら、なんでパフェに麺が入っているんだろうと不思議に思っただろうが、麺こそがファルーダの中核だったのだ。
澱粉麺が入ってなくてもデザートとして十分成立しちゃうけど、やっぱりファルーダにはあの麺が必要だぞと、わざわざ日本で自家製麺を作っているパキスタン人オーナーたちの心意気に胸を打たれまくった。
以下はファルーダを手作りしてみた様子である。
ここまでの話が長くなったので、写真とキャプションでポンポンどうぞ。
イランで生まれてインドやパキスタンで進化したファルーダは、こうして日本でまた新たな自由を手に入れたのだった。
将来はファルーダ屋さんをやろうかな。
軽い気持ちで調べ始めたファルーダだが、ついどっぷりとハマってしまった。製麺機(いっぱい持っている)、澱粉(葛粉やワラビ粉を精製した)、バジルシード(バジルを育てて作った)と、私の好きな要素が詰まりまくっていたのだから仕方がない。
ファルーダの麺は冷えたゲル状物質、すなわち保冷剤なので、食べ過ぎるとお腹がすごく冷えるので気をつけよう。食べ過ぎてお腹がくるふぃ。
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